169 / 206
15.スイート・キング7
3-1
しおりを挟む
八月二十五日。木曜日。
夕ごはんを食べてから、趣味の部屋に行った。
礼慈さんにもらった、たくさんのパズルの中から、星の形になるパズルを選んだ。
ゆっくり組んでるうちに、わかったことがあった。中心にひとつのピースがあって、そこから、放射状にピースが増えていってるんだって。
「すごい……」
星空の図柄も、きれいだった。神津島で見た、満天の星空みたい。
「俺も、ここにいていい?」
「もちろん……」
ふらっと来た礼慈さんが、わたしのななめ右に腰を下ろした。
わたしは、パズルを続けていた。
礼慈さんは、なんだかそわそわしてる。どうしたのかな……。
「なにか、あったの?」
「うん。後で、時間をもらっていい?
話したいことがある」
「……うん?」
ひやりとした。よくない話かもしれない。
手に持っていたピースを、こたつのテーブルに下ろした。
「言っていいです」
「今?」
「うん」
夜遅くに聞くよりも、今すぐに聞きたかった。
礼慈さんが、わたしをじっと見た。
少ししてから、口をひらいた。
「『友也くん』って、誰?」
ぽかんとしてしまった。礼慈さんに、言ったっけ……。
「ごめん。日記を読んだ」
「え、えぇ……。ひどいです」
「俺が、リビングで、君を襲った日の日記も読んだよ。
『こわかった』とだけ書いてあって、本当に申し訳なかった。すみませんでした」
「あぁ……。はい」
よかった。社長のこととか、痛かったとか、書かないでおいて……。そんなことを書いていたら、礼慈さんは、読んでから泣いてしまったかもしれない。
そう思ってから、あれっ?と思った。
「それって、ルール違反じゃないですか?」
「ルール違反?」
「読まれてるかもって、わかってたけど。わたしの日記の内容について、いちいち、言われなかったから、気にしてなかっただけで……。
日記に書いたことを、わたしに言ってくるのは、ルール違反ですっ」
「いや。でも。
そういうルールを、君と決めた覚えはない……」
「じゃあ、今から、そういうルールにします」
「えっ」
「わたし、日記は、自由に書きたいです……。あなたが読むだけじゃなくて、こんなふうに言われちゃうんだと思ったら、書けないことが、ふえちゃう」
「そうだよな。もう、読まないです。約束します」
「ほんとに、ほんと?」
「はい」
「礼慈くん」
「……それは、反則だと思う」
「なんで、ですか。約束やぶったら、だめですよ」
「はい……」
しゅんとしていた。かわいい……。
でも、すぐに顔を上げて、わたしを見た。
「で? 友也くんって」
「バイト先の子です。書いてあったでしょ。『新しい子が入ってきた』、とか」
「うん」
「わかってるのに、聞くの、悪趣味ですよ」
「ごめん。祐奈の反応が見たかったから」
「あと、ともやくんじゃなくて、ゆうやくんって、読むんですよ」
「そうなのか」
「そうです」
「デートしたの?」
「職場の人と、お茶を飲むのを、デートとは言わないです」
「そうかな。食事は?」
「しました。二回、かな。三回かも」
「……どうして?」
「どうして? 礼慈さんは、会社の人と、ごはんを食べたりしないんですか」
「するけど……。二人きりでは、行かない。女性とは」
「そ、そう、なんだ」
「二人だけで、食事に行ったの?」
怒ってるんじゃなくて、悲しそうに聞かれてしまった。
「ごっ、ごめんなさい……。でも、わたし、悪いことをしたとは、思ってません」
「だろうな」
「友也くんは、悩んでるみたいで。おうちのことで……。
かわいそうで、話を聞いてあげたかったの」
「それは、分かった。でも、もう、二人きりでは会わないでほしい」
「えぇー……。横暴です」
「そうかな」
「わたし、デートをしてたわけじゃないです。真剣に悩んでる人の話を、真剣に聞いてただけ……。
礼慈さんの話を聞いてると、わたし、誰とでもかんたんにデートする、頭のよわい女の人になったような気がしてきます」
「そんなつもりは……」
胃のあたりが、むかむかしていた。
わたし、信じてもらえてないんだ。
こんなに、礼慈さんのことだけ、思ってるのに……。
苦しいくらいに、愛してるのに。
「なんか、いらいらする……」
ぼそっと言うと、礼慈さんが、びくっとした。
「ごめんなさい」
「わたし。しばらく、旅に出ます」
「え……」
「わたしを信用してくれない人とは、暮らせません」
「ごめん。ごめんなさい」
叱られた子供みたいな顔になった。後悔した。
わたし、なんて、ばかなことを言っちゃったんだろう。
旅に出られるようなお金なんて、持ってないのに。
わたしの生活のすべてを守ってくれてる人に、言っていいようなことじゃなかった。
笑いかけた。礼慈さんが、ほっとしたように息をもらした。
「うそです。ずーっと、一緒にいます」
あなたが、わたしに、あきるまでは。
心の中の声は、礼慈さんには、聞こえないはずだった。
聞こえないし、わかってないはずだって、思ってたのに。
わたしの不安が、礼慈さんには伝わってるような気がした。
クローゼットに、下着とパジャマを取りに行った。お風呂に入ろうと思って、脱衣所まで行ったら、礼慈さんが追いかけてきた。
「どうしたの?」
「俺も入る」
「一緒に……?」
「うん。いや?」
「いい、けど……」
体を洗って、浴槽につかった。
今は、礼慈さんが体を洗ってる。
どきどきしていた。
裸を見られちゃってる。わたしも、礼慈さんの裸を見ちゃってる。
「入っていい?」
「う、ん」
礼慈さんも、浴槽に入ってきた。
キスしてくれた。湯気で、ぼうっとしてる頭が、もっとぼうっとした。
わたしの胸に、礼慈さんの手が置かれる。びくっとしたら、そのまま離れていった。
夕ごはんを食べてから、趣味の部屋に行った。
礼慈さんにもらった、たくさんのパズルの中から、星の形になるパズルを選んだ。
ゆっくり組んでるうちに、わかったことがあった。中心にひとつのピースがあって、そこから、放射状にピースが増えていってるんだって。
「すごい……」
星空の図柄も、きれいだった。神津島で見た、満天の星空みたい。
「俺も、ここにいていい?」
「もちろん……」
ふらっと来た礼慈さんが、わたしのななめ右に腰を下ろした。
わたしは、パズルを続けていた。
礼慈さんは、なんだかそわそわしてる。どうしたのかな……。
「なにか、あったの?」
「うん。後で、時間をもらっていい?
話したいことがある」
「……うん?」
ひやりとした。よくない話かもしれない。
手に持っていたピースを、こたつのテーブルに下ろした。
「言っていいです」
「今?」
「うん」
夜遅くに聞くよりも、今すぐに聞きたかった。
礼慈さんが、わたしをじっと見た。
少ししてから、口をひらいた。
「『友也くん』って、誰?」
ぽかんとしてしまった。礼慈さんに、言ったっけ……。
「ごめん。日記を読んだ」
「え、えぇ……。ひどいです」
「俺が、リビングで、君を襲った日の日記も読んだよ。
『こわかった』とだけ書いてあって、本当に申し訳なかった。すみませんでした」
「あぁ……。はい」
よかった。社長のこととか、痛かったとか、書かないでおいて……。そんなことを書いていたら、礼慈さんは、読んでから泣いてしまったかもしれない。
そう思ってから、あれっ?と思った。
「それって、ルール違反じゃないですか?」
「ルール違反?」
「読まれてるかもって、わかってたけど。わたしの日記の内容について、いちいち、言われなかったから、気にしてなかっただけで……。
日記に書いたことを、わたしに言ってくるのは、ルール違反ですっ」
「いや。でも。
そういうルールを、君と決めた覚えはない……」
「じゃあ、今から、そういうルールにします」
「えっ」
「わたし、日記は、自由に書きたいです……。あなたが読むだけじゃなくて、こんなふうに言われちゃうんだと思ったら、書けないことが、ふえちゃう」
「そうだよな。もう、読まないです。約束します」
「ほんとに、ほんと?」
「はい」
「礼慈くん」
「……それは、反則だと思う」
「なんで、ですか。約束やぶったら、だめですよ」
「はい……」
しゅんとしていた。かわいい……。
でも、すぐに顔を上げて、わたしを見た。
「で? 友也くんって」
「バイト先の子です。書いてあったでしょ。『新しい子が入ってきた』、とか」
「うん」
「わかってるのに、聞くの、悪趣味ですよ」
「ごめん。祐奈の反応が見たかったから」
「あと、ともやくんじゃなくて、ゆうやくんって、読むんですよ」
「そうなのか」
「そうです」
「デートしたの?」
「職場の人と、お茶を飲むのを、デートとは言わないです」
「そうかな。食事は?」
「しました。二回、かな。三回かも」
「……どうして?」
「どうして? 礼慈さんは、会社の人と、ごはんを食べたりしないんですか」
「するけど……。二人きりでは、行かない。女性とは」
「そ、そう、なんだ」
「二人だけで、食事に行ったの?」
怒ってるんじゃなくて、悲しそうに聞かれてしまった。
「ごっ、ごめんなさい……。でも、わたし、悪いことをしたとは、思ってません」
「だろうな」
「友也くんは、悩んでるみたいで。おうちのことで……。
かわいそうで、話を聞いてあげたかったの」
「それは、分かった。でも、もう、二人きりでは会わないでほしい」
「えぇー……。横暴です」
「そうかな」
「わたし、デートをしてたわけじゃないです。真剣に悩んでる人の話を、真剣に聞いてただけ……。
礼慈さんの話を聞いてると、わたし、誰とでもかんたんにデートする、頭のよわい女の人になったような気がしてきます」
「そんなつもりは……」
胃のあたりが、むかむかしていた。
わたし、信じてもらえてないんだ。
こんなに、礼慈さんのことだけ、思ってるのに……。
苦しいくらいに、愛してるのに。
「なんか、いらいらする……」
ぼそっと言うと、礼慈さんが、びくっとした。
「ごめんなさい」
「わたし。しばらく、旅に出ます」
「え……」
「わたしを信用してくれない人とは、暮らせません」
「ごめん。ごめんなさい」
叱られた子供みたいな顔になった。後悔した。
わたし、なんて、ばかなことを言っちゃったんだろう。
旅に出られるようなお金なんて、持ってないのに。
わたしの生活のすべてを守ってくれてる人に、言っていいようなことじゃなかった。
笑いかけた。礼慈さんが、ほっとしたように息をもらした。
「うそです。ずーっと、一緒にいます」
あなたが、わたしに、あきるまでは。
心の中の声は、礼慈さんには、聞こえないはずだった。
聞こえないし、わかってないはずだって、思ってたのに。
わたしの不安が、礼慈さんには伝わってるような気がした。
クローゼットに、下着とパジャマを取りに行った。お風呂に入ろうと思って、脱衣所まで行ったら、礼慈さんが追いかけてきた。
「どうしたの?」
「俺も入る」
「一緒に……?」
「うん。いや?」
「いい、けど……」
体を洗って、浴槽につかった。
今は、礼慈さんが体を洗ってる。
どきどきしていた。
裸を見られちゃってる。わたしも、礼慈さんの裸を見ちゃってる。
「入っていい?」
「う、ん」
礼慈さんも、浴槽に入ってきた。
キスしてくれた。湯気で、ぼうっとしてる頭が、もっとぼうっとした。
わたしの胸に、礼慈さんの手が置かれる。びくっとしたら、そのまま離れていった。
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる