173 / 206
15.スイート・キング7
4-1
しおりを挟む
八月二十九日。月曜日。
バイトの後で、友也くんとカフェに行くことになった。
今日の友也くんは、ちょっと疲れてるみたいだった。
学童保育が始まる前に、事務室に来た時から、気になってることがあった。
目のまわりが、泣いたあとみたいに赤くなってる。きれいな形のまぶたが、いつもよりもはれぼったい。
聞いてみようかと思いかけて、やめた。
たぶん、おうちのことで、泣いちゃったんだと思ったから。
わたしは、アイスココアとフロランタン。
友也くんは、コーヒーとシフォンケーキ。
かじりかけのフロランタンを、お皿に置いて、紙ナプキンで口を拭いた。
「礼慈さんに、怒られちゃった」
「えっ。大丈夫ですか?
暴力とか、そういうことですか?」
「ううん。でも、わたしが友也くんとお茶したりするのは、いやみたい。
だからね、もう、やめようと思うの」
「そうですか……」
「八月も、もう終わるし。大学の夏休みも、そろそろ終わるでしょ?」
「九月の途中まで、あります」
「あっ、そうなの……」
「さっきの話ですけど。僕には、祐奈さんの友達として、一緒にカフェに行く権利があると思います」
きっぱり言われてしまった。
「うん……」
「夏休みが終わって、バイトを辞めても、たまにお会いしたいです」
「うーん……」
「いいですよね」
押しが強い。かわいい顔をしてるからかな……。好意の押し売りじゃなくて、おねだりをされてるような気分になった。
「いい、けど……」
「よかった」
安心したみたいだった。
「おうちの方は、どうなったの?」
「とくに進展はないです。今は、探しものをしてます」
「探しもの?」
「はい。大事なものが欠けてると、分かってしまったので」
「……大事なもの?」
「はい。すごく重要なものです。それがないと、父の遺産の分配ができない。
どんなものかは、言えないんですけど」
書類かなと思った。不動産の登記簿とか、かな……。
「大変だね……。わたしも、お手伝いしに行こうか?」
友也くんが、目を丸くした。
それから、そんなに?と思うくらいに笑った。
「笑わなくても……」
「ごめんなさい。それは、いいです。
いや、もう、それはそれで、ありかなという気がしてきました」
「そうなの?」
「はい。うちの内情がぼろぼろだってことを、祐奈さんはご存じだし。
他の方ならともかく、祐奈さんなら、僕も問題ないです」
「ほんとに、手伝った方がいいってこと?」
「いえ。今は、まだ大丈夫です。
これは、僕が、がんばらないといけないことですから」
「そう……」
少し残念だった。友也くんのおうちって、どんなおうちだろうって、想像していたから。
「いつか、おうちに遊びに行ってもいい?」
「いいですよ。ぜひ、いらしてください」
にっこり笑ってくれた。
帰ってから、夕ごはんを作った。
まぜごはんと、鶏肉と根菜の煮物。
午後七時になる前に、礼慈さんが帰ってきた。
二人で食べて、後かたづけをした。
「風呂を洗ってくる」
「はい」
「そのまま入るから」
三十分くらいしたら、肩にタオルをかけた格好で、リビングに戻ってきた。
「祐奈も、どうぞ」
「うん」
お風呂から上がった。
礼慈さんは、リビングのラグマットの上で、文庫本の小説を読んでいた。
「ここで、髪を乾かしてもいい?」
「いいよ」
洗面台からドライヤーを持ってきて、礼慈さんのそばに座った。
風を髪に当てていると、礼慈さんが「かけて」と言った。
「いいですよ」
頭がよってきた。
指で梳かしながら、乾かしてあげた。
歌穂の髪と同じくらいに、さらさらの髪。
短いから、あっというまに終わってしまった。
「ありがとう」
礼慈さんが、離れていった。
自分の髪を乾かそうとしたら、「ドライヤーを貸して」と言われた。
「してくれるの?」
「うん」
「ありがとう……」
礼慈さんに背中を向けて、足をのばした。
ドライヤーが止まった。礼慈さんが立ち上がる。
脱衣所まで、返しにいってくれたみたいだった。
手ぶらで戻ってきた。
わたしの前で止まって、向かい合う形で座りこんだ。
「礼慈さん。あのね……。あの」
「うん?」
「今日、したいの」
「いいけど……。どうしたの?」
「もうすぐ、生理になっちゃいます。だから」
「そういうことか。いいよ」
すぐに、キスをしてくれた。
あれっと思ってるうちに、パジャマの裾から、大きな手が入ってきた。
「……今?」
「うん。いい?」
「いいです……」
「寝室がいい?」
「うん」
とろとろになってる。
礼慈さんの重さが、ここちよかった。
ここにいるんだってことを、全身で感じていた。
「れい、れいじさん……」
「うん?」
「きもちいい、です」
「俺も」
「……あぁ、あっ、あん」
礼慈さんのにおいがする。熱い息が、わたしの顔にかかる。
わたしに、しがみついてくる。
あったかい……。
生きてる。
終わってからも、そばにいてくれた。
わたしの体を撫でて、キスをしてくれる。うれしかった。
「こわくなかった?」
「うん」
「よかった」
「どきどき、しました」
「してる時に?」
「ちがうの。リビングで……」
「ああ……。誘ってくれた時に?」
「そうです。断られちゃうかもって、思ってたの」
「俺の体調とか、精神状態によっては、断ることもあるかもしれない。
そうなったとしても、それは、君のせいじゃないから」
「うん……」
「嬉しかった。ありがとう」
礼慈さんの笑顔を、すごく近いところから見つめていた。
バイトの後で、友也くんとカフェに行くことになった。
今日の友也くんは、ちょっと疲れてるみたいだった。
学童保育が始まる前に、事務室に来た時から、気になってることがあった。
目のまわりが、泣いたあとみたいに赤くなってる。きれいな形のまぶたが、いつもよりもはれぼったい。
聞いてみようかと思いかけて、やめた。
たぶん、おうちのことで、泣いちゃったんだと思ったから。
わたしは、アイスココアとフロランタン。
友也くんは、コーヒーとシフォンケーキ。
かじりかけのフロランタンを、お皿に置いて、紙ナプキンで口を拭いた。
「礼慈さんに、怒られちゃった」
「えっ。大丈夫ですか?
暴力とか、そういうことですか?」
「ううん。でも、わたしが友也くんとお茶したりするのは、いやみたい。
だからね、もう、やめようと思うの」
「そうですか……」
「八月も、もう終わるし。大学の夏休みも、そろそろ終わるでしょ?」
「九月の途中まで、あります」
「あっ、そうなの……」
「さっきの話ですけど。僕には、祐奈さんの友達として、一緒にカフェに行く権利があると思います」
きっぱり言われてしまった。
「うん……」
「夏休みが終わって、バイトを辞めても、たまにお会いしたいです」
「うーん……」
「いいですよね」
押しが強い。かわいい顔をしてるからかな……。好意の押し売りじゃなくて、おねだりをされてるような気分になった。
「いい、けど……」
「よかった」
安心したみたいだった。
「おうちの方は、どうなったの?」
「とくに進展はないです。今は、探しものをしてます」
「探しもの?」
「はい。大事なものが欠けてると、分かってしまったので」
「……大事なもの?」
「はい。すごく重要なものです。それがないと、父の遺産の分配ができない。
どんなものかは、言えないんですけど」
書類かなと思った。不動産の登記簿とか、かな……。
「大変だね……。わたしも、お手伝いしに行こうか?」
友也くんが、目を丸くした。
それから、そんなに?と思うくらいに笑った。
「笑わなくても……」
「ごめんなさい。それは、いいです。
いや、もう、それはそれで、ありかなという気がしてきました」
「そうなの?」
「はい。うちの内情がぼろぼろだってことを、祐奈さんはご存じだし。
他の方ならともかく、祐奈さんなら、僕も問題ないです」
「ほんとに、手伝った方がいいってこと?」
「いえ。今は、まだ大丈夫です。
これは、僕が、がんばらないといけないことですから」
「そう……」
少し残念だった。友也くんのおうちって、どんなおうちだろうって、想像していたから。
「いつか、おうちに遊びに行ってもいい?」
「いいですよ。ぜひ、いらしてください」
にっこり笑ってくれた。
帰ってから、夕ごはんを作った。
まぜごはんと、鶏肉と根菜の煮物。
午後七時になる前に、礼慈さんが帰ってきた。
二人で食べて、後かたづけをした。
「風呂を洗ってくる」
「はい」
「そのまま入るから」
三十分くらいしたら、肩にタオルをかけた格好で、リビングに戻ってきた。
「祐奈も、どうぞ」
「うん」
お風呂から上がった。
礼慈さんは、リビングのラグマットの上で、文庫本の小説を読んでいた。
「ここで、髪を乾かしてもいい?」
「いいよ」
洗面台からドライヤーを持ってきて、礼慈さんのそばに座った。
風を髪に当てていると、礼慈さんが「かけて」と言った。
「いいですよ」
頭がよってきた。
指で梳かしながら、乾かしてあげた。
歌穂の髪と同じくらいに、さらさらの髪。
短いから、あっというまに終わってしまった。
「ありがとう」
礼慈さんが、離れていった。
自分の髪を乾かそうとしたら、「ドライヤーを貸して」と言われた。
「してくれるの?」
「うん」
「ありがとう……」
礼慈さんに背中を向けて、足をのばした。
ドライヤーが止まった。礼慈さんが立ち上がる。
脱衣所まで、返しにいってくれたみたいだった。
手ぶらで戻ってきた。
わたしの前で止まって、向かい合う形で座りこんだ。
「礼慈さん。あのね……。あの」
「うん?」
「今日、したいの」
「いいけど……。どうしたの?」
「もうすぐ、生理になっちゃいます。だから」
「そういうことか。いいよ」
すぐに、キスをしてくれた。
あれっと思ってるうちに、パジャマの裾から、大きな手が入ってきた。
「……今?」
「うん。いい?」
「いいです……」
「寝室がいい?」
「うん」
とろとろになってる。
礼慈さんの重さが、ここちよかった。
ここにいるんだってことを、全身で感じていた。
「れい、れいじさん……」
「うん?」
「きもちいい、です」
「俺も」
「……あぁ、あっ、あん」
礼慈さんのにおいがする。熱い息が、わたしの顔にかかる。
わたしに、しがみついてくる。
あったかい……。
生きてる。
終わってからも、そばにいてくれた。
わたしの体を撫でて、キスをしてくれる。うれしかった。
「こわくなかった?」
「うん」
「よかった」
「どきどき、しました」
「してる時に?」
「ちがうの。リビングで……」
「ああ……。誘ってくれた時に?」
「そうです。断られちゃうかもって、思ってたの」
「俺の体調とか、精神状態によっては、断ることもあるかもしれない。
そうなったとしても、それは、君のせいじゃないから」
「うん……」
「嬉しかった。ありがとう」
礼慈さんの笑顔を、すごく近いところから見つめていた。
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる