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15.スイート・キング7

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 八月二十五日。木曜日。
 夕ごはんを食べてから、趣味の部屋に行った。
 礼慈さんにもらった、たくさんのパズルの中から、星の形になるパズルを選んだ。
 ゆっくり組んでるうちに、わかったことがあった。中心にひとつのピースがあって、そこから、放射状にピースが増えていってるんだって。
「すごい……」
 星空の図柄も、きれいだった。神津島で見た、満天の星空みたい。

「俺も、ここにいていい?」
「もちろん……」
 ふらっと来た礼慈さんが、わたしのななめ右に腰を下ろした。

 わたしは、パズルを続けていた。
 礼慈さんは、なんだかそわそわしてる。どうしたのかな……。
「なにか、あったの?」
「うん。後で、時間をもらっていい?
 話したいことがある」
「……うん?」
 ひやりとした。よくない話かもしれない。
 手に持っていたピースを、こたつのテーブルに下ろした。
「言っていいです」
「今?」
「うん」
 夜遅くに聞くよりも、今すぐに聞きたかった。
 礼慈さんが、わたしをじっと見た。
 少ししてから、口をひらいた。
「『友也ともやくん』って、誰?」
 ぽかんとしてしまった。礼慈さんに、言ったっけ……。
「ごめん。日記を読んだ」
「え、えぇ……。ひどいです」 
「俺が、リビングで、君を襲った日の日記も読んだよ。
 『こわかった』とだけ書いてあって、本当に申し訳なかった。すみませんでした」
「あぁ……。はい」
 よかった。社長のこととか、痛かったとか、書かないでおいて……。そんなことを書いていたら、礼慈さんは、読んでから泣いてしまったかもしれない。
 そう思ってから、あれっ?と思った。
「それって、ルール違反じゃないですか?」
「ルール違反?」
「読まれてるかもって、わかってたけど。わたしの日記の内容について、いちいち、言われなかったから、気にしてなかっただけで……。
 日記に書いたことを、わたしに言ってくるのは、ルール違反ですっ」
「いや。でも。
 そういうルールを、君と決めた覚えはない……」
「じゃあ、今から、そういうルールにします」
「えっ」
「わたし、日記は、自由に書きたいです……。あなたが読むだけじゃなくて、こんなふうに言われちゃうんだと思ったら、書けないことが、ふえちゃう」
「そうだよな。もう、読まないです。約束します」
「ほんとに、ほんと?」
「はい」
「礼慈くん」
「……それは、反則だと思う」
「なんで、ですか。約束やぶったら、だめですよ」
「はい……」
 しゅんとしていた。かわいい……。
 でも、すぐに顔を上げて、わたしを見た。
「で? 友也くんって」
「バイト先の子です。書いてあったでしょ。『新しい子が入ってきた』、とか」
「うん」
「わかってるのに、聞くの、悪趣味ですよ」
「ごめん。祐奈の反応が見たかったから」
「あと、ともやくんじゃなくて、ゆうやくんって、読むんですよ」
「そうなのか」
「そうです」
「デートしたの?」
「職場の人と、お茶を飲むのを、デートとは言わないです」
「そうかな。食事は?」
「しました。二回、かな。三回かも」
「……どうして?」
「どうして? 礼慈さんは、会社の人と、ごはんを食べたりしないんですか」
「するけど……。二人きりでは、行かない。女性とは」
「そ、そう、なんだ」
「二人だけで、食事に行ったの?」
 怒ってるんじゃなくて、悲しそうに聞かれてしまった。
「ごっ、ごめんなさい……。でも、わたし、悪いことをしたとは、思ってません」
「だろうな」
「友也くんは、悩んでるみたいで。おうちのことで……。
 かわいそうで、話を聞いてあげたかったの」
「それは、分かった。でも、もう、二人きりでは会わないでほしい」
「えぇー……。横暴です」
「そうかな」
「わたし、デートをしてたわけじゃないです。真剣に悩んでる人の話を、真剣に聞いてただけ……。
 礼慈さんの話を聞いてると、わたし、誰とでもかんたんにデートする、頭のよわい女の人になったような気がしてきます」
「そんなつもりは……」
 胃のあたりが、むかむかしていた。
 わたし、信じてもらえてないんだ。
 こんなに、礼慈さんのことだけ、思ってるのに……。
 苦しいくらいに、愛してるのに。

「なんか、いらいらする……」
 ぼそっと言うと、礼慈さんが、びくっとした。
「ごめんなさい」
「わたし。しばらく、旅に出ます」
「え……」
「わたしを信用してくれない人とは、暮らせません」
「ごめん。ごめんなさい」
 叱られた子供みたいな顔になった。後悔した。
 わたし、なんて、ばかなことを言っちゃったんだろう。
 旅に出られるようなお金なんて、持ってないのに。
 わたしの生活のすべてを守ってくれてる人に、言っていいようなことじゃなかった。
 笑いかけた。礼慈さんが、ほっとしたように息をもらした。
「うそです。ずーっと、一緒にいます」
 あなたが、わたしに、あきるまでは。
 心の中の声は、礼慈さんには、聞こえないはずだった。

 聞こえないし、わかってないはずだって、思ってたのに。
 わたしの不安が、礼慈さんには伝わってるような気がした。
 クローゼットに、下着とパジャマを取りに行った。お風呂に入ろうと思って、脱衣所まで行ったら、礼慈さんが追いかけてきた。
「どうしたの?」
「俺も入る」
「一緒に……?」
「うん。いや?」
「いい、けど……」

 体を洗って、浴槽につかった。
 今は、礼慈さんが体を洗ってる。
 どきどきしていた。
 裸を見られちゃってる。わたしも、礼慈さんの裸を見ちゃってる。
「入っていい?」
「う、ん」
 礼慈さんも、浴槽に入ってきた。
 キスしてくれた。湯気で、ぼうっとしてる頭が、もっとぼうっとした。
 わたしの胸に、礼慈さんの手が置かれる。びくっとしたら、そのまま離れていった。
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