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15.スイート・キング7

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「みどりさん。わたしに、似てた?」
 礼慈さんの目が、驚いたようにひらかれる。それから、泣きそうにゆがんだ。
「似てない。ぜんぜん」
「……ほんと?」
「本当。かわいかったけど、別人だよ。
 俺の過去のことは、気にしないで。祐奈のおかげで、過去にできた……と、思う」
「そう?」
「うん。俺は、君に夢中だよ。
 去年の九月四日から、ずっと」
 うれしかった。思わず、笑ってしまった。
 礼慈さんが、長い息を吐いた。
「あの日のことを、後悔することもあるけど」
「どうして……?」
「いきなり、口でさせたりしたから。
 初めてだったんだよな」
「もちろん……」
「ごめん」
「ううん。そういう仕事だって、わかってて、したんです。
 わたし、いやがってるように見えましたか?」
「……見えなかった。でも、びくびくしてた」
「人に裸を見せるの、初めてだったの。歌穂には、見せてたけど」
 礼慈さんが笑った。苦い笑いだった。
「俺と歌穂さんと、どっちが好き?」
「そういう質問は、子供っぽいです」
「いいから。答えて」
「ううん。わかんない……。
 同じくらい、大事かもしれないです。
 でも、わたしと歌穂が一緒にいても、結婚できないし。あと……」
「セックスもできない?」
「はい。歌穂としたら、どんなふうかなって、思ったことはあります」
「……あるの?」
「う、ん。真剣に考えてたわけじゃないです。
 歌穂が、わたしにくっついてきても、わたし、いやじゃないんです。
 歌穂のことは、こわくないし。かわいいって、思うし。
 なんですかね……。友情と愛情って、よく似てると思いませんか?」
「似てない。俺にとっては」
「そ、そうですか……」
「紘一とは、セックスしたくない」
「してほしいなんて、言ってません……」
「祐奈は、歌穂さんとセックスしたいの?」
「ううん。ちがう……。したいとかじゃなくて、もし、歌穂とそういうことになったとしたら、わたし、流されちゃうだろうなって……。そういう感じです」
「まあ、風呂に一緒に入れるんだから。お互いに抵抗感がないのは、わかってたけど」
「たぶん、距離が近すぎたんです。家族みたいな……」
「家族だとしたら、近親相姦になるけどな」
「ああ! そうですね……。
 わたしたち、すっごくへんな話をしてますよね……」
「そうだな。この話は、やめよう」
「はい……。わたし、へんですね。言わなきゃ、よかった。
 歌穂には、言わないでください」
「うーん。うん。分かった」
「沢野さんにも、言っちゃだめです」
「分かってるよ」
 きれいな形の目が、じっと見つめてくる。落ちつかない気分だった。
 そんなに、見ないでほしい……。ずっと裸のままでいるのが、はずかしくなってきていた。
「ちょっと、ごめんね……」
 タオルケットを手で探って、引きよせる。わたしと礼慈さんの体に、タオルケットをかけた。
「寒い?」
「ううん……。はずかしい、から」
「ごめん。気づかなかった」
 礼慈さんが、キスをした。わたしのおでこに。
「どうして、おでこに?」
「これ以上、へんな気分にならないように」
「ふうん……」
「話を変えてもいい?」
「いいです。なーに?」
「紘一が、少し変わった気がする。気づいた?」
「ううん……。わたしに対して、フレンドリーになってくれてる、とか?」
「初めから、フレンドリーだよ。誰にでも、ああいう態度でいるわけじゃない」
「あっ。そうなんですか」
「うん。何か、始まってるのかもな。
 聞きたかったけど、聞けなかった」
「聞けばいいのに」
「そういう空気じゃなかった。しばらく、そっとしておこうと思ってる。
 祐奈と歌穂さんが驚くようなことが、これから起こるかもしれない」
「えーっ? どんなこと? 教えてください……」
「俺からは言えない。紘一の方から、教えてくれるよ。きっと。
 あとは……。そうだな。
 紘一が歌穂さんを見てる時の顔が、とろけそうになってて、びっくりした」
「とろけてましたか」
「うん。すごかったな」
「でも……。歌穂は、不安がってるみたいでした」
「大丈夫だよ。紘一自身の問題だから。歌穂さんのせいじゃない」
「そう、なの?」
「うん」

 礼慈さんの腕の中から、出ようとしたら、「行かないで」と言われて、ぎゅうっとされてしまった。
「やだ……。れいじさん」
「そばにいて」
「だめです。わたし、もう、裸でいたくないの」
「そうか。それじゃ、しょうがないな」
 あっさり解放してくれた。それはそれで、残念な感じがした。
「風呂に入る?」
「うん……」

 二人でシャワーを浴びてから、夕ごはんを食べた。

 書斎に行った。日記帳を本棚から下ろして、机まで持っていった。
 赤いひもが挟まっているページを開いた。
 今日のことを書こうと思っていたけれど、書けなかった。
 みどりさんのことを、わたしの手で、言葉にするのがこわかったから。
 日記に書くかわりに、心の中に記しておいた。

 みどりさん。わたし、礼慈さんのことを大事にします。
 だから、お願い。急に現れたり、しないで……。

「わたしって、ひどい女……」
 つぶやいたら、書斎の戸口の方から、「詳しく聞かせて」と声がした。ひゃあっとなった。
「いきなり、来ちゃだめですっ」
「いや。そんな。お茶を入れたから、一緒にどうかと思って」
「もらいます……」
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