上 下
205 / 206
18.アズ・ポーン5

2-1

しおりを挟む
 九月二十四日。土曜日。
 歌穂ちゃんは、朝から悩んでいた。
 はりつめた空気をまとっている。
 僕は、びくびくしていた。
 一夜明けたら、僕への怒りが再燃した……なんてことは、ないだろうか?

「歌穂ちゃん?」
「あたし。祐奈と会ったら、まずいですかね……」
「まずくは、ないと思うけど。
 土日は、礼慈がいるよ。祐奈ちゃんだけを連れだすのは、難しいと思う」
「ですよね……。電話も、だめかな」
「うーん。あのね。
 歌穂ちゃんと話してる祐奈ちゃんが、パニックになっちゃったりして、その後で、礼慈と口論になって……とかさ。それは、よくない。
 そもそも、僕は、礼慈が誤解されてるだけだと思ってる。だとしたら、二人が話し合うしかないわけで、僕たちにできることは、なにもないと思ってる」
「あたしたちが、遊びに行くのは?」
「いいけど……。歌穂ちゃんと祐奈ちゃんが二人で話せるようにすることは、できると思うよ。
 だけどね。祐奈ちゃんが、歌穂ちゃんになにも言わなかったのは、歌穂ちゃんが僕のことで落ちこんでたせいもあると思うんだよね」
「あー……」
「だから、まず、歌穂ちゃんが大丈夫になったってことを……大丈夫になったんだよね?」
「はい」
「そのことを、祐奈ちゃんに報告したらどうかな」
「そうですね……。します」

 歌穂ちゃんが、祐奈ちゃんにLINEを送った。
 返事は、すぐに来た。『よかったね!』って。
 やっぱり、お母さんなんだなあと思った。
 歌穂ちゃんは、うるうるしていた。

「祐奈に会いたい! やっぱり、行きましょうよ」
「えー? 僕は、やだな……。
 そうっとしておいた方が、いいと思う」
「じゃあ、あたしだけだったら?」
「ああ……。その方が、いいかも」
「祐奈を、ここにつれてきちゃおう。
 車で送ってください」
「そんなに、うまく行くかなー……」
「わかんないですよ。あなたの前で泣くほどなんだから。そうとう、追いこまれてるってことです。
 西東さんから離れて、息ぬきしたいって、思うかも」
「じゃあ、やってみようか。
 僕はさ、礼慈側の人間でもあるわけ。だから、礼慈のことを、あんまり悪く言われると、つらいんだよね」
「それは、わかりますけど。
 祐奈がもやもやしてる理由について、あたしたちは、知らないわけじゃないですか。
 ただ聞いてあげるだけで、自分が思いこんでるだけかもしれないっていうふうに、気持ちが変わるかも……」
「わかった。いいよ。
 車は出すけど、礼慈の部屋には行かない。ホームセンターの駐車場で、待ってるから」


 歌穂ちゃんの作戦は成功した。
 祐奈ちゃんは、電話での歌穂ちゃんの誘いに乗ってくれた。
 電話から一時間半くらいで、礼慈の部屋からつれだすことができた。
 そこから、ホームセンターまで、歩いて五分くらい。駐車場までで、もう二分。

「沢野さん……」
 車のそばに立ってる僕を見て、いろんなことを察したみたいだった。
「ごめんね。僕は、歌穂ちゃんには、嘘がつけないんだよ」
「わたしも、くちどめしたりは、しませんでしたけど。
 ぜんぶ、つつぬけなんですね……」
 今日は、クイーンじゃなかった。よく知ってる方の祐奈ちゃんだった。
「ごめんね……。歌穂。
 歌穂の様子がおかしくなってるのが、わかってたから。
 わたしのことで、よけいに心配させたくなかったの」
「わかってるけど。
 沢野さんから聞かされた時、あたし、みじめな気分だったよ」
「ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。車の中でいい?
 それとも、どっか行く? 祐奈が行きたいところに、つれていってあげる」
「行きたいところ? 遠くに行きたい……」
 歌穂ちゃんと僕は、顔を見合わせた。
 昨日よりも、もっとひどくなってる。そんな気がした。

「とにかく、乗って」
「うん……」
 三人で、僕の車に乗った。
 僕は運転席。歌穂ちゃんと祐奈ちゃんは、後部座席に並んで座った。まあ、そうなるだろうなとは思っていた。
「お邪魔します」
「どーぞ」
「沢野さんのことは、今日は、置きものだと思って。
 それでいいって、ご本人も、言ってくださってるし」
「うぅー。ごめんなさい。昨日も、送ってもらったのに」
「いいよ。それより、……ねえ。
 もう、こんな状況だからさ。
 僕と歌穂ちゃんと一緒に、礼慈の部屋に戻って、全員で話し合う……とか」
「それじゃ、男性二人に囲まれて、祐奈が、言いたいことの半分も言えなくなるじゃないですか!」
「そんなことないって。
 祐奈ちゃんは、決める時は、決めてくれるよ」
「なんなんですか! どっちの味方なの?」
「だからね。僕は、礼慈とのつき合いの方が、長いの。
 ぜったい、誤解だと思う。話せばわかるやつだよ」
「だったら、沢野さんが、西東さんに聞いてくださいよ。
 祐奈がこんなふうになってるって、気づいてるのか、どうか」
「ああ……。それは、悪くない提案だね」
「……そう?」
 自分で言っておいて、僕が乗ったことに驚いたみたいだった。
「聞くのは、いいんだけど。あの部屋じゃ、無理だよ。
 礼慈の本音を聞きだしたいから、部屋からつれだす。祐奈ちゃんがいるところでは言えないようなことを、抱えてる可能性もあるし……。 
 最近、仕事で失敗したとか。そんなことある?」
 座席からはみだすようにして、後ろを見た。
「えっ……。考えたこと、なかったです。
 そうなのかな……。昨日は祝日だけど、出社扱いなんだって。そういうことって、めったになくって。
 だから、あの……。誰かと会ってるけど、仕事だって、言ってるのかもって」
 祐奈ちゃんの顔が、どんどん青ざめていく。
「わたし……。どうしよう。
 礼慈さんは、仕事でミスなんてしないって、思いこんでました。
 なんでもできる人だからって……。
 わたしが、こんなふうだから、言ってくれなかったのかも」
「まだ、そうだって、決まったわけじゃないよ。仮定の話じゃん。
 他には、ないの?
 祐奈は、西東さんに嫌われたって、思ってるの?」
「おもって……る。ない。わかんない」
「あーもー、いらいらする……。
 あれは? してるの?」
「歌穂ちゃん。その質問は、どうかと」
「してる……。昨日も、した」
「したんだ……。平気なの?」
「平気? 平気じゃないけど、それは、またべつの、……あの」
「なに?」
「歌穂ちゃん。いったん、黙ろうか」
「なんで?」
「祐奈ちゃんのデリケートな問題と、礼慈のことは、まったく別の話だっていう気がするんだよね。どう?」
「べつ、です。わたしの問題は、もう、十ヶ月前から、わたしが……わたしだけが、抱えてることで、礼慈さんは、知らない……はずです」
「はあー?! なに、それ!」
「かーほーちゃーんー?」
「……ごめんなさい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...