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15.スイート・キング7
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すぐに、お昼の時間になった。
「礼慈さん。わたし、おなかがすいてきました」
「食べよう」
「手を洗ってきます」
「僕も」
「俺も」
「わたしも……」
「いちいち、言う必要ある?」
「お前が歌穂さんの言葉に反応したから、のっかってみた」
「わたしも、そうです」
「礼慈と祐奈ちゃんは、ささいなことを楽しめる人たちだよね」
「そうか?」
「そうだよ」
みんなで一列に並んで、ひとりずつ、キッチンの流しで手を洗った。
礼慈さんと一緒に、サンドイッチと飲みものを運んだ。
「おいしかったです。ごちそうさまでした」
「うん。祐奈。ケーキはどうする?」
「買いに行きたいです」
「だよな」
「歌穂も、行く?」
「行きたい」
「じゃあ、二人で行ってきます」
「分かった。気をつけて。
……やっぱり、俺も行っていい?」
「いいですよ」
「僕も」
「はい。どうぞ」
四人で、商店街のケーキ屋さんまで行くことになった。
土曜日の午後の商店街は、にぎわっていた。
「混んでるな」
「そうだね」
礼慈さんと沢野さんは、わたしと歌穂の後ろを歩いている。
歌穂が「あたし、ここ見てます」と言って、金物屋さんの前で足を止めた。
「僕も、歌穂ちゃんと行く」
「ケーキは? 何がいいの?」
「なんでもいいよ」
「あたしも」
「角の手前のケーキ屋にいるから」
礼慈さんの言葉にうなずいて、二人で、お店の中に入っていった。
「行こうか」
「はい」
わたしは、礼慈さんと先に進んだ。
自然と、手をつないでいた。
「まだ、暑いですね」
「うん」
「夏休みに誕生日があると、お休み明けなんですよね。お祝いの言葉をもらえるのが」
「そうだな」
不思議な気持ちだった。
わたしは、三十才の礼慈さんしか知らない。もう、三十一才だけど。
礼慈さんの三十回分の誕生日のことを、わたしが知ることはできない。最初の六回分は、生まれてもいないわけで……。
でも、つないだ手はあたたかった。このあたたかさだけが、たったひとつの、確かなものなんだと思った。
ケーキ屋さんで、ケーキを四つ買った。ぜんぶ、べつのものにした。
金物屋さんの方に戻っていったら、途中で歌穂と沢野さんと合流できた。
沢野さんは、大きなビニール袋を抱えていた。それだけじゃなくて、肘にも袋がかかっていた。
「なんですか? これ……」
「鍋」
「鍋? どうして、急に?」
「前から、ほしかったの。通販だと、大きさが、よくわかんなくて。
ここに、いっぱいありそうだったから。つい」
「ずいぶん、いっぱい……」
「うちに置く分と、歌穂ちゃんの分」
「手伝うよ。どっちか、貸して」
「わたし、ケーキを持ちます」
礼慈さんから、ケーキの箱が入った紙袋をもらった。沢野さんが抱えていた鍋は、礼慈さんが受けとった。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
歌穂が、礼慈さんに向かって頭を下げた。
「あたし、ケーキ持とうか?」
「ううん。だいじょうぶ」
マンションの近くにあるホームセンターの、駐車場まで、礼慈さんと沢野さんが鍋を運んでいくことになった。
わたしと歌穂は、先に部屋に戻った。
ケーキを冷蔵庫にしまう。紅茶の缶を食器棚から出した。
「アールグレイ? ダージリン?」
「どっちでも。甘いのがいい?」
「ううん。ケーキとだったら、砂糖はいらない」
「お湯だけ、沸かしておくね」
電気式のケトルのスイッチを入れた。
歌穂が、リビングの椅子に座る。わたしも、正面の椅子に座った。
「……ねえ。歌穂」
「なに?」
「沢野さんと、したの?」
「してない」
「えっ……」
「したと思った?」
「う、うん。いい感じに、見えたから」
「あたしは、するんだと思ってたよ。
もう、八ヶ月目……だよね。しないままで、ここまでくるとは思ってなかった」
「したくない?」
「わかんない。こわいと思う時もある。
たぶん、沢野さんもこわいんじゃないかな」
「こわい?」
「うん。そんな気がする。
あたしが、若すぎるから」
「ああ……」
「沢野さんの同僚の女の人に、会ったことがある。きれいな人だったよ。それに、大人の女性だった。
あたしは、あんなふうには、なれないかも……」
「そんなの、わからない。
それに、歌穂は、歌穂なんだから。別人みたいに、ならないでね」
「ならないし、なれないよ。
あたしは、ずっと、ふらついてたから。沢野さんみたいに、しっかりした人とは、合わないのかもって、思うことはあるよ」
「えー……」
ずれてる。そんな気がした。
沢野さんは、出会った日の歌穂のことを光だと言った。五月に、ここで、礼慈さんと聞いた。
神様みたいに、神々しく見えたって。
伝わってない。伝えてないんだ。……どうして?
「ひとつだけ、わかってることがある。
あの人は、あたしの体じゃなくて、心がほしいんだと思う。
それって、デリヘル嬢だった時のあたしが、お客さんから求められてたことと、まったく逆なんだよね。あたしの体や、あたしからのサービスを買ってるわけだから。心なんて、あると思わない方が気楽だろうし。
でも、沢野さんは、そうじゃない。そのことをうれしいって思う自分も、いる」
「そうなんだ……」
「あたしが、そう思ってるから、してくれないのかな」
「ちがうと思う……」
「そうかな。祐奈は? 西東さんとは、うまく行ってる?」
「と、思う。たぶん」
「大丈夫だよ。商店街にも、ついてきたし」
「あれは……。伊豆に旅行に行った時に、ちょっと……」
「ちょっと? なに?」
「あ、あぶない……ことが、あって」
「あぶないこと?」
歌穂の顔が、急に険しくなった。
「礼慈さん。わたし、おなかがすいてきました」
「食べよう」
「手を洗ってきます」
「僕も」
「俺も」
「わたしも……」
「いちいち、言う必要ある?」
「お前が歌穂さんの言葉に反応したから、のっかってみた」
「わたしも、そうです」
「礼慈と祐奈ちゃんは、ささいなことを楽しめる人たちだよね」
「そうか?」
「そうだよ」
みんなで一列に並んで、ひとりずつ、キッチンの流しで手を洗った。
礼慈さんと一緒に、サンドイッチと飲みものを運んだ。
「おいしかったです。ごちそうさまでした」
「うん。祐奈。ケーキはどうする?」
「買いに行きたいです」
「だよな」
「歌穂も、行く?」
「行きたい」
「じゃあ、二人で行ってきます」
「分かった。気をつけて。
……やっぱり、俺も行っていい?」
「いいですよ」
「僕も」
「はい。どうぞ」
四人で、商店街のケーキ屋さんまで行くことになった。
土曜日の午後の商店街は、にぎわっていた。
「混んでるな」
「そうだね」
礼慈さんと沢野さんは、わたしと歌穂の後ろを歩いている。
歌穂が「あたし、ここ見てます」と言って、金物屋さんの前で足を止めた。
「僕も、歌穂ちゃんと行く」
「ケーキは? 何がいいの?」
「なんでもいいよ」
「あたしも」
「角の手前のケーキ屋にいるから」
礼慈さんの言葉にうなずいて、二人で、お店の中に入っていった。
「行こうか」
「はい」
わたしは、礼慈さんと先に進んだ。
自然と、手をつないでいた。
「まだ、暑いですね」
「うん」
「夏休みに誕生日があると、お休み明けなんですよね。お祝いの言葉をもらえるのが」
「そうだな」
不思議な気持ちだった。
わたしは、三十才の礼慈さんしか知らない。もう、三十一才だけど。
礼慈さんの三十回分の誕生日のことを、わたしが知ることはできない。最初の六回分は、生まれてもいないわけで……。
でも、つないだ手はあたたかった。このあたたかさだけが、たったひとつの、確かなものなんだと思った。
ケーキ屋さんで、ケーキを四つ買った。ぜんぶ、べつのものにした。
金物屋さんの方に戻っていったら、途中で歌穂と沢野さんと合流できた。
沢野さんは、大きなビニール袋を抱えていた。それだけじゃなくて、肘にも袋がかかっていた。
「なんですか? これ……」
「鍋」
「鍋? どうして、急に?」
「前から、ほしかったの。通販だと、大きさが、よくわかんなくて。
ここに、いっぱいありそうだったから。つい」
「ずいぶん、いっぱい……」
「うちに置く分と、歌穂ちゃんの分」
「手伝うよ。どっちか、貸して」
「わたし、ケーキを持ちます」
礼慈さんから、ケーキの箱が入った紙袋をもらった。沢野さんが抱えていた鍋は、礼慈さんが受けとった。
「ごめんなさい。ありがとうございます」
歌穂が、礼慈さんに向かって頭を下げた。
「あたし、ケーキ持とうか?」
「ううん。だいじょうぶ」
マンションの近くにあるホームセンターの、駐車場まで、礼慈さんと沢野さんが鍋を運んでいくことになった。
わたしと歌穂は、先に部屋に戻った。
ケーキを冷蔵庫にしまう。紅茶の缶を食器棚から出した。
「アールグレイ? ダージリン?」
「どっちでも。甘いのがいい?」
「ううん。ケーキとだったら、砂糖はいらない」
「お湯だけ、沸かしておくね」
電気式のケトルのスイッチを入れた。
歌穂が、リビングの椅子に座る。わたしも、正面の椅子に座った。
「……ねえ。歌穂」
「なに?」
「沢野さんと、したの?」
「してない」
「えっ……」
「したと思った?」
「う、うん。いい感じに、見えたから」
「あたしは、するんだと思ってたよ。
もう、八ヶ月目……だよね。しないままで、ここまでくるとは思ってなかった」
「したくない?」
「わかんない。こわいと思う時もある。
たぶん、沢野さんもこわいんじゃないかな」
「こわい?」
「うん。そんな気がする。
あたしが、若すぎるから」
「ああ……」
「沢野さんの同僚の女の人に、会ったことがある。きれいな人だったよ。それに、大人の女性だった。
あたしは、あんなふうには、なれないかも……」
「そんなの、わからない。
それに、歌穂は、歌穂なんだから。別人みたいに、ならないでね」
「ならないし、なれないよ。
あたしは、ずっと、ふらついてたから。沢野さんみたいに、しっかりした人とは、合わないのかもって、思うことはあるよ」
「えー……」
ずれてる。そんな気がした。
沢野さんは、出会った日の歌穂のことを光だと言った。五月に、ここで、礼慈さんと聞いた。
神様みたいに、神々しく見えたって。
伝わってない。伝えてないんだ。……どうして?
「ひとつだけ、わかってることがある。
あの人は、あたしの体じゃなくて、心がほしいんだと思う。
それって、デリヘル嬢だった時のあたしが、お客さんから求められてたことと、まったく逆なんだよね。あたしの体や、あたしからのサービスを買ってるわけだから。心なんて、あると思わない方が気楽だろうし。
でも、沢野さんは、そうじゃない。そのことをうれしいって思う自分も、いる」
「そうなんだ……」
「あたしが、そう思ってるから、してくれないのかな」
「ちがうと思う……」
「そうかな。祐奈は? 西東さんとは、うまく行ってる?」
「と、思う。たぶん」
「大丈夫だよ。商店街にも、ついてきたし」
「あれは……。伊豆に旅行に行った時に、ちょっと……」
「ちょっと? なに?」
「あ、あぶない……ことが、あって」
「あぶないこと?」
歌穂の顔が、急に険しくなった。
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