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17.バッド・サプライズ1
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火曜日。
昼の休憩時間は、ビルの中にある食堂に行った。
チキンカレーとマンゴープリンを食べた。
食堂は閑散としている。混雑するのを嫌って、会議がない日は、一時から休むようにしていた。
ゆっくり食べて、満腹になった。
出入り口から、園田が歩いてくるのが見えた。
俺の同期だ。入社した時から、設計の部署にいる。
「西東。ここ、いい?」
「うん。これから?」
「そうだよ。これ、持っていってやるよ」
空の食器が載ったトレイを、園田の手が持ち上げた。
「ありがとう」
俺と同じ組み合わせにしたらしい。チキンカレーとマンゴープリンを載せたトレイが、俺の右に置かれた。
園田が食べおわるまで、スマートフォンをいじっていた。
世間一般のプロポーズについて、調べていた。
「うまかった」
「この後、少し時間ある?」
「あるけど」
「訊きたいことがあって」
「どうぞ?」
「プロポーズって、どこでした?」
「うおっ。びっくりした。
なんで、そんな話?」
「いや。そろそろ、交際してる人に言いたいなと思って」
「……そうか。
俺のは、べつに。ふつう。
そのへんの道を歩いてる時に、ぽろっと」
「あー」
「『結婚しようぜ』って。向こうも『そうだねー』みたいな」
「それ、いつ頃の話?」
「入社して……二年目だな。二十三の時」
「早いな」
「そうかあ? うちは、子供が欲しかったからさ」
「お子さん、何人だっけ」
「三人」
「三人……」
気が遠くなった。
「一番上の男の子が、もう小学生だっけ」
「そうそう。来年からだな。
西東が結婚したら、ちょっとした事件だよな」
「そんなことないよ」
「まあ、でも、いいんじゃないの。落ちついてくれた方が、俺はうれしい」
「そう?」
「うん。バレンタインの時も、いちいち受け取り拒否するの、めんどくさそうだったし」
「義理のは、もらったよ」
「そうだったな。なんだっけ。千円以上のチョコは、受け取れないんだっけ」
「五百円までだよ。もう、ずっとそう言ってる」
「いつだっけ……。でっかい箱とか、持ってきた子いたよな。
新入社員の子たちが。西東が断ったら、泣いちゃって」
「あれは、困った」
「気分が、まだ学生のままだったんだろうな。
かっこいい先輩に、よく思われたいみたいな……」
「高いチョコレートをもらわなくても、ちゃんと仕事をしてる人だったら、いやでも覚えるよ。
むしろ、俺のことなんか、何とも思ってない人の方がいい」
「いや。いないだろ。なかなか」
「いるよ」
「いないって。これ、返してくる。コーヒーいる?」
「うん」
「持ってくるよ」
トレイをカウンターに返した園田が、二つの紙コップにコーヒーを入れて戻ってきた。
「ありがとう」
受け取ったものをテーブルに置いた。コーヒーのいい香りがした。
園田は、俺の正面に座り直した。
「今は、分譲住宅の企画だけだよな」
「それだけじゃない。非住宅物件もやるよ。認可保育園とか」
「そういうのも、やるんだ。俺は、保育園はやったことない。住宅だけ。
土地の仕入れは?」
「やってる。というか、そっちがメインになりつつある。
土地探しから始めて、買って……。企画して、価格設定して、設計と施工の人たちに渡すところまでが、俺の仕事だよ。今は、販売はしてない」
「展示場の仕事はNGなんだよな」
「俺が言ったんじゃないよ。
展示場を管轄してる部署の、トップの人から言われた。来ないでくれって」
「それ、いつの話?」
「入社後に研修を受けて、展示場に配属された。それから、すぐだよ。
二ヶ月もいなかったと思う。一ヶ月半かな」
「ひどいよな。営業の花形といえば、そっちだろ?」
「どうかな。俺にとっては、よかったよ。
仕事については、何の不満もない。このままでいい。
土日祝は銀行が開いてないから、休日出勤する理由もないし。
カレンダー通りだから、生活のリズムが整うのも嬉しい。
課長になってからは、顧客対応はほとんどしてない。
たまに、土日に展示場の手伝いをしたりはするけど……。めったにないな。
出たくないわけじゃないけど。呼ばれない」
「西東が来ると、お客さんの夫婦仲が荒れるからな。
奥さんが、西東の方しか見なくなって」
「ないって。設計の方は、どうなの?」
「どうも、こうも……。変わりばえのしない毎日だよ。
同じような間取りの家の図面ばっかり、せっせと書いてる。
施主さんたちは、一生に一度のことだと思って、建てるわけだし。冒険しないなー。
ベランダがいくつもある変な家とか、建ててみたいよなー。
リビングは、一部でも吹き抜けにしたい。広いリビングの壁一面に、背の高い収納があってさ。はしごをかけるんだよ。おしゃれな図書館みたいにしたい。
小屋裏に隠し部屋があるとかさ。秘密基地みたいなやつ」
「自分の家を、そうしたらいいんじゃないの」
「そうなんだよな。計画は、ある。問題は、土地がないってこと」
「そうか」
「都内は高いよ。とくに、二十三区内は。
本気で買うなら、東京寄りの千葉にするかもな」
「東京寄りの千葉は、そんなに安くないと思う」
「まあなー。最寄り駅まで行く手段がバスしかない距離だと、いきなり安くなるんだけどな」
「家を買うとか、考えたこともないな」
「そこは、まず結婚からだろ」
「うん……」
俺は、祐奈と結婚できるのだろうか。あまり自信はなかった。
俺のことを好きでいてくれているとは思う。ただ、それが一生のこととなると、どうだろうか。
二人で、穏やかに暮らしていけたらいいと思っていた。
この一年の間、そうしてきたのと同じように。
昼の休憩時間は、ビルの中にある食堂に行った。
チキンカレーとマンゴープリンを食べた。
食堂は閑散としている。混雑するのを嫌って、会議がない日は、一時から休むようにしていた。
ゆっくり食べて、満腹になった。
出入り口から、園田が歩いてくるのが見えた。
俺の同期だ。入社した時から、設計の部署にいる。
「西東。ここ、いい?」
「うん。これから?」
「そうだよ。これ、持っていってやるよ」
空の食器が載ったトレイを、園田の手が持ち上げた。
「ありがとう」
俺と同じ組み合わせにしたらしい。チキンカレーとマンゴープリンを載せたトレイが、俺の右に置かれた。
園田が食べおわるまで、スマートフォンをいじっていた。
世間一般のプロポーズについて、調べていた。
「うまかった」
「この後、少し時間ある?」
「あるけど」
「訊きたいことがあって」
「どうぞ?」
「プロポーズって、どこでした?」
「うおっ。びっくりした。
なんで、そんな話?」
「いや。そろそろ、交際してる人に言いたいなと思って」
「……そうか。
俺のは、べつに。ふつう。
そのへんの道を歩いてる時に、ぽろっと」
「あー」
「『結婚しようぜ』って。向こうも『そうだねー』みたいな」
「それ、いつ頃の話?」
「入社して……二年目だな。二十三の時」
「早いな」
「そうかあ? うちは、子供が欲しかったからさ」
「お子さん、何人だっけ」
「三人」
「三人……」
気が遠くなった。
「一番上の男の子が、もう小学生だっけ」
「そうそう。来年からだな。
西東が結婚したら、ちょっとした事件だよな」
「そんなことないよ」
「まあ、でも、いいんじゃないの。落ちついてくれた方が、俺はうれしい」
「そう?」
「うん。バレンタインの時も、いちいち受け取り拒否するの、めんどくさそうだったし」
「義理のは、もらったよ」
「そうだったな。なんだっけ。千円以上のチョコは、受け取れないんだっけ」
「五百円までだよ。もう、ずっとそう言ってる」
「いつだっけ……。でっかい箱とか、持ってきた子いたよな。
新入社員の子たちが。西東が断ったら、泣いちゃって」
「あれは、困った」
「気分が、まだ学生のままだったんだろうな。
かっこいい先輩に、よく思われたいみたいな……」
「高いチョコレートをもらわなくても、ちゃんと仕事をしてる人だったら、いやでも覚えるよ。
むしろ、俺のことなんか、何とも思ってない人の方がいい」
「いや。いないだろ。なかなか」
「いるよ」
「いないって。これ、返してくる。コーヒーいる?」
「うん」
「持ってくるよ」
トレイをカウンターに返した園田が、二つの紙コップにコーヒーを入れて戻ってきた。
「ありがとう」
受け取ったものをテーブルに置いた。コーヒーのいい香りがした。
園田は、俺の正面に座り直した。
「今は、分譲住宅の企画だけだよな」
「それだけじゃない。非住宅物件もやるよ。認可保育園とか」
「そういうのも、やるんだ。俺は、保育園はやったことない。住宅だけ。
土地の仕入れは?」
「やってる。というか、そっちがメインになりつつある。
土地探しから始めて、買って……。企画して、価格設定して、設計と施工の人たちに渡すところまでが、俺の仕事だよ。今は、販売はしてない」
「展示場の仕事はNGなんだよな」
「俺が言ったんじゃないよ。
展示場を管轄してる部署の、トップの人から言われた。来ないでくれって」
「それ、いつの話?」
「入社後に研修を受けて、展示場に配属された。それから、すぐだよ。
二ヶ月もいなかったと思う。一ヶ月半かな」
「ひどいよな。営業の花形といえば、そっちだろ?」
「どうかな。俺にとっては、よかったよ。
仕事については、何の不満もない。このままでいい。
土日祝は銀行が開いてないから、休日出勤する理由もないし。
カレンダー通りだから、生活のリズムが整うのも嬉しい。
課長になってからは、顧客対応はほとんどしてない。
たまに、土日に展示場の手伝いをしたりはするけど……。めったにないな。
出たくないわけじゃないけど。呼ばれない」
「西東が来ると、お客さんの夫婦仲が荒れるからな。
奥さんが、西東の方しか見なくなって」
「ないって。設計の方は、どうなの?」
「どうも、こうも……。変わりばえのしない毎日だよ。
同じような間取りの家の図面ばっかり、せっせと書いてる。
施主さんたちは、一生に一度のことだと思って、建てるわけだし。冒険しないなー。
ベランダがいくつもある変な家とか、建ててみたいよなー。
リビングは、一部でも吹き抜けにしたい。広いリビングの壁一面に、背の高い収納があってさ。はしごをかけるんだよ。おしゃれな図書館みたいにしたい。
小屋裏に隠し部屋があるとかさ。秘密基地みたいなやつ」
「自分の家を、そうしたらいいんじゃないの」
「そうなんだよな。計画は、ある。問題は、土地がないってこと」
「そうか」
「都内は高いよ。とくに、二十三区内は。
本気で買うなら、東京寄りの千葉にするかもな」
「東京寄りの千葉は、そんなに安くないと思う」
「まあなー。最寄り駅まで行く手段がバスしかない距離だと、いきなり安くなるんだけどな」
「家を買うとか、考えたこともないな」
「そこは、まず結婚からだろ」
「うん……」
俺は、祐奈と結婚できるのだろうか。あまり自信はなかった。
俺のことを好きでいてくれているとは思う。ただ、それが一生のこととなると、どうだろうか。
二人で、穏やかに暮らしていけたらいいと思っていた。
この一年の間、そうしてきたのと同じように。
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