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18.アズ・ポーン5
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「ねえ。ちゃんと食べてる?」
「……うん」
「やせたよね」
「そうでも……」
「ごはん、食べに行く?」
「いいです。はやく、歌穂に、電話してあげてください」
「うーん……。祐奈ちゃんのことも、心配だよ。
今日は、歌穂ちゃんのところに泊まる?」
「ううん。沢野さんと歌穂が、仲なおりしてくれれば、わたしはいいです。
礼慈さんのところに帰ります。
ちゃんと……話を、しないと」
「わかった。こうしよう。
僕は今から、歌穂ちゃんと電話をする。その後で、祐奈ちゃんを礼慈の部屋まで送って、それから歌穂ちゃんの部屋に行く。それでいい?」
「は、はい」
「そんな顔で、電車に乗せられないよ……。悪い人に、つれて行かれそうで」
「そんなことには、ならないです……」
「だといいけど。
ちょっと、ここで待っててね。電話してくる」
寝室に入った。
歌穂ちゃんに電話をかけた。
後悔していた。
もっと早くに、僕から、こうするべきだったんだ。
会いに行ってもよかった。
歌穂ちゃんに拒まれるのが恐くて、相互理解するための努力を放棄した。
勝手に。一方的に。
呼びだし音がとぎれて、通話になった。
「僕だよ」
「……沢野さん」
「ごめん。不安にさせちゃったね。
ちゃんと、本当のことを話すから。これから、そっちに行ってもいい?」
「……はい」
「好きだよ」
「ばかっ」
「ごめんね。傷つけちゃったね。仲なおりしよう」
「ばかって、言って、ごめんなさい」
涙声だった。切なくなった。
「いいよ。僕は、ばかだった」
認めてしまえば、もう、なにも恐くなくなった。
こんなに、ばかになるくらいに、君のことを愛している。
ずっと前から。
君が、ナイトの駒を握りしめながら、僕のために泣いてくれた時から。
「一時間くらいで、つくはずだから。待ってて」
「はい」
歌穂ちゃんの声は、多少とがっていた。
「どうでした?」
「『ばか』って、言われたよ」
「そうですか……」
祐奈ちゃんが笑った。かわいい笑顔だった。
「ねえ。礼慈は、いるの? あの部屋に」
「今日は、いません。会社の……大事な集まりがあって、行かないといけないって」
「なるほどね。だから、今日だったんだ」
「そうですね……。平日だと、遅い時間になっちゃうし。
歌穂と会っていないんだったら、土日か祝日でいいかなって、思って」
「『いいかな』って、思ったんだ」
「……うん」
「ありがとう。祐奈ちゃん……」
うっかりすると、泣きそうな感じだった。
僕と歌穂ちゃんのことよりも、祐奈ちゃん自身のことで、憔悴しきってるはずだった。
「ごめんね。僕が悪かったよ」
「それは、歌穂に言ってください。わたしは、関係ないですから」
ぶっきらぼうな言い方だった。まるで、歌穂ちゃんが、祐奈ちゃんに乗りうつったみたいだった。
「トイレとか、大丈夫?
今から、車に乗るけど」
「……借りたいです」
「いいよ。どうぞ」
祐奈ちゃんを、礼慈のマンションの前で下ろした。
お礼を言われた。泣きはらした顔が、それでも、気高くて、きれいで、どきっとした。
祐奈ちゃんには、他にもまだ、僕の知らない顔がありそうだった。
僕は、礼慈の恋人としての祐奈ちゃんしか知らない。もし、どこかで、礼慈よりも先に祐奈ちゃんと出会っていたら、祐奈ちゃんのことを好きになったかもしれない。
祐奈ちゃんと歌穂ちゃんは、どこか似ているから。
「今日は、ごめんなさい。また……」
「うん。次は、もっと、楽しいことで会おうね。みんなで遊ぼうよ」
「はい……」
* * *
マンションの部屋の外に、歌穂ちゃんがいた。
ドアの前に立って、僕を待ってる。
駆けだしていった。
「歌穂ちゃん!」
足より先に、手が伸びていた。
僕の胸に、体ごと飛びこんできた。弾丸みたいだった。
撃ち抜かれた。
泣いていた。泣きじゃくっていた。
「ごめんね! ごめんなさい」
「……なんで、だめになったの?」
「だめになんて、なってないよ。嫉妬してただけ」
「えっ?」
「祐奈ちゃんに」
「……はあ?」
「とにかく、中に入れて」
部屋に入ってから、あの日に僕が感じた気持ちについて、説明した。
歌穂ちゃんは、しぶい顔をしていた。
十回くらい、「ばか」と言われた。べつに、腹は立たなかった。
ただただ、かわいいだけだった。
抱きしめて、キスをして、謝り続けた。
許してもらえた。うれしかった。
今は、リビングの椅子に座っている。
コーラを飲んで、ポテトチップスをつまみながら、二人で話をしていた。
離れていた期間がそこそこあったこともあって、いくら話しても、お互いに、話がつきることはなかった。
僕を見る歌穂ちゃんは、にこにこしている。かわいかった。
「歌穂ちゃん?」
「ううん。なんだか、うれしくって。
あなたとこんなふうに過ごすことは、もう、ないかもしれないって、思ってたから」
「……ごめんね。ほんとに」
「ビール、飲む? あたしには、飲めないから。
あなたが飲んでくれないと、困るの」
「そうだね。いただきます。もっと、後で」
「泊まってくれるの?」
「うん」
「あなたの服とか、捨ててやろうかと思ったこともあったけど。
思いとどまって、よかった」
「……そうだね」
「また買い直すなんて、無駄だから。いやなの」
僕以外の男が着れば、無駄にはならないけど。心の中で思ったことは、口には出さなかった。他の男が出入りするのは、いやだなと思ったから。そうしてもいいんだなんて、歌穂ちゃんに思わせてしまうのもいやだった。
「……うん」
「やせたよね」
「そうでも……」
「ごはん、食べに行く?」
「いいです。はやく、歌穂に、電話してあげてください」
「うーん……。祐奈ちゃんのことも、心配だよ。
今日は、歌穂ちゃんのところに泊まる?」
「ううん。沢野さんと歌穂が、仲なおりしてくれれば、わたしはいいです。
礼慈さんのところに帰ります。
ちゃんと……話を、しないと」
「わかった。こうしよう。
僕は今から、歌穂ちゃんと電話をする。その後で、祐奈ちゃんを礼慈の部屋まで送って、それから歌穂ちゃんの部屋に行く。それでいい?」
「は、はい」
「そんな顔で、電車に乗せられないよ……。悪い人に、つれて行かれそうで」
「そんなことには、ならないです……」
「だといいけど。
ちょっと、ここで待っててね。電話してくる」
寝室に入った。
歌穂ちゃんに電話をかけた。
後悔していた。
もっと早くに、僕から、こうするべきだったんだ。
会いに行ってもよかった。
歌穂ちゃんに拒まれるのが恐くて、相互理解するための努力を放棄した。
勝手に。一方的に。
呼びだし音がとぎれて、通話になった。
「僕だよ」
「……沢野さん」
「ごめん。不安にさせちゃったね。
ちゃんと、本当のことを話すから。これから、そっちに行ってもいい?」
「……はい」
「好きだよ」
「ばかっ」
「ごめんね。傷つけちゃったね。仲なおりしよう」
「ばかって、言って、ごめんなさい」
涙声だった。切なくなった。
「いいよ。僕は、ばかだった」
認めてしまえば、もう、なにも恐くなくなった。
こんなに、ばかになるくらいに、君のことを愛している。
ずっと前から。
君が、ナイトの駒を握りしめながら、僕のために泣いてくれた時から。
「一時間くらいで、つくはずだから。待ってて」
「はい」
歌穂ちゃんの声は、多少とがっていた。
「どうでした?」
「『ばか』って、言われたよ」
「そうですか……」
祐奈ちゃんが笑った。かわいい笑顔だった。
「ねえ。礼慈は、いるの? あの部屋に」
「今日は、いません。会社の……大事な集まりがあって、行かないといけないって」
「なるほどね。だから、今日だったんだ」
「そうですね……。平日だと、遅い時間になっちゃうし。
歌穂と会っていないんだったら、土日か祝日でいいかなって、思って」
「『いいかな』って、思ったんだ」
「……うん」
「ありがとう。祐奈ちゃん……」
うっかりすると、泣きそうな感じだった。
僕と歌穂ちゃんのことよりも、祐奈ちゃん自身のことで、憔悴しきってるはずだった。
「ごめんね。僕が悪かったよ」
「それは、歌穂に言ってください。わたしは、関係ないですから」
ぶっきらぼうな言い方だった。まるで、歌穂ちゃんが、祐奈ちゃんに乗りうつったみたいだった。
「トイレとか、大丈夫?
今から、車に乗るけど」
「……借りたいです」
「いいよ。どうぞ」
祐奈ちゃんを、礼慈のマンションの前で下ろした。
お礼を言われた。泣きはらした顔が、それでも、気高くて、きれいで、どきっとした。
祐奈ちゃんには、他にもまだ、僕の知らない顔がありそうだった。
僕は、礼慈の恋人としての祐奈ちゃんしか知らない。もし、どこかで、礼慈よりも先に祐奈ちゃんと出会っていたら、祐奈ちゃんのことを好きになったかもしれない。
祐奈ちゃんと歌穂ちゃんは、どこか似ているから。
「今日は、ごめんなさい。また……」
「うん。次は、もっと、楽しいことで会おうね。みんなで遊ぼうよ」
「はい……」
* * *
マンションの部屋の外に、歌穂ちゃんがいた。
ドアの前に立って、僕を待ってる。
駆けだしていった。
「歌穂ちゃん!」
足より先に、手が伸びていた。
僕の胸に、体ごと飛びこんできた。弾丸みたいだった。
撃ち抜かれた。
泣いていた。泣きじゃくっていた。
「ごめんね! ごめんなさい」
「……なんで、だめになったの?」
「だめになんて、なってないよ。嫉妬してただけ」
「えっ?」
「祐奈ちゃんに」
「……はあ?」
「とにかく、中に入れて」
部屋に入ってから、あの日に僕が感じた気持ちについて、説明した。
歌穂ちゃんは、しぶい顔をしていた。
十回くらい、「ばか」と言われた。べつに、腹は立たなかった。
ただただ、かわいいだけだった。
抱きしめて、キスをして、謝り続けた。
許してもらえた。うれしかった。
今は、リビングの椅子に座っている。
コーラを飲んで、ポテトチップスをつまみながら、二人で話をしていた。
離れていた期間がそこそこあったこともあって、いくら話しても、お互いに、話がつきることはなかった。
僕を見る歌穂ちゃんは、にこにこしている。かわいかった。
「歌穂ちゃん?」
「ううん。なんだか、うれしくって。
あなたとこんなふうに過ごすことは、もう、ないかもしれないって、思ってたから」
「……ごめんね。ほんとに」
「ビール、飲む? あたしには、飲めないから。
あなたが飲んでくれないと、困るの」
「そうだね。いただきます。もっと、後で」
「泊まってくれるの?」
「うん」
「あなたの服とか、捨ててやろうかと思ったこともあったけど。
思いとどまって、よかった」
「……そうだね」
「また買い直すなんて、無駄だから。いやなの」
僕以外の男が着れば、無駄にはならないけど。心の中で思ったことは、口には出さなかった。他の男が出入りするのは、いやだなと思ったから。そうしてもいいんだなんて、歌穂ちゃんに思わせてしまうのもいやだった。
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