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16.アズ・ポーン4
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火曜日。いつもどおりに出勤した。
しんどくても、仕事は待ってはくれない。
所長には、顔を合わせた時に「やっぱり出勤です」と伝えた。
「ああ……。大丈夫か?」
「大丈夫です」
「変な顔してるぞ」
「もとからです」
「かわいくないな」
「かわいくもないです」
「いいけど。無理するなよ」
僕より二十才以上も年上の人から、心配されてしまった。
昼の休憩時間に、歌穂ちゃんからのLINEを見た。
『体調はいいです。大学にいます』というメッセージに、『よかった』と返した。
終業後に、事務所でぼけーっとしていたら、吉田さんから話しかけられた。
「沢野さん。今、いいですか」
「いいよ」
「どうしたんですか」
「えっ」
「目が腫れてます。結膜炎とかじゃない?」
「ない、と思う」
「痛そうですよ」
「うん。ごめんね」
「私に謝るようなことじゃないです。病院には、行ったの?」
「行ってないし、行かない。……泣いただけ」
「あらっ」
手を口もとに当てる。同情されてるのを感じた。
「お食事、行きます?」
「……行く」
吉田さんが、店を決めてくれた。
事務所が入ってるビルの、すぐ近くにある居酒屋。
僕が言う前に、個室にしてくれていた。
「女の子って、わからない。好きでいてくれてると思ってたんだ。
でも、わからなくなった」
「南さんのこと?」
「そうだよ」
「私が会った時点では、好き合ってるようにしか見えなかったけど……。
二人で、ぎゅっと手をつないでて」
「うん。彼女はね、歌穂ちゃんっていうんだよ。
すごく、苦労してきた子なんだ。シングルマザーの母親から、虐待されてた。
小学生の時に施設に入所して、そこで育ったんだよ」
「そうだったの。
そんなふうには、見えなかった。強い子なんですね」
「うん……」
「若いのに、しっかりした顔をしてるなとは思ったけど。
私、震災後の被災地に、ボランティアで行ったりしてたでしょう」
「行ってたね」
「ああいう顔つきの子を、いっぱい見ましたよ。
悟ってるような……。あまりにも痛みが激しすぎて、逆に、無感情になっていく……。
話し合ったりした? 南さんと」
「してない。昨日も、一緒にいたけど。
体調が悪そうなのと……。下手につっこんで、別れ話になったりしても、いやだし」
「いやだろうけど。南さんの気持ちが、もしなくなってるなら、いずれ、お別れすることに……」
「わかってるよ」
語気が荒くなった。僕としては、まあまあ、めずらしいことだ。
「ごめんなさい」
「気にしないで。お酒、頼みます?」
「いいです。いらない」
「飲めないわけでもなさそうなのに、飲まないのよね。
南さんの前では?」
「飲んでたよ。ビールを」
「あらっ」
「『あらっ』って、言われてもさ。
べつに、お酒の力を借りて、どうこう……とか、そんなつもりじゃ、なかったけど。
僕が酔っぱらって、みっともない感じになっても、歌穂ちゃんなら『しょうがないなあ』くらいのことは言って、いい感じに、ほっといてくれそうだなと思って」
「信頼してたのね」
「うん。過去形じゃないよ。……ううん。ちがうかな。
僕よりも、歌穂ちゃんに合う人がいるのかもしれない。それが、昨日、わかっちゃって……」
「あら」
「相手の子は、大学生だと思う」
しんどくても、仕事は待ってはくれない。
所長には、顔を合わせた時に「やっぱり出勤です」と伝えた。
「ああ……。大丈夫か?」
「大丈夫です」
「変な顔してるぞ」
「もとからです」
「かわいくないな」
「かわいくもないです」
「いいけど。無理するなよ」
僕より二十才以上も年上の人から、心配されてしまった。
昼の休憩時間に、歌穂ちゃんからのLINEを見た。
『体調はいいです。大学にいます』というメッセージに、『よかった』と返した。
終業後に、事務所でぼけーっとしていたら、吉田さんから話しかけられた。
「沢野さん。今、いいですか」
「いいよ」
「どうしたんですか」
「えっ」
「目が腫れてます。結膜炎とかじゃない?」
「ない、と思う」
「痛そうですよ」
「うん。ごめんね」
「私に謝るようなことじゃないです。病院には、行ったの?」
「行ってないし、行かない。……泣いただけ」
「あらっ」
手を口もとに当てる。同情されてるのを感じた。
「お食事、行きます?」
「……行く」
吉田さんが、店を決めてくれた。
事務所が入ってるビルの、すぐ近くにある居酒屋。
僕が言う前に、個室にしてくれていた。
「女の子って、わからない。好きでいてくれてると思ってたんだ。
でも、わからなくなった」
「南さんのこと?」
「そうだよ」
「私が会った時点では、好き合ってるようにしか見えなかったけど……。
二人で、ぎゅっと手をつないでて」
「うん。彼女はね、歌穂ちゃんっていうんだよ。
すごく、苦労してきた子なんだ。シングルマザーの母親から、虐待されてた。
小学生の時に施設に入所して、そこで育ったんだよ」
「そうだったの。
そんなふうには、見えなかった。強い子なんですね」
「うん……」
「若いのに、しっかりした顔をしてるなとは思ったけど。
私、震災後の被災地に、ボランティアで行ったりしてたでしょう」
「行ってたね」
「ああいう顔つきの子を、いっぱい見ましたよ。
悟ってるような……。あまりにも痛みが激しすぎて、逆に、無感情になっていく……。
話し合ったりした? 南さんと」
「してない。昨日も、一緒にいたけど。
体調が悪そうなのと……。下手につっこんで、別れ話になったりしても、いやだし」
「いやだろうけど。南さんの気持ちが、もしなくなってるなら、いずれ、お別れすることに……」
「わかってるよ」
語気が荒くなった。僕としては、まあまあ、めずらしいことだ。
「ごめんなさい」
「気にしないで。お酒、頼みます?」
「いいです。いらない」
「飲めないわけでもなさそうなのに、飲まないのよね。
南さんの前では?」
「飲んでたよ。ビールを」
「あらっ」
「『あらっ』って、言われてもさ。
べつに、お酒の力を借りて、どうこう……とか、そんなつもりじゃ、なかったけど。
僕が酔っぱらって、みっともない感じになっても、歌穂ちゃんなら『しょうがないなあ』くらいのことは言って、いい感じに、ほっといてくれそうだなと思って」
「信頼してたのね」
「うん。過去形じゃないよ。……ううん。ちがうかな。
僕よりも、歌穂ちゃんに合う人がいるのかもしれない。それが、昨日、わかっちゃって……」
「あら」
「相手の子は、大学生だと思う」
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