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15.スイート・キング7

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 八月二十九日。月曜日。
 バイトの後で、友也くんとカフェに行くことになった。

 今日の友也くんは、ちょっと疲れてるみたいだった。
 学童保育が始まる前に、事務室に来た時から、気になってることがあった。
 目のまわりが、泣いたあとみたいに赤くなってる。きれいな形のまぶたが、いつもよりもはれぼったい。
 聞いてみようかと思いかけて、やめた。
 たぶん、おうちのことで、泣いちゃったんだと思ったから。

 わたしは、アイスココアとフロランタン。
 友也くんは、コーヒーとシフォンケーキ。
 かじりかけのフロランタンを、お皿に置いて、紙ナプキンで口を拭いた。
「礼慈さんに、怒られちゃった」
「えっ。大丈夫ですか?
 暴力とか、そういうことですか?」
「ううん。でも、わたしが友也くんとお茶したりするのは、いやみたい。
 だからね、もう、やめようと思うの」
「そうですか……」
「八月も、もう終わるし。大学の夏休みも、そろそろ終わるでしょ?」
「九月の途中まで、あります」
「あっ、そうなの……」
「さっきの話ですけど。僕には、祐奈さんの友達として、一緒にカフェに行く権利があると思います」
 きっぱり言われてしまった。
「うん……」
「夏休みが終わって、バイトを辞めても、たまにお会いしたいです」
「うーん……」
「いいですよね」
 押しが強い。かわいい顔をしてるからかな……。好意の押し売りじゃなくて、おねだりをされてるような気分になった。
「いい、けど……」
「よかった」
 安心したみたいだった。
「おうちの方は、どうなったの?」
「とくに進展はないです。今は、探しものをしてます」
「探しもの?」
「はい。大事なものが欠けてると、分かってしまったので」
「……大事なもの?」
「はい。すごく重要なものです。それがないと、父の遺産の分配ができない。
 どんなものかは、言えないんですけど」
 書類かなと思った。不動産の登記簿とか、かな……。
「大変だね……。わたしも、お手伝いしに行こうか?」
 友也くんが、目を丸くした。
 それから、そんなに?と思うくらいに笑った。
「笑わなくても……」
「ごめんなさい。それは、いいです。
 いや、もう、それはそれで、ありかなという気がしてきました」
「そうなの?」
「はい。うちの内情がぼろぼろだってことを、祐奈さんはご存じだし。
 他の方ならともかく、祐奈さんなら、僕も問題ないです」
「ほんとに、手伝った方がいいってこと?」
「いえ。今は、まだ大丈夫です。
 これは、僕が、がんばらないといけないことですから」
「そう……」
 少し残念だった。友也くんのおうちって、どんなおうちだろうって、想像していたから。
「いつか、おうちに遊びに行ってもいい?」
「いいですよ。ぜひ、いらしてください」
 にっこり笑ってくれた。


 帰ってから、夕ごはんを作った。
 まぜごはんと、鶏肉と根菜の煮物。
 午後七時になる前に、礼慈さんが帰ってきた。
 二人で食べて、後かたづけをした。
「風呂を洗ってくる」
「はい」
「そのまま入るから」

 三十分くらいしたら、肩にタオルをかけた格好で、リビングに戻ってきた。
「祐奈も、どうぞ」
「うん」

 お風呂から上がった。
 礼慈さんは、リビングのラグマットの上で、文庫本の小説を読んでいた。
「ここで、髪を乾かしてもいい?」
「いいよ」

 洗面台からドライヤーを持ってきて、礼慈さんのそばに座った。
 風を髪に当てていると、礼慈さんが「かけて」と言った。
「いいですよ」
 頭がよってきた。
 指で梳かしながら、乾かしてあげた。
 歌穂の髪と同じくらいに、さらさらの髪。
 短いから、あっというまに終わってしまった。
「ありがとう」
 礼慈さんが、離れていった。
 自分の髪を乾かそうとしたら、「ドライヤーを貸して」と言われた。
「してくれるの?」
「うん」
「ありがとう……」
 礼慈さんに背中を向けて、足をのばした。

 ドライヤーが止まった。礼慈さんが立ち上がる。
 脱衣所まで、返しにいってくれたみたいだった。
 手ぶらで戻ってきた。
 わたしの前で止まって、向かい合う形で座りこんだ。
「礼慈さん。あのね……。あの」
「うん?」
「今日、したいの」
「いいけど……。どうしたの?」
「もうすぐ、生理になっちゃいます。だから」
「そういうことか。いいよ」
 すぐに、キスをしてくれた。
 あれっと思ってるうちに、パジャマの裾から、大きな手が入ってきた。
「……今?」
「うん。いい?」
「いいです……」
「寝室がいい?」
「うん」

 とろとろになってる。
 礼慈さんの重さが、ここちよかった。
 ここにいるんだってことを、全身で感じていた。
「れい、れいじさん……」
「うん?」
「きもちいい、です」
「俺も」
「……あぁ、あっ、あん」
 礼慈さんのにおいがする。熱い息が、わたしの顔にかかる。
 わたしに、しがみついてくる。
 あったかい……。
 生きてる。

 終わってからも、そばにいてくれた。
 わたしの体を撫でて、キスをしてくれる。うれしかった。
「こわくなかった?」
「うん」
「よかった」
「どきどき、しました」
「してる時に?」
「ちがうの。リビングで……」
「ああ……。誘ってくれた時に?」
「そうです。断られちゃうかもって、思ってたの」
「俺の体調とか、精神状態によっては、断ることもあるかもしれない。
 そうなったとしても、それは、君のせいじゃないから」
「うん……」
「嬉しかった。ありがとう」
 礼慈さんの笑顔を、すごく近いところから見つめていた。
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