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4.貧乏性の御曹司、パーティーに行く

≪護≫2

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 控え室を探して、隼人さまをつれていった。
 顔が青ざめていた。もう、帰った方がいいじゃないかと思うくらいだった。
 革張りの椅子に座ってもらった。

「大丈夫ですか?」
「うん。ごめん。気を使わせて」
「それは、いいんですけど……」
 パーティー会場での隼人さまは、御曹司だった。
 それは、一度会場から出ていって、たぶん、なにかがあって、へこんで戻ってきた後でも、そうだったと思う。
「聞いても、いいですか」
「いいよ」
「戻ってきた時から、様子が、へんだと思ったんですけど……。
 なにか、あったんですか?」
「ロビーに、会社の人がいた」
「はあ……?」
 それで、へこんでたのか。どうして?
 会社の人に会ったら、こんなふうに、具合が悪くなるのか?
 考えてみたけど、さっぱりわからなかった。
「会社で、つらい思いをされてる、とか?」
「違う。そういうことじゃない」
 思わず、といった感じで、笑われてしまった。
「ブラック企業だと思った?」
「……思いますよ。すごい、様子がおかしくなったから」
「俺が言わなくても、察してくれたんだな。それは、ありがたいし、嬉しい」
 とっさに、言葉を返せなかった。おせじとかじゃ、ないんだと思ったから。
 僕がだまりこむと、隼人さまもだまった。


 三十分くらい休んでから、会場に戻ることになった。
 立食の料理のテーブルまで、僕をつれていってくれた。
「食べて。お腹、すいてるだろ」
「食欲、ないです」
「少しだけでも」
「いいですけど。隼人さまも、食べてくださいよ」
「分かった」

 二人で、ホテルの料理を食べた。おいしいんだろうけど、あんまり、味がしない。
 隼人さまも、実は、僕と同じような気持ちでいるんじゃないかなと思った。

 入れかわり、たちかわり、いろんな人が、隼人さまに声をかけてくる。
 圧倒的に女の人が多い。女の子も。
 よりどりみどりだな、と思った。同時に、この人は、この状況を、ちっともうれしいとは思ってないんだろうなってことも、わかった。
 プラモ部屋で、ロボットの配置をえんえんと直してる時の方が、ずっと、ずっと、うれしそうだった。

「ところで、旦那さまや奥さまは、いらっしゃらないんですか?」
「分からない。俺は、お母さまたちの予定を、完璧に把握してるわけじゃない」
 小声で、答えが返ってきた。
 隼人さまが、すごく疲れたような顔をした。ほんの数秒だけ。

「隼人さまっ」
 かわいらしい声が、後ろから聞こえた。次の瞬間、ものすごいイケメンが現れた。
 にこやかにほほえむ隼人さまが、そこにいた。
 みんな、だまされてるんだなと思った。
 この人、さっきまで、自分のことを「俺」って、言ってました。すごく自然に。
「琴子さん。こんにちは」
「こんにちはーっ。お食事、お持ちしましょうかっ?」
「いえ。お気持ちだけで」
 「お気持ちだけで」って、すごい言い回しだよな……。
 じっと見ていると、小さな声で、「見すぎ」と言われた。
「はわー。いつものことですけど、すてきですっ」
「いえ。そんな」
 笑顔は、くずれない。それでも、僕には、わかってしまった。
 この人は、自分の感情と反対の表情を作ることができるんだって。
 本当に、笑っているように見えた。
 だけど、心は笑ってない。そのことが、痛いほど伝わってきた。

 琴子さんは、一方的に隼人さまに話しかけ続けてから、とうとつに離れていった。
「すごいですね。お話が、ぜんぜん、頭に入ってこなかったです」
 隼人さまの返事はなかった。


 隼人さまが言っていたとおり、芸能人の人もいた。一人じゃなくて、五、六人は見た。
 うわー、すごいなと思った。でも、それだけだ。
 僕とは関係のない世界の人だなと思うだけだった。
 テレビに出てる政治家の人も、何人か見かけた。
「有名人ばっかりですね」
「そうだな」
「まひしてきます。なんか」
「うん?」
「ありがたさが、なくなるっていうか……」
「うん。分かるよ」
 わかるんだ……と思った。そのことに、びっくりした。
「人あたり、しますね」
「休憩しよう」
 僕を口実にして、逃げるつもりだなと思った。

 ロビーの、はしっこの方のソファーで、きちんと座ってる隼人さまの前に立っていた。
 僕の体で、この人を隠してやろうと思って。
「途中で帰ったり、できないんですか?」
「してもいいけど。後から、つっこまれるのが面倒くさい」
「つっこまれるんですか」
「どうかな。俺が、そう思いこんでるだけかも。
 君をつれてきたのは、失敗だったな」
「……なんでですか」
「うまく、仮面を被れない。ひっぱられる」
「ひっぱられる?」
「そう。君と普通に接してる時の、俺に」
 それって、どういうことなんだろうか。
「よく、わからないですよ。それ」
「いいよ。分からなくて」
 僕なりに、わかろうとしたのに。勝手に、あきらめられてるみたいだった。

「君も、座って」
「え」
「顔色が悪いのは、君もだよ」
「そうですか?」
「うん」
 少し迷ってから、隼人さまの横に座った。
 隼人さまの顔を、横から見つめた。
 きれいな顔は、苦しんでいるように見えた。
「なにか、僕にできることって、ありますか?」
「うん? うん……。
 あると思う。だけど、話すのが……」
「話す?」
「ごめん。大丈夫」
 ぜんぜん、大丈夫じゃなさそうだった。
 もっと、頼ってくれてもいいのに。そう思ってから、無理なんだろうなと思った。
 僕みたいな、高卒の、フリーターくずれみたいなやつじゃ、この人を助けてあげられない……。
 自分で思ったことに、自分でびっくりした。
 お金持ちの御曹司を、なんで、僕が助けなきゃいけないんだ。
 でも、僕の横に座っている人には、助けが必要そうに見えた。そのことだけは、たしかだった。
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