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15.スイート・キング7
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部屋に帰った時には、午後六時を過ぎていた。
急いで、ごはんの支度をしないと……。
カフェで、のんびりしすぎたかもしれない。
一昨日……。礼慈さんから、礼慈さんが好きだった人の話を聞いた。
みどりさんのことを聞かせてもらって、よかったと思ってる。
わたしが傷ついていたから、わたしを選んでくれたんだって、わかったから。
歌穂だって、消えない痛みを抱えてる。でも、それを、人からわかるようには表さない。だから、礼慈さんには、わからなかった。歌穂が抱えてるものが、見えなかった。
あの時のわたしは、ぼろぼろだったんだと思う。
初対面の礼慈さんに、あぶないって、思わせてしまうくらいに。
礼慈さんは、わたしのことをほうっておけなかった。かわいそうだと思ってくれたんだと思う。
死にかけてるわたしを、礼慈さんが引き戻してくれた。そのことに、感謝しよう……。
いつか、離れてしまうことがあるとしても。あたたかい気持ちだけ、持っていたい。
過去の礼慈さんじゃなくて、今の礼慈さんと向きあっていたい。
そうしていれば、もしかしたら……。
礼慈さんと、結婚できるかもしれない。
思った瞬間に、ぞくっとした。
わたし、どうかしてる。自分がこわい……。
礼慈さんを刺した人みたいに、なってない?
思いこまないように、しないと。
礼慈さんの、本当の気持ちを、ちゃんと感じとっていたい。わたしの、勝手な願望じゃなくて……。
「ただいま」
「あっ……。おかえりなさい」
礼慈さんが、帰ってきていた。
わたしが気づいた時には、もうリビングにいた。スーツから、ルームウェアに着がえてる。
ガスの火を止めて、手を洗った。
礼慈さんに近づいて、抱きついたら、ぎゅっとしてくれた。
そのまま抱き上げられて、「きゃっ」と声が出た。
「高い……」
「ごめん」
「下ろしてください」
足が床についた。礼慈さんが屈みこんできて、ふれるだけのキスをしてくれた。
「会いたかった」
わたしに笑いかけてくる。きれいな顔に、見とれてしまった。
「祐奈?」
「あっ、はい。夕ごはん、できてます」
「ありがとう」
「ちがいます。うそついちゃった……。
まだ、もうちょっと、かかるの」
「うん。分かった」
礼慈さんの笑顔は、かわいい。ぽうっとなって、見つめていた。
「祐奈。魂が抜けかけてる」
「たいへん。戻してください」
「……どうやって?」
夕ごはんができた。お皿によそって、テーブルに出そうとした時に、白い箱に気づいた。テーブルの上に、ちょこんとのってる。
見覚えのある箱だった。
「礼慈さん。これ……」
「ケーキ」
「えっ」
「だめ?」
「だめじゃないけど。食べましたよね? 一昨日」
「レアチーズとチョコは、食べてない」
「ああ……」
歌穂と沢野さんに、先に選んでもらったから?
「えー。えー……。うれしいです。ありがとう……」
「うん。デザートにしよう」
白い箱を両手で持って、礼慈さんが歩いていく。冷蔵庫にしまってくれた。
「なあ。祐奈」
「うん?」
「うちには、冷蔵庫が二つあるけど。そろそろ、一つにしない?」
「……いいの?」
「うん」
わたしが引っ越してきた時に、それまで使っていた冷蔵庫を持ってきた。
最初の頃は、片方をわたしが、もう片方を礼慈さんが使うようにしていた。
それから、何ヶ月か暮らしているうちに、料理のための食材、調味料、スパイスはわたしの方に入れて、飲みものとデザートは礼慈さんの方に入れるようになっていった。
「急いで、買わないといけないの? 邪魔ですか?」
「そこまでじゃないけど。スペースがもったいない気がする」
「ですよね……」
「二つにしたかった理由は、小さいからだったよな」
「はい。礼慈さんのも、わたしのも、単身者用……ですよね。
二人で使うには、足りないかなって、思って」
「そうだよな。必要最低限の機能しか、ついてないし。
今は、もっと高機能なものがあるから。週末に、買いに行こう」
「それって……。それって、わたしへの、プレゼントですか?」
「うん。だから、君が選んで」
「ちょっと、飛び上がってもいいですか?」
「いいけど。なんで?」
「天にものぼる気持ちを、わたしの体で実感したいです」
「さっき、したよ。『高い』って言われた」
「そうでした……」
「せっかくだから、飛んでみせて」
「はいっ」
思いっきり、飛び上がった。
十センチくらいしか、上がれなかった。……ううん。十センチも、上がれなかったかもしれない。
礼慈さんが、ぶふっとふきだした。
「ひどい。傷つきました」
「ごめん。笑ったら、お腹が空いた。
君が作ってくれたごはんを食べよう」
「はあい」
ごはんを食べて、お皿を洗ってから、テーブルに戻った。
スマートフォンで、冷蔵庫を検索した。とりあえず、画像で。
「冷蔵庫?」
「そうです。だって、ちゃんと決めないと……」
せっかく、礼慈さんが買ってくれるんだから。週末までに、冷蔵庫について、全力で調べるつもりだった。
「気合いが入ってるな。どんな気分?」
「わくわくしてます」
「そうか」
「予算のこととか、相談してもいい?」
「いいよ。いつでも」
礼慈さんが、わたしを見つめる。見つめかえした。
ふっと視線がずれた。礼慈さんの方が、ずらした。
「……礼慈さん?」
「君が好きだよ」
ひとりごとみたいに、ぼそっと言った。
赤くなった頬が、かわいかった。
急いで、ごはんの支度をしないと……。
カフェで、のんびりしすぎたかもしれない。
一昨日……。礼慈さんから、礼慈さんが好きだった人の話を聞いた。
みどりさんのことを聞かせてもらって、よかったと思ってる。
わたしが傷ついていたから、わたしを選んでくれたんだって、わかったから。
歌穂だって、消えない痛みを抱えてる。でも、それを、人からわかるようには表さない。だから、礼慈さんには、わからなかった。歌穂が抱えてるものが、見えなかった。
あの時のわたしは、ぼろぼろだったんだと思う。
初対面の礼慈さんに、あぶないって、思わせてしまうくらいに。
礼慈さんは、わたしのことをほうっておけなかった。かわいそうだと思ってくれたんだと思う。
死にかけてるわたしを、礼慈さんが引き戻してくれた。そのことに、感謝しよう……。
いつか、離れてしまうことがあるとしても。あたたかい気持ちだけ、持っていたい。
過去の礼慈さんじゃなくて、今の礼慈さんと向きあっていたい。
そうしていれば、もしかしたら……。
礼慈さんと、結婚できるかもしれない。
思った瞬間に、ぞくっとした。
わたし、どうかしてる。自分がこわい……。
礼慈さんを刺した人みたいに、なってない?
思いこまないように、しないと。
礼慈さんの、本当の気持ちを、ちゃんと感じとっていたい。わたしの、勝手な願望じゃなくて……。
「ただいま」
「あっ……。おかえりなさい」
礼慈さんが、帰ってきていた。
わたしが気づいた時には、もうリビングにいた。スーツから、ルームウェアに着がえてる。
ガスの火を止めて、手を洗った。
礼慈さんに近づいて、抱きついたら、ぎゅっとしてくれた。
そのまま抱き上げられて、「きゃっ」と声が出た。
「高い……」
「ごめん」
「下ろしてください」
足が床についた。礼慈さんが屈みこんできて、ふれるだけのキスをしてくれた。
「会いたかった」
わたしに笑いかけてくる。きれいな顔に、見とれてしまった。
「祐奈?」
「あっ、はい。夕ごはん、できてます」
「ありがとう」
「ちがいます。うそついちゃった……。
まだ、もうちょっと、かかるの」
「うん。分かった」
礼慈さんの笑顔は、かわいい。ぽうっとなって、見つめていた。
「祐奈。魂が抜けかけてる」
「たいへん。戻してください」
「……どうやって?」
夕ごはんができた。お皿によそって、テーブルに出そうとした時に、白い箱に気づいた。テーブルの上に、ちょこんとのってる。
見覚えのある箱だった。
「礼慈さん。これ……」
「ケーキ」
「えっ」
「だめ?」
「だめじゃないけど。食べましたよね? 一昨日」
「レアチーズとチョコは、食べてない」
「ああ……」
歌穂と沢野さんに、先に選んでもらったから?
「えー。えー……。うれしいです。ありがとう……」
「うん。デザートにしよう」
白い箱を両手で持って、礼慈さんが歩いていく。冷蔵庫にしまってくれた。
「なあ。祐奈」
「うん?」
「うちには、冷蔵庫が二つあるけど。そろそろ、一つにしない?」
「……いいの?」
「うん」
わたしが引っ越してきた時に、それまで使っていた冷蔵庫を持ってきた。
最初の頃は、片方をわたしが、もう片方を礼慈さんが使うようにしていた。
それから、何ヶ月か暮らしているうちに、料理のための食材、調味料、スパイスはわたしの方に入れて、飲みものとデザートは礼慈さんの方に入れるようになっていった。
「急いで、買わないといけないの? 邪魔ですか?」
「そこまでじゃないけど。スペースがもったいない気がする」
「ですよね……」
「二つにしたかった理由は、小さいからだったよな」
「はい。礼慈さんのも、わたしのも、単身者用……ですよね。
二人で使うには、足りないかなって、思って」
「そうだよな。必要最低限の機能しか、ついてないし。
今は、もっと高機能なものがあるから。週末に、買いに行こう」
「それって……。それって、わたしへの、プレゼントですか?」
「うん。だから、君が選んで」
「ちょっと、飛び上がってもいいですか?」
「いいけど。なんで?」
「天にものぼる気持ちを、わたしの体で実感したいです」
「さっき、したよ。『高い』って言われた」
「そうでした……」
「せっかくだから、飛んでみせて」
「はいっ」
思いっきり、飛び上がった。
十センチくらいしか、上がれなかった。……ううん。十センチも、上がれなかったかもしれない。
礼慈さんが、ぶふっとふきだした。
「ひどい。傷つきました」
「ごめん。笑ったら、お腹が空いた。
君が作ってくれたごはんを食べよう」
「はあい」
ごはんを食べて、お皿を洗ってから、テーブルに戻った。
スマートフォンで、冷蔵庫を検索した。とりあえず、画像で。
「冷蔵庫?」
「そうです。だって、ちゃんと決めないと……」
せっかく、礼慈さんが買ってくれるんだから。週末までに、冷蔵庫について、全力で調べるつもりだった。
「気合いが入ってるな。どんな気分?」
「わくわくしてます」
「そうか」
「予算のこととか、相談してもいい?」
「いいよ。いつでも」
礼慈さんが、わたしを見つめる。見つめかえした。
ふっと視線がずれた。礼慈さんの方が、ずらした。
「……礼慈さん?」
「君が好きだよ」
ひとりごとみたいに、ぼそっと言った。
赤くなった頬が、かわいかった。
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