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15.スイート・キング7
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「どうしたの?」
「わっ、わかんない……」
涙が目からあふれて、とまらなくなった。
礼慈さんが、動くのをやめた。わたしの頬をつたう涙に、手をのばしてくる。
「ごめん。祐奈に、話すべきじゃなかった」
「ううん……。そうじゃないの。聞けて、よかった。
れいじさん。みどりさんのかわりに、わたしを……」
「違う。君は、君だ。
誰も、誰かのかわりになんて、なれない」
一瞬だけ、礼慈さんの顔が、誰かと重なった。……誰?
こんなふうに、まっすぐに、わたしを見つめる人がいた。あれは……。
わたしの記憶が、早回しで逆に再生されるみたいに、どんどん流れていく。
「……あ、あぁ」
「祐奈?」
わかった。隼人くんだ。
礼慈さんの顔は、どこか、隼人くんに似てる……。
わたしの体が、勝手に、閉じていくような感じがした。礼慈さんに逃げられないように、礼慈さんのあれを、しめつけようとしてるみたい。
礼慈さんがいるところが、すごく痛くなって、びくっとしてしまった。
「なに?」
「えっ……」
「急に、きつくなった。痛い?」
「ううん。ちがうの。うごいて……」
「大丈夫?」
「うん」
どうして、素直に痛いって言えないんだろう。がまんできないほどじゃない、なんて、言えない理由にはならないはず……。
礼慈さんに、嫌われたくない。めんどうだって、思われたくない。
セックスする度に、痛みがやわらいでいくのを待ってるなんて、知られたくない。
わたしの体が、おかしいのかもしれない。
礼慈さんの動き方が、やさしくなった。それで、また、泣きそうになってしまった。
礼慈さんが、あまりにも、わたしにやさしすぎるから。
わたしも、やさしくしてあげたいって、思うの。そのために、自分にうそをついてもいいって、思う……。
わたし、まちがってる? きっと、まちがってる。
でも、もう、いまさら、言いだせない……。
「あ、ぁんっ……。あ、あっ……」
礼慈さんが、みどりさんを忘れられなかったのと同じように、わたしにも、忘れられなかった人がいた。
隼人くん。
あんなに、好きだったのに。
いつから、忘れたの……?
忘れたんじゃない。ずっと会えないから、あきらめただけだった。
十年以上、会えてない。どこにいるのかもわからない。
施設の人に聞いても、「個人情報だから」と言われて、教えてくれなかった。
でも、もし、どこかで会えたら?
わたしは、どう思うんだろう……。
礼慈さんは?
みどりさんに、もし会えたら?
わたしへの気持ちが、なくなってしまう……かもしれない。
むきだしの肩が、ぶるっとふるえた。こわかった。
こんなに近くにいるのに。礼慈さんを、遠くに感じていた。
礼慈さんが重ねてきた年の、重み……。わたしが知らない礼慈さんを知ってる人たちのことを、妬ましいと思った。
「ゆるして……」
「何を?」
「ううん。なんでも、ないの」
「もう、やめたい?」
「ちがうの。だいじょうぶ……。おねがい。うごいて、して」
「俺がこわい?」
「ううん。こわくない。すき、れいじさん」
泣かないように、がまんして言った。
礼慈さんが、ゆっくり動きだした。
「あぁ、あん……っ。いい。だめ……」
「泣かないで。俺が、襲ってるような気分になる」
「ごめん、なさい。あっ、あっ、あんっ……!」
わたしの方が、先にいってしまった。
礼慈さんは、いかなかった。わたしの中から、出ていってしまった。
「……どうして?」
「ごめん。俺が、無理をさせたような気がしたから」
「しない、の?」
「するよ。自分で」
わたしを安心させるように笑った。
それから、自分の手で、あれをつつんだ。
ひとりで、最後まで、するみたいだった。
礼慈さんが自分でしてる姿を、じっと見ていた。
少ししかめた眉の形が、きれいだった。伏し目になった、まぶたも。
太っても、やせてもいない、男の人らしい体。
きれいだった。そこにいるのが、信じられないくらいに。
かすかに、吐息が聞こえた。
「でたの……?」
「うん」
礼慈さんがコンドームの口をしばって、ごみ箱に捨てた。
わたしの体に、礼慈さんがふれてくる。
そのまま、だっこしてくれた。
「ごめんね。わたし……」
「謝らないで」
「ごめんなさい。みっ、みどりさんの話、やっぱり、かなしかった。
わたしのことだけじゃなくて。あなたが、大事な人をなくしたことが……」
「うん。ありがとう」
「わたしも……」
言いかけて、息をのんだ。
隼人くんのことを、今の礼慈さんに話したくなかった。
あわい恋だった。ほんの短い間だけ、心がつうじていた。
あの頃は、それだけだった。まだ、小学生だったから。
キスなんて、したこともなかった。ハグだけ、何度もした。それ以外に、心を伝えあう方法なんて、知らなかった。
「ハグ」っていう言葉を、「だっこ」に変えたのは、礼慈さんだった。
「祐奈? なに?」
「う、ん。ううん。なんでもない……」
わたしたちは、お互いに、なくした恋の面影を追っているのかもしれない。
心に浮かんだ思いを、わたしは、わたしの心にとじこめることにした。
好き。愛してる。
ぜんぶ本当のこと。でも……。
わからない。自信がない。
「わっ、わかんない……」
涙が目からあふれて、とまらなくなった。
礼慈さんが、動くのをやめた。わたしの頬をつたう涙に、手をのばしてくる。
「ごめん。祐奈に、話すべきじゃなかった」
「ううん……。そうじゃないの。聞けて、よかった。
れいじさん。みどりさんのかわりに、わたしを……」
「違う。君は、君だ。
誰も、誰かのかわりになんて、なれない」
一瞬だけ、礼慈さんの顔が、誰かと重なった。……誰?
こんなふうに、まっすぐに、わたしを見つめる人がいた。あれは……。
わたしの記憶が、早回しで逆に再生されるみたいに、どんどん流れていく。
「……あ、あぁ」
「祐奈?」
わかった。隼人くんだ。
礼慈さんの顔は、どこか、隼人くんに似てる……。
わたしの体が、勝手に、閉じていくような感じがした。礼慈さんに逃げられないように、礼慈さんのあれを、しめつけようとしてるみたい。
礼慈さんがいるところが、すごく痛くなって、びくっとしてしまった。
「なに?」
「えっ……」
「急に、きつくなった。痛い?」
「ううん。ちがうの。うごいて……」
「大丈夫?」
「うん」
どうして、素直に痛いって言えないんだろう。がまんできないほどじゃない、なんて、言えない理由にはならないはず……。
礼慈さんに、嫌われたくない。めんどうだって、思われたくない。
セックスする度に、痛みがやわらいでいくのを待ってるなんて、知られたくない。
わたしの体が、おかしいのかもしれない。
礼慈さんの動き方が、やさしくなった。それで、また、泣きそうになってしまった。
礼慈さんが、あまりにも、わたしにやさしすぎるから。
わたしも、やさしくしてあげたいって、思うの。そのために、自分にうそをついてもいいって、思う……。
わたし、まちがってる? きっと、まちがってる。
でも、もう、いまさら、言いだせない……。
「あ、ぁんっ……。あ、あっ……」
礼慈さんが、みどりさんを忘れられなかったのと同じように、わたしにも、忘れられなかった人がいた。
隼人くん。
あんなに、好きだったのに。
いつから、忘れたの……?
忘れたんじゃない。ずっと会えないから、あきらめただけだった。
十年以上、会えてない。どこにいるのかもわからない。
施設の人に聞いても、「個人情報だから」と言われて、教えてくれなかった。
でも、もし、どこかで会えたら?
わたしは、どう思うんだろう……。
礼慈さんは?
みどりさんに、もし会えたら?
わたしへの気持ちが、なくなってしまう……かもしれない。
むきだしの肩が、ぶるっとふるえた。こわかった。
こんなに近くにいるのに。礼慈さんを、遠くに感じていた。
礼慈さんが重ねてきた年の、重み……。わたしが知らない礼慈さんを知ってる人たちのことを、妬ましいと思った。
「ゆるして……」
「何を?」
「ううん。なんでも、ないの」
「もう、やめたい?」
「ちがうの。だいじょうぶ……。おねがい。うごいて、して」
「俺がこわい?」
「ううん。こわくない。すき、れいじさん」
泣かないように、がまんして言った。
礼慈さんが、ゆっくり動きだした。
「あぁ、あん……っ。いい。だめ……」
「泣かないで。俺が、襲ってるような気分になる」
「ごめん、なさい。あっ、あっ、あんっ……!」
わたしの方が、先にいってしまった。
礼慈さんは、いかなかった。わたしの中から、出ていってしまった。
「……どうして?」
「ごめん。俺が、無理をさせたような気がしたから」
「しない、の?」
「するよ。自分で」
わたしを安心させるように笑った。
それから、自分の手で、あれをつつんだ。
ひとりで、最後まで、するみたいだった。
礼慈さんが自分でしてる姿を、じっと見ていた。
少ししかめた眉の形が、きれいだった。伏し目になった、まぶたも。
太っても、やせてもいない、男の人らしい体。
きれいだった。そこにいるのが、信じられないくらいに。
かすかに、吐息が聞こえた。
「でたの……?」
「うん」
礼慈さんがコンドームの口をしばって、ごみ箱に捨てた。
わたしの体に、礼慈さんがふれてくる。
そのまま、だっこしてくれた。
「ごめんね。わたし……」
「謝らないで」
「ごめんなさい。みっ、みどりさんの話、やっぱり、かなしかった。
わたしのことだけじゃなくて。あなたが、大事な人をなくしたことが……」
「うん。ありがとう」
「わたしも……」
言いかけて、息をのんだ。
隼人くんのことを、今の礼慈さんに話したくなかった。
あわい恋だった。ほんの短い間だけ、心がつうじていた。
あの頃は、それだけだった。まだ、小学生だったから。
キスなんて、したこともなかった。ハグだけ、何度もした。それ以外に、心を伝えあう方法なんて、知らなかった。
「ハグ」っていう言葉を、「だっこ」に変えたのは、礼慈さんだった。
「祐奈? なに?」
「う、ん。ううん。なんでもない……」
わたしたちは、お互いに、なくした恋の面影を追っているのかもしれない。
心に浮かんだ思いを、わたしは、わたしの心にとじこめることにした。
好き。愛してる。
ぜんぶ本当のこと。でも……。
わからない。自信がない。
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