バージン・クイーン -強面のイケメンのところに、性欲解消目的で呼ばれるデリヘル嬢の話-

福守りん

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15.スイート・キング7

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「わたしが結婚すると、なにか、いいことでもあるの?」
 友也くんが、はっとしたように目をひらいて、わたしを見た。
 どきっとした。驚いてるように見えた。
 どうして、驚いたの?
 ただの、冗談のつもりだった。
 ちょっと、からかってみたかっただけ。五つも年下の友也くんが、わたしの結婚について、まじめな顔で、聞いてきたりするから……。
「どうしたの……?」
「いえ。なんでも……。
 どんな字ですか? れいじさんって」
「礼儀正しいの礼に、慈しむ。ほんとに、そういう人なの」
「やさしいってこと?」
「うん。こわいくらい」
「誕生日のプレゼントは、これからですかね。もう、もらったりしました?」
「うん。一昨日に、もらった。
 わたしと礼慈さんね、誕生日が二日ちがいなの」
「すごいですね。それ」
「すごいでしょ? あのね。外国のパズルを、たくさんもらったの」
「よかったですね」
「うん……。輸入品のパズルって、高いの。そういうのがあることは、知ってたけど。とても手が出なくて……。
 きっと、すごく高かったと思う」
「いくらぐらいですか? 五万円とか?」
「そこまでは……。五千円から、一万円くらい」
「あの、失礼な質問になりますけど。
 施設を出られてから、お金の面で、苦労したことはありますか?」
「そんなの、しょっちゅう。
 お給料日前はね、とにかく、お金がないの。びっくりするくらい。
 奨学金の支払いを優先すると、家賃と光熱費と食費で、ほとんどなくなっちゃうの。
 アパートの近くのパン屋さんの、おじいさんの店長さんから、こっそりパンの耳をもらったりして……。マヨネーズをちょっとだけつけて、食べるの。おいしかった」
 友也くんの体が、ぐらっと倒れそうになった。
 大きな音が響いた。カフェのテーブルに、手をついた音だった。
「どっ……どうしたの?」
「ちょっと、めまいが」
「たいへん……。もう、帰った方が」
「いいです。大丈夫です。
 大学には、奨学金で行かれたんですか?」
「そう。働きながら、夜間の大学に行く人もいるけど……。
 わたしは、お金がかかってもいいから、大学生になってみたくて。両親がいないから、なにもできなかったんだっていうふうに、思いたくなかったの。
 前向きにとらえれば、なんでもできるって……」
 言葉がとぎれた。
 がんばって大学に行って、がんばって働いていた先に、わたしを待っていたものがなんだったのか、思いだしてしまった。
 ひゅっと、息が上ずる。目の前の友也くんが、二重にぶれた。
「祐奈さん?」
「……ごめんね。わたしも、めまいがしたみたい。
 今日は、ここまでにしようか」
「はい」

 お会計は、友也くんがしてくれた。
「ごちそうさまでした」
「楽しかったです」
「わたしも」
 カフェのドアを、友也くんの手が開ける。先に通してくれた。
 外に出ると、さっきまで晴れていた空は、くもり空に変わっていた。
 灰色の雲が、ゆっくり動いていた。近づいてくる。
 しばらく、空を見ていた。
「祐奈さん。このまま、帰りますか?」
「うん? うーん……。
 商店街に、寄っていこうかな」
「僕も、ついていっていいですか?」
「いいよ。でも、友也くんは、具合が……」
「それは、祐奈さんもですよ」
「もう、大丈夫みたい」
「だったら、僕も大丈夫です」
「そう? 無理しちゃ、だめだよ」
「はい……」

 友也くんと二人で、商店街をぶらっとした。
 八百屋さんにも入った。
「おっ。まいど!」
 友也くんを見て、店長さんが話しかけてきた。わたしにも、よく声をかけてくれる、気さくな感じのおじさん。
「デート?」
「ちがいます。バイト先の先輩ですよ」
「なーんだ。こんにちは!」
「こんにちは」
 わたしも、あいさつをした。
「野菜? どれ?」
「キャベツと、ピーマンです。お会計をお願いします」
「僕も、お願いします」

 八百屋さんを出て、歩きだした。
「友也くん。店長さんのこと、知ってるの?」
「はい。たまに、バイトの前後に寄るんです。それで」
「お母さんのために、買っていってあげるの?」
「まあ、そういうことですね」
「いいね。そういうの……。
 おうちで、友也くんが、ごはんを作ったりもするの?」
「しますよ。好きです。作るの」
「そうなの。すごい」
「すごくないです。あたりまえのことですよ」
 本当に、そう思ってるような顔をしていた。
 こういう男の子が、いるんだ。
 友也くんと結婚する人は、幸せになれそう……。
 ふと、ゆさぼんのことが頭に浮かんだ。わたしと二人で電話してる時に、ゆさぼんが、『困ってることがある』といって、話してくれたことがあった。
「ねえ。前に、言ってたでしょう。好きな女の子が、漫画を描いてるって」
「はい」
「わたしの友達にね、漫画家の子がいるの。雑誌じゃなくて、ウェブで連載してる子なの。
 アシスタントさんを探してるんだって。デジタルで描いてるの。色を塗ったりするのを、手伝ってくれる人がいいんだって。
 興味、あるかな?」
「あー……。あると思います。
 話しておきます」
「うん。もし、その女の子が、そういうことに興味があったら、教えてね」
「アシスタントになれるような技術力があるかは、わからないけど。そういうお話があるってことは、喜ぶと思います」
「わたしも、どういうふうに描くのか、よくわかってないの。
 だから、もしご縁があった場合は、本人どうしで、やりとりしてもらうことになると思うの」
「そうですね。それでいいと思います」
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