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6.貧乏性の御曹司、本当の自分を見つける

≪隼人≫2

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 護は、大学受験のための勉強を始めた。
 本人は、奨学金で行くと言っている。俺は、全額は無理でも、貯金から出してあげられたらいいなと思っていた。
 護に、ちゃんと話したことはなかったけど、俺はきっと、護に、施設にいた頃の自分を重ねていたんだろうと思う。俺の家と比べたら、護の家の方が、明らかに裕福なんだろうと分かってはいても。


 九月が終わる頃に、ミャーと飯田が来てくれた。

 昼間にうちに着いて、畑の手伝いをしてくれた。
 ミャーの計画では、冬になったら、庭のどこかにチューリップ畑を作るらしい。
 球根を買ってきて、植えてくれるんだそうだ。
 護が買ってきてくれたゼラニウムは、今のところ枯れてはいない。
 ゼラニウムの花言葉は、「尊敬」と「信頼」だけじゃない。「育ちの良さ」という意味もある。あの日には、言えなかった。今だったら、言えるような気がしていた。

 畑仕事の後は、四人で、だらだらと過ごした。
 ミャーと護が、妙に仲よくなっている気がして、おかしかった。

 台所に立って、料理を作った。
 いつの間にか護が横にいて、手伝ってくれていた。
 空気みたいな子だ。最近は、俺のこだわりでもある節約にも、しっかり協力してくれている。

「ごはん、なに?」
 ミャーが来た。
「栗ごはんと、カレイの煮つけです」
「うわーっ。たのしみー」
 護が、鼻で笑った。
 居間を振り返る。飯田は、座卓の近くで、設計の本を読んでるみたいだった。


 四人で、居間の座卓で夕飯を食べはじめた。
「隼人のごはん、まじうまい。執事くんのとは、ちがって」
「すみませんね……」
「護も手伝ってくれたんだから。その言い分は、おかしいと思う」
「あっ、そうだね。ごめんね」
「『最初の頃の』が頭につくんだったら、異論も反論もない」
「だよねー」
「切れていいですか?」
「いいよ」
 飯田が言った。
「おいしい。これは、お世辞じゃない」
「ありがとうございます……」
 護が照れた。

「隼人さまは、料理がうますぎると思います。どうしてなんですか?」
「大学の部活を、料理部にしたんだよ。大学の先生と女の子たちが、親切に教えてくれた」
「はあー……。用意周到って感じ、ですね。
 家事は? どこかで練習したんですか?」
「ミャーが、大学に通ってる間だけ、一人暮らしをしてたから。
 ミャーのところに遊びに行って、教えてもらってた。送り迎えはあっても、さすがに、アパートの部屋まではついてこられないから」
「努力されたんですね……」
「楽しかったよ。母さんが亡くなるまでは、やってたことだし。もちろん、なにもかもやってたわけじゃないけど。
 その頃は、料理もしてた。かんたんなものしか、作れなかったけど」
「それ、小学二年生だった時の話ですよね……。じゅうぶんすぎると思いますよ」
 ミャーが「はいっ」と言って、挙手をした。
「僕も、聞きたいことがある」
「うん?」
「隼人じゃなくて、執事くんに」
「なんですか」
「君、敬語が上手だよね。じゃっかん、いんぎん無礼な感じもするけど。
 どこで習ったの? それ」
「妹の漫画です」
「ぶっ。まじ?」
「まじです。一番上の妹が、執事の男の人が出てくる漫画が好きで。それを借りて、死ぬ気で勉強しました」
「面白すぎるんだけど。それ」
「そうですか?」
「ちゃんと、正しい敬語になってる。漫画って、すごいな」
 飯田が感心したように言った。

「そうだ。飯田ちゃんの結婚は、いつなの?」
 飯田は、あのオーストラリア人の彼女……キャサリンさんと、婚約したらしい。このまま、国際結婚をすることになるのかもしれない。
「まだまだ、先だよ。向こうが、大学生だから」
「そっかー。隼人は、彼女いないの?」
「今のところは」
「僕も、合コンとか、行こうかなー」
「行けばいいのに。ミャーは、もてそうな気がする」
「そうお?」
「うん」
「隼人は、しばらくは、この家でのんびりする感じ?」
「そうだな」
 今はまだ、心ゆくまで味わっていたかった。
 蜜のような、自由の味を。

「どうしたの? 隼人」
「うん? モラトリアムって、最高だなって」
「モラトリアムって、あんまし、いい言葉じゃないよね。本来」
「そうなのかな。ミャーは、そう思う?」
「うん。なんか……。親のすねかじり、みたいな。そういうイメージ。
 ちゃんとしないで、ふらふらしてる、みたいな」
「俺は、ふらふらしたかったんだと思う。今は、最高に幸せだよ。
 一人暮らしをするって、会社で話してたら、先輩にバカにされたんだよ。
 『今さら、モラトリアムかよ』って。俺としては、なに言ってんだろうって感じだった。将来までの猶予期間があるなんて、最高じゃねーか、みたいな……」
「そっかー。ほんとに、よかったね」
「ミャーは、どうなの。今の仕事、しんどくない?」
「そうでもない。よくしてもらってるよ」
「しんどいって。なにか、あるんですか」
「僕ね。背骨が、ちょっと曲がってんの。生まれつき。
 ふつうに生活はできるんだけど。長時間の立ち仕事とかは、無理なんだよね。
 たまに、すごく痛くなって、休まないとだめな時がある」
「え……。
 しょっちゅう、ごろごろしてるのは、そのせいだったんですか」
「まあ、そうだね。たんに、眠いだけの時もあるけど」
「すみません。猫みたいだなって、思ってました」
「いいよ。僕も、そう思ってるし。あと、猫好きだし」
「猫、好きなんですか」
「うん。そうだ。ここで、猫飼わない?」
「それは、いいです。結構です」
「だめかー」
 ミャーは、がっかりしていた。俺も猫はいいやと思っていたので、護が断ってくれて、ほっとした。


 自転車と車で、それぞれ帰っていくミャーと飯田を見送った。
 それから、庭と畑の間に立って、家を見た。
 俺の夢の家は、美しかった。宝物みたいだった。
 ずっと見ていると、護が玄関から出てきた。

「隼人。風邪、引くよ。中に入ろう」

 少しだけ、驚いた。
 護の裏表の、裏が、表とぴったり重なったような気がした。

「うん」

 返事をして、笑った。
 護が、照れたように顔をしかめるのが見えた。

 俺のモラトリアム生活が終わるまで、あと二年半。
 上等だ。全力で、楽しんでやろうじゃねーか。

「びっくりした。護が、俺の弟みたいだった」
「どきどきしましたよ。僕は。怒られるんじゃないかって」
「怒らないよ」
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