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18.アズ・ポーン5
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「祐奈ちゃんは?」
「えっ?」
「礼慈と、うまく行ってる?
最近、そういう話してないなって、思って」
祐奈ちゃんの顔が、あどけなくなっていく。
クイーンが、幼い少女になった。
あまりにも急な変化に、目を奪われた。
「えっ?」
大きな目から、大粒の涙があふれてくる。
泣きだしてしまった。
「ゆっ、祐奈ちゃん? だいじょうぶ?」
返事はなかった。かわりに、嗚咽が聞こえた。
「ごめんね。泣かないで」
「さんざん、えらそうなこと言って、ごめんなさい……。
わたしたち、もう、だめかも」
「えぇっ?! ないって! それだけは、ない!」
「でも……」
「なにか、あったの?」
「わかんない……。わたしも、避けられてるんです。
急に、出かけていっちゃったり……。いつも、上の空で」
信じられないような言葉だった。
あの礼慈が? 浮気してるってこと?
できるわけがない、と思った。
「わたしの、奨学金の返済をね、したいんだって。
手切れ金みたい、って、思ったの。
それを支払ったら、礼慈さんは……」
「いや。考えすぎだって。
僕だって、歌穂ちゃんに借金があったら、お金を出すよ。
一日でも早く、解放されてほしいと思う。
祐奈ちゃんだって、奨学金を返すために、あの仕事をしようと思ったんでしょ?」
「う、うん」
「礼慈のことが、信じられなくなった?」
「かも……。
電話をとる時に、他の部屋に行ったりするの。そんなこと、今までは、一度もなかった。
わたしには、聞かせられないような話なんだって、思ったら、胸が苦しくて……。
わたしは、礼慈さんに知られて困ることなんて、ない。……ううん。ちょっとは、あるけど」
「どんなこと?」
「言えないです……。あの、あのね。
……言えないような、こと」
「それは、聞かない方がよさそうだね」
泣き顔の祐奈ちゃんの頬が、赤くなっていった。ものすごく色っぽく見えた。
さりげなく視線を外そうとしたら、もっと恥ずかしそうな様子になってしまった。
「大丈夫だよ。僕も、いい年の大人だから。わかってる。
恥ずかしがらないで。
人には言えないようなことで、礼慈にも言えないことがあるんだね」
「うん……」
「言えないことが、つらい?」
「つらい……のかな。もう、ずっと、言えてないの。
言わなきゃいけないって、わかってるのに」
「気になるなー。僕から、礼慈に言ってもいいよ」
「だめ。だめです。
沢野さんには、言えないです」
「なんとなく、想像はつくけど」
「……つくの?」
「うん。セックスのことでしょ?
祐奈ちゃんが、無理をしてるのかなって……。ちがう?」
「ちがわないです」
「それはさあ、礼慈に言ってやって。ほんとに。
たぶん、わかってないよ」
「わかってます。わかってるの……」
「この話題は、いったん置いておこうか。
祐奈ちゃんは、どうしたいの?」
「わからないです」
「本当に?」
「うん……。ばかみたいに見えると思うんですけど。
本当に、わからないの……。
もう、どうしたらいいのか、わからないんです。
はっきり、聞かなきゃいけないって、わかってるけど。こわくて……。
『出ていって』って、言われたら、すごく困るし……。そんなふうに、打算的に考えてる自分にも、がっかりしてます」
「いや。そんなことは、言われない……と思う。
祐奈ちゃん。もし、そんなことになったら、僕を頼っていいからね。ないとは思うけど」
「頼る、って?」
「お金は出すし、部屋も探すから。心配いらないってこと」
「そんな……。わたし、沢野さんとは、なにも関係ないです」
「関係あるとか、ないとかじゃなくて。歌穂ちゃんの母親は、祐奈ちゃんだと思ってるから」
「えーっ?」
「本当だよ。歌穂ちゃんも、そう言ってた」
「三つしか、年の差がないです。今は、四つだけど」
「歌穂ちゃんが、十二月に二十二になるまでは、そうだね」
「はい。わたしは、歌穂の友達です。親じゃないです」
「それは、わかってるけど。そういうことじゃないんだよ。きっと。
あと、僕と祐奈ちゃんは、友達だと思ってたんだけど。ちがう?」
「とっ、友達、ですかね」
「ちがうんだ?」
「友達は、恋人のことで、その人のことを叱ったりしません……」
「さっきまでのことを、気にしてるんだね。
いいんだよ。僕が悪かったんだから」
「でも……」
「これからも、友達でいてください」
「は、はい。うん」
祐奈ちゃんが部屋に入ってきてから、気になっていることがあった。
もともと華奢だけど、もっと華奢になったように見えた。
椅子から立って、ソファーに向かった。
祐奈ちゃんの横に座ると、あからさまにびくついた。歌穂ちゃんは、こういう反応はしない。新鮮だった。
「さわっていい?」
「えっ? だめ……」
「腕だけ」
「あ、はい」
手を伸ばして、二の腕をつかんだ。
あれは、いつだったか……。五月の初めの頃だ。
礼慈の部屋で、歌穂ちゃんの話を祐奈ちゃんから聞いていた時に、僕がつかんだ腕だ。あの時よりも、ずっと細くなっていた。細すぎる。
ため息が出た。
きっと、食べてないんだ。食欲がなかったんだろう。
手を放した。祐奈ちゃんが、ほっとしたように息を吐いた。
「えっ?」
「礼慈と、うまく行ってる?
最近、そういう話してないなって、思って」
祐奈ちゃんの顔が、あどけなくなっていく。
クイーンが、幼い少女になった。
あまりにも急な変化に、目を奪われた。
「えっ?」
大きな目から、大粒の涙があふれてくる。
泣きだしてしまった。
「ゆっ、祐奈ちゃん? だいじょうぶ?」
返事はなかった。かわりに、嗚咽が聞こえた。
「ごめんね。泣かないで」
「さんざん、えらそうなこと言って、ごめんなさい……。
わたしたち、もう、だめかも」
「えぇっ?! ないって! それだけは、ない!」
「でも……」
「なにか、あったの?」
「わかんない……。わたしも、避けられてるんです。
急に、出かけていっちゃったり……。いつも、上の空で」
信じられないような言葉だった。
あの礼慈が? 浮気してるってこと?
できるわけがない、と思った。
「わたしの、奨学金の返済をね、したいんだって。
手切れ金みたい、って、思ったの。
それを支払ったら、礼慈さんは……」
「いや。考えすぎだって。
僕だって、歌穂ちゃんに借金があったら、お金を出すよ。
一日でも早く、解放されてほしいと思う。
祐奈ちゃんだって、奨学金を返すために、あの仕事をしようと思ったんでしょ?」
「う、うん」
「礼慈のことが、信じられなくなった?」
「かも……。
電話をとる時に、他の部屋に行ったりするの。そんなこと、今までは、一度もなかった。
わたしには、聞かせられないような話なんだって、思ったら、胸が苦しくて……。
わたしは、礼慈さんに知られて困ることなんて、ない。……ううん。ちょっとは、あるけど」
「どんなこと?」
「言えないです……。あの、あのね。
……言えないような、こと」
「それは、聞かない方がよさそうだね」
泣き顔の祐奈ちゃんの頬が、赤くなっていった。ものすごく色っぽく見えた。
さりげなく視線を外そうとしたら、もっと恥ずかしそうな様子になってしまった。
「大丈夫だよ。僕も、いい年の大人だから。わかってる。
恥ずかしがらないで。
人には言えないようなことで、礼慈にも言えないことがあるんだね」
「うん……」
「言えないことが、つらい?」
「つらい……のかな。もう、ずっと、言えてないの。
言わなきゃいけないって、わかってるのに」
「気になるなー。僕から、礼慈に言ってもいいよ」
「だめ。だめです。
沢野さんには、言えないです」
「なんとなく、想像はつくけど」
「……つくの?」
「うん。セックスのことでしょ?
祐奈ちゃんが、無理をしてるのかなって……。ちがう?」
「ちがわないです」
「それはさあ、礼慈に言ってやって。ほんとに。
たぶん、わかってないよ」
「わかってます。わかってるの……」
「この話題は、いったん置いておこうか。
祐奈ちゃんは、どうしたいの?」
「わからないです」
「本当に?」
「うん……。ばかみたいに見えると思うんですけど。
本当に、わからないの……。
もう、どうしたらいいのか、わからないんです。
はっきり、聞かなきゃいけないって、わかってるけど。こわくて……。
『出ていって』って、言われたら、すごく困るし……。そんなふうに、打算的に考えてる自分にも、がっかりしてます」
「いや。そんなことは、言われない……と思う。
祐奈ちゃん。もし、そんなことになったら、僕を頼っていいからね。ないとは思うけど」
「頼る、って?」
「お金は出すし、部屋も探すから。心配いらないってこと」
「そんな……。わたし、沢野さんとは、なにも関係ないです」
「関係あるとか、ないとかじゃなくて。歌穂ちゃんの母親は、祐奈ちゃんだと思ってるから」
「えーっ?」
「本当だよ。歌穂ちゃんも、そう言ってた」
「三つしか、年の差がないです。今は、四つだけど」
「歌穂ちゃんが、十二月に二十二になるまでは、そうだね」
「はい。わたしは、歌穂の友達です。親じゃないです」
「それは、わかってるけど。そういうことじゃないんだよ。きっと。
あと、僕と祐奈ちゃんは、友達だと思ってたんだけど。ちがう?」
「とっ、友達、ですかね」
「ちがうんだ?」
「友達は、恋人のことで、その人のことを叱ったりしません……」
「さっきまでのことを、気にしてるんだね。
いいんだよ。僕が悪かったんだから」
「でも……」
「これからも、友達でいてください」
「は、はい。うん」
祐奈ちゃんが部屋に入ってきてから、気になっていることがあった。
もともと華奢だけど、もっと華奢になったように見えた。
椅子から立って、ソファーに向かった。
祐奈ちゃんの横に座ると、あからさまにびくついた。歌穂ちゃんは、こういう反応はしない。新鮮だった。
「さわっていい?」
「えっ? だめ……」
「腕だけ」
「あ、はい」
手を伸ばして、二の腕をつかんだ。
あれは、いつだったか……。五月の初めの頃だ。
礼慈の部屋で、歌穂ちゃんの話を祐奈ちゃんから聞いていた時に、僕がつかんだ腕だ。あの時よりも、ずっと細くなっていた。細すぎる。
ため息が出た。
きっと、食べてないんだ。食欲がなかったんだろう。
手を放した。祐奈ちゃんが、ほっとしたように息を吐いた。
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