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17.バッド・サプライズ1
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九月の二週目の土曜日。
昼すぎに、出かける支度を始めた。
祐奈は、リビングでテレビを見ている。
横に座ってから、声をかけた。
「祐奈」
「うん?」
「今から、少し出かけるから」
「……えっ。どこに?」
「姉のところ」
「礼慈さんだけ?」
「うん」
「じゃあ……。わたしは、うちにいます。
どのあたりですか? 場所……」
「立川。東京の西の方」
「わかりました。いってらっしゃい」
「いってきます」
車を出してから、祐奈をつれてくるという選択肢もあったことに気づいた。
その場合は、プロポーズについて相談することはできないだろう。
俺の家族の中では、姉に会わせるのが、最もハードルが低そうだと感じるのは確かだった。
「失敗したかな……」
祐奈は、寂しそうな顔をしていなかっただろうか。帰ってから、フォローしないといけないな……。
「美里ちゃん。着いた」
「開けとくから、入って」
姉夫婦が建てた戸建ての家には、俺が勤める会社も関わっていた。
設計は、園田の先輩にあたる女性がしてくれた。
電子錠が開く音が聞こえた。
「お邪魔します」
「どうぞー」
化粧っ気のない素顔と、いかにも普段着といった服装で、俺を迎えてくれた。
美里ちゃんは、俺の二つ上の姉だ。童顔なので、かなり若く見える。
俺は父親似で、美里ちゃんは母親似だ。
「昭博くんは?」
「寝てる。モニターつけてるから、リビングで話そう」
今年の二月に、待望の赤ちゃんが生まれた。
名前は昭博くん。男の子だ。
「座って。お茶いる?」
「ほしいな」
「ほい」
楕円形のテーブルに、ピッチャーとグラスが置かれた。
「ありがとう。美里ちゃんは?」
「私の分も入れて」
「うん」
二人分のお茶を入れた。
「急に、どうしたの?」
「相談したいことがある。
プロポーズしたいんだけど……」
「ふうん? 相手の人は、誰?」
「前に話した人だよ。白井祐奈さん」
「続いてるんだ。同居してるんだよね」
「うん。去年の秋から」
「礼慈さあ。そういうの、私だけじゃなくて、父さんたちにも言わなきゃだめだよ」「そうだな。そろそろ、言うつもり。
プロポーズの返事次第だけど」
「いくつだっけ。祐奈さんって」
「俺の六つ下」
「六つ?」
「うん」
「話、合う?」
「たぶん……。合ってると思う」
「それは、いいことだね。
祐奈さんは、フリーターなんだっけ」
「うん」
「お金の管理は、どうなってるの?」
「全部俺持ち。俺が、そうしたくて」
「それは、べつにいいけど。
通帳とかは、礼慈が持ってるの?」
「そうだよ。銀行のカードは渡してるけど」
「クレジットカードってこと?」
「その機能もある」
「勝手に使われちゃったりしないの?」
「ぜんぜん。もっと、使ってくれてもいいくらい。
つつましい暮らし方をしてる。俺も、無駄づかいが減ったよ」
「いい子だね」
「うん」
「写真ある?」
「あるよ」
「見せて」
スマートフォンのアルバムを開いて、祐奈の写真を見せた。
美里ちゃんの顔が、おかしなことになった。恐ろしいものを見た後のように、凍りついていた。
「この子、タレントさん?」
「違う。一般人」
「えー? こんな子、いるの……。
かわいすぎる。神がかってる。
ドルオタの血が騒ぐわー」
「節度を持って、接して」
「はいはい」
「『魔性の女』って、いるだろ。昔の、外国の映画に出てくるような……」
「いるね」
「そういう感じ。本人に自覚はないのに、男に襲われたり、拉致されそうになったりしてる」
「こっわ……。かわいそう。
優しい感じだね。ぽやっとしてそう」
「見たままだよ。たまに、こわくなるけど」
「こわいんだ」
「叱られる時もある。毎日じゃない。たまに」
「あー。よかったね。
礼慈の顔のことは、どうでもいいんだろうね。自分が、こんなにきれいだったら」
「そうでもない。自分のことを、きれいだとも、かわいいとも、思ってないみたいなんだよな」
「うっそー。ほんとに?」
「うん」
「はあー。どんなふうに育ったんだろ。興味あるな」
「五才から、施設にいたって」
「そう言ってたね。
ちょっと、意外だった。礼慈が、そういう苦労をした人に惹かれるっていうのが。
青葉さんのことは? もういいの?」
「うん。二度と会えないような気がしてる。諦めもついた」
「もう五年も経つんだね。傷のとこ、痛くなったりはしないの?」
「たまに、違和感はあるけど。痛いってほどじゃないな」
「不幸中の幸いだったね。
青葉さんが亡くなって、お別れするとかじゃなくて……。
その方が、心の傷が深くなりそうじゃない?」
「俺の心痛はともかく、みどりが無事でよかったよ。
そのことだけは、自分を誇りに思う」
「そうだよね……。とっさに、相手の前に出たんだもんね。
なかなか、できることじゃないよ。
ベルトに当たったんだよね」
「うん。それがずれて、脇腹に刺さった。
勢いが殺されてたから、鋭い包丁だったわりには、深く刺さらなかった」
「いたーい。いたい……。
礼慈の、この話。いつ聞いても、ぞっとする」
美里ちゃんが、顔をしかめた。
昼すぎに、出かける支度を始めた。
祐奈は、リビングでテレビを見ている。
横に座ってから、声をかけた。
「祐奈」
「うん?」
「今から、少し出かけるから」
「……えっ。どこに?」
「姉のところ」
「礼慈さんだけ?」
「うん」
「じゃあ……。わたしは、うちにいます。
どのあたりですか? 場所……」
「立川。東京の西の方」
「わかりました。いってらっしゃい」
「いってきます」
車を出してから、祐奈をつれてくるという選択肢もあったことに気づいた。
その場合は、プロポーズについて相談することはできないだろう。
俺の家族の中では、姉に会わせるのが、最もハードルが低そうだと感じるのは確かだった。
「失敗したかな……」
祐奈は、寂しそうな顔をしていなかっただろうか。帰ってから、フォローしないといけないな……。
「美里ちゃん。着いた」
「開けとくから、入って」
姉夫婦が建てた戸建ての家には、俺が勤める会社も関わっていた。
設計は、園田の先輩にあたる女性がしてくれた。
電子錠が開く音が聞こえた。
「お邪魔します」
「どうぞー」
化粧っ気のない素顔と、いかにも普段着といった服装で、俺を迎えてくれた。
美里ちゃんは、俺の二つ上の姉だ。童顔なので、かなり若く見える。
俺は父親似で、美里ちゃんは母親似だ。
「昭博くんは?」
「寝てる。モニターつけてるから、リビングで話そう」
今年の二月に、待望の赤ちゃんが生まれた。
名前は昭博くん。男の子だ。
「座って。お茶いる?」
「ほしいな」
「ほい」
楕円形のテーブルに、ピッチャーとグラスが置かれた。
「ありがとう。美里ちゃんは?」
「私の分も入れて」
「うん」
二人分のお茶を入れた。
「急に、どうしたの?」
「相談したいことがある。
プロポーズしたいんだけど……」
「ふうん? 相手の人は、誰?」
「前に話した人だよ。白井祐奈さん」
「続いてるんだ。同居してるんだよね」
「うん。去年の秋から」
「礼慈さあ。そういうの、私だけじゃなくて、父さんたちにも言わなきゃだめだよ」「そうだな。そろそろ、言うつもり。
プロポーズの返事次第だけど」
「いくつだっけ。祐奈さんって」
「俺の六つ下」
「六つ?」
「うん」
「話、合う?」
「たぶん……。合ってると思う」
「それは、いいことだね。
祐奈さんは、フリーターなんだっけ」
「うん」
「お金の管理は、どうなってるの?」
「全部俺持ち。俺が、そうしたくて」
「それは、べつにいいけど。
通帳とかは、礼慈が持ってるの?」
「そうだよ。銀行のカードは渡してるけど」
「クレジットカードってこと?」
「その機能もある」
「勝手に使われちゃったりしないの?」
「ぜんぜん。もっと、使ってくれてもいいくらい。
つつましい暮らし方をしてる。俺も、無駄づかいが減ったよ」
「いい子だね」
「うん」
「写真ある?」
「あるよ」
「見せて」
スマートフォンのアルバムを開いて、祐奈の写真を見せた。
美里ちゃんの顔が、おかしなことになった。恐ろしいものを見た後のように、凍りついていた。
「この子、タレントさん?」
「違う。一般人」
「えー? こんな子、いるの……。
かわいすぎる。神がかってる。
ドルオタの血が騒ぐわー」
「節度を持って、接して」
「はいはい」
「『魔性の女』って、いるだろ。昔の、外国の映画に出てくるような……」
「いるね」
「そういう感じ。本人に自覚はないのに、男に襲われたり、拉致されそうになったりしてる」
「こっわ……。かわいそう。
優しい感じだね。ぽやっとしてそう」
「見たままだよ。たまに、こわくなるけど」
「こわいんだ」
「叱られる時もある。毎日じゃない。たまに」
「あー。よかったね。
礼慈の顔のことは、どうでもいいんだろうね。自分が、こんなにきれいだったら」
「そうでもない。自分のことを、きれいだとも、かわいいとも、思ってないみたいなんだよな」
「うっそー。ほんとに?」
「うん」
「はあー。どんなふうに育ったんだろ。興味あるな」
「五才から、施設にいたって」
「そう言ってたね。
ちょっと、意外だった。礼慈が、そういう苦労をした人に惹かれるっていうのが。
青葉さんのことは? もういいの?」
「うん。二度と会えないような気がしてる。諦めもついた」
「もう五年も経つんだね。傷のとこ、痛くなったりはしないの?」
「たまに、違和感はあるけど。痛いってほどじゃないな」
「不幸中の幸いだったね。
青葉さんが亡くなって、お別れするとかじゃなくて……。
その方が、心の傷が深くなりそうじゃない?」
「俺の心痛はともかく、みどりが無事でよかったよ。
そのことだけは、自分を誇りに思う」
「そうだよね……。とっさに、相手の前に出たんだもんね。
なかなか、できることじゃないよ。
ベルトに当たったんだよね」
「うん。それがずれて、脇腹に刺さった。
勢いが殺されてたから、鋭い包丁だったわりには、深く刺さらなかった」
「いたーい。いたい……。
礼慈の、この話。いつ聞いても、ぞっとする」
美里ちゃんが、顔をしかめた。
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