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14.アズ・ポーン3
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「沢野の師匠は、海田さんだよな。連絡とか、してる?」
「とくには……。年賀状くらい」
「送ってるのか」
「うん。返事がくるから」
「会ったことは?」
「退会してからは、ない。会わせる顔もないし」
「電話してみたら?」
「うーん……」
「知ってるぞ。『ポーン』のこと」
「なんで……。プロの人たちって、そんなにひまなの?」
「話題になってるからだよ」
「えぇー。やだなー」
「『やだなー』じゃないだろ。自分から、派手に動いておいて」
「派手じゃないよ。ネット将棋は、匿名でできるから……。
面と向かって、誰かと対局するつもりはなかった。
若い人は、僕のことなんか知らないだろうけど。
奨励会に入る時に、ずいぶん、テレビとかの取材があって……。仕事をしてる時に、年配の人だと、名前でばれちゃうことがあるんだよ。
だから、たぶん、ばれるだろうなと思って」
「名前だけじゃないだろ。髪と目の色のせいだろ」
「あー……。そっか」
「妹さんたちも、かわいかったよな。
俺、最初はハーフだと思いこんでてさ。沢野のこと」
「両親とも日本人だよ」
「そうなんだよな」
「目立っていいことなんか、ひとつもないよ」
苦い思いをした時の記憶が、僕の胸をかき乱した。
山賀は、真剣な顔で僕を見ていた。僕は、目をそらした。
少ししてから、山賀に目を戻して、頼んだ。
「言わないで」
「いや。言うよ。
お前、プロになれるぞ」
「ならないよ」
「『なれないよ』じゃないんだな」
「……」
「プロの世界で、待ってるから」
「僕は……行かない。僕が先に裏切った。
将棋じゃなくて、脅しに負けた」
「脅されてたのか」
山賀の顔が、凶悪になった。
「僕だけだったら、無視したけど。
……妹たちのことを、いろいろ言われて。途中から、どうでもよくなった。
誰かを犠牲にしてまで、プロになる覚悟は、僕にはなかった」
「そんな覚悟はな、沢野。誰だって、持たなくていい、持っちゃいけない覚悟だ」
「弁護士になるために勉強してるうちに、わかったけどね。
僕は、警察に相談するべきだったって」
「そうだよ。俺に言ってくれたって、よかった」
「言えないよ」
「なんで?」
「ターゲットが、僕から他に移るだけだと思った。
だったら、プロにしてやろうと思った。どうせ、一勝もできないだろうと思った」
「その通りになったな。満足か?」
「どうかな。わざと負けるのって、難しいんだよ。
もう、二度とやりたくないね」
「二度としなくていい」
抑えた言い方だったけれど、まるで、叫んでるように聞こえた。
「この話、他の人にしてもいいか?」
「いいけど……。後味の悪さを共有することに、意味ってある?」
「あるさ。少なくとも、お前は、あいつの犠牲になったんだ」
「本当に将棋に賭けていたら、どんな手を使っても、誰が犠牲になったとしても、あの場所にしがみついたと思うよ。
僕より強い人は、いっぱいいた。その人たちに、託したつもりだった。
負ける手順を考え続けて、脳が焼ききれるような思いをするのは、もう、いやだった。それだけ」
「沢野。お前、本当に、それでよかったのか」
「いいとか、悪いとかの話じゃない。
もう、全部終わったことだよ。
僕は、僕なりに最善を尽くしたつもり。
プロの世界で、食い殺されればいいと思った。あれが、僕の復讐だったのかもしれない」
「それで? チェスで名前を売って、お前は救われたのか?」
「救われようなんて、思ってなかった。
将棋と同じように、チャトランガが起源だとされてるものに、ふれてみたかっただけだよ」
「お前、将棋から離れてないだろう。
藤野くんの棋譜を研究しつくしてるやつが打ってるみたいな局面があったぞ」
「彼、強いよね。羽田さんよりも、強くなるかもね」
「そうだな」
「時々ね、考えないわけじゃないよ。
妹たちがどうなってもいいと思いきれたら、何かが変わっていたんだろうかって。
……まあ、無理だったと思うけどね」
「俺は怒ってるよ。沢野。
あいつを引きずってきて、この場で土下座させたいくらいだ」
「その程度で許せるんだね。
僕は、あの頃に、生まれてはじめて、人を殺したいと思った。
だから、法律のことを勉強しようと思った。
人を殺してしまった人や、殺されてしまった人のために、生きようと思った。
将棋で、人が殺せたら……」
「お前が、殺してやればよかったのに」
「ううん。できなかった。
家族よりも大事なものなんか、ないよ。高校生の時に、それがわかっただけでも、よかった」
「お前の他には、誰が脅されてたんだ」
「さあね。何人かは、いたんじゃないかな。
買収されてる人がいるっていう話は、本人から聞いた」
「本当に?」
「山賀に、僕が嘘をつくメリットがないよ。
僕は、プロの人たちを信じてた。
僕にできなくても、プロの人たちなら、東郷さんを殺してくれるだろうって」
口に出してから、ものすごく久しぶりに、あの人の名前を言ったことに気づいた。
山賀が顔をしかめた。
「なんて顔してるんだよ」
「自分じゃ、わからないよ」
「やっぱり、お前が殺したんだよ。俺は、そう思う」
「……そうかな」
「うちの勉強会に来るか? 俺が、後輩たちとやってるやつ」
「いいよ。そういうのは」
「一人の方がいいか」
「そういうことじゃない。僕と関わると、山賀たちの将棋が汚れる」
「ばかなことを言うな!」
「声が大きいよ」
「お前、自分で自分が許せないんだな。もう、時効だよ。
許してやれ。これは東郷のことじゃない。お前自身のことだぞ」
「光みたいな人で。僕の恋人の女の子が」
「……光?」
「僕がさわったら、汚れてしまうんじゃないかって。不安なんだよ」
「くだらない。そんなこと、あるわけがない」
「わかってる。それでも、不安なんだ」
*作者からのお知らせ*
※実在の団体、人物とは、一切関わりありません。
カクヨムさんの方のイベントに合わせて、「バージン・クイーン」の短編を書きました。「祐奈の日記」というタイトル。
わたしのプロフィールにカクヨムさんでのユーザーページのリンクがあるので、気にしてくださった方は、そちらからどうぞ。
「とくには……。年賀状くらい」
「送ってるのか」
「うん。返事がくるから」
「会ったことは?」
「退会してからは、ない。会わせる顔もないし」
「電話してみたら?」
「うーん……」
「知ってるぞ。『ポーン』のこと」
「なんで……。プロの人たちって、そんなにひまなの?」
「話題になってるからだよ」
「えぇー。やだなー」
「『やだなー』じゃないだろ。自分から、派手に動いておいて」
「派手じゃないよ。ネット将棋は、匿名でできるから……。
面と向かって、誰かと対局するつもりはなかった。
若い人は、僕のことなんか知らないだろうけど。
奨励会に入る時に、ずいぶん、テレビとかの取材があって……。仕事をしてる時に、年配の人だと、名前でばれちゃうことがあるんだよ。
だから、たぶん、ばれるだろうなと思って」
「名前だけじゃないだろ。髪と目の色のせいだろ」
「あー……。そっか」
「妹さんたちも、かわいかったよな。
俺、最初はハーフだと思いこんでてさ。沢野のこと」
「両親とも日本人だよ」
「そうなんだよな」
「目立っていいことなんか、ひとつもないよ」
苦い思いをした時の記憶が、僕の胸をかき乱した。
山賀は、真剣な顔で僕を見ていた。僕は、目をそらした。
少ししてから、山賀に目を戻して、頼んだ。
「言わないで」
「いや。言うよ。
お前、プロになれるぞ」
「ならないよ」
「『なれないよ』じゃないんだな」
「……」
「プロの世界で、待ってるから」
「僕は……行かない。僕が先に裏切った。
将棋じゃなくて、脅しに負けた」
「脅されてたのか」
山賀の顔が、凶悪になった。
「僕だけだったら、無視したけど。
……妹たちのことを、いろいろ言われて。途中から、どうでもよくなった。
誰かを犠牲にしてまで、プロになる覚悟は、僕にはなかった」
「そんな覚悟はな、沢野。誰だって、持たなくていい、持っちゃいけない覚悟だ」
「弁護士になるために勉強してるうちに、わかったけどね。
僕は、警察に相談するべきだったって」
「そうだよ。俺に言ってくれたって、よかった」
「言えないよ」
「なんで?」
「ターゲットが、僕から他に移るだけだと思った。
だったら、プロにしてやろうと思った。どうせ、一勝もできないだろうと思った」
「その通りになったな。満足か?」
「どうかな。わざと負けるのって、難しいんだよ。
もう、二度とやりたくないね」
「二度としなくていい」
抑えた言い方だったけれど、まるで、叫んでるように聞こえた。
「この話、他の人にしてもいいか?」
「いいけど……。後味の悪さを共有することに、意味ってある?」
「あるさ。少なくとも、お前は、あいつの犠牲になったんだ」
「本当に将棋に賭けていたら、どんな手を使っても、誰が犠牲になったとしても、あの場所にしがみついたと思うよ。
僕より強い人は、いっぱいいた。その人たちに、託したつもりだった。
負ける手順を考え続けて、脳が焼ききれるような思いをするのは、もう、いやだった。それだけ」
「沢野。お前、本当に、それでよかったのか」
「いいとか、悪いとかの話じゃない。
もう、全部終わったことだよ。
僕は、僕なりに最善を尽くしたつもり。
プロの世界で、食い殺されればいいと思った。あれが、僕の復讐だったのかもしれない」
「それで? チェスで名前を売って、お前は救われたのか?」
「救われようなんて、思ってなかった。
将棋と同じように、チャトランガが起源だとされてるものに、ふれてみたかっただけだよ」
「お前、将棋から離れてないだろう。
藤野くんの棋譜を研究しつくしてるやつが打ってるみたいな局面があったぞ」
「彼、強いよね。羽田さんよりも、強くなるかもね」
「そうだな」
「時々ね、考えないわけじゃないよ。
妹たちがどうなってもいいと思いきれたら、何かが変わっていたんだろうかって。
……まあ、無理だったと思うけどね」
「俺は怒ってるよ。沢野。
あいつを引きずってきて、この場で土下座させたいくらいだ」
「その程度で許せるんだね。
僕は、あの頃に、生まれてはじめて、人を殺したいと思った。
だから、法律のことを勉強しようと思った。
人を殺してしまった人や、殺されてしまった人のために、生きようと思った。
将棋で、人が殺せたら……」
「お前が、殺してやればよかったのに」
「ううん。できなかった。
家族よりも大事なものなんか、ないよ。高校生の時に、それがわかっただけでも、よかった」
「お前の他には、誰が脅されてたんだ」
「さあね。何人かは、いたんじゃないかな。
買収されてる人がいるっていう話は、本人から聞いた」
「本当に?」
「山賀に、僕が嘘をつくメリットがないよ。
僕は、プロの人たちを信じてた。
僕にできなくても、プロの人たちなら、東郷さんを殺してくれるだろうって」
口に出してから、ものすごく久しぶりに、あの人の名前を言ったことに気づいた。
山賀が顔をしかめた。
「なんて顔してるんだよ」
「自分じゃ、わからないよ」
「やっぱり、お前が殺したんだよ。俺は、そう思う」
「……そうかな」
「うちの勉強会に来るか? 俺が、後輩たちとやってるやつ」
「いいよ。そういうのは」
「一人の方がいいか」
「そういうことじゃない。僕と関わると、山賀たちの将棋が汚れる」
「ばかなことを言うな!」
「声が大きいよ」
「お前、自分で自分が許せないんだな。もう、時効だよ。
許してやれ。これは東郷のことじゃない。お前自身のことだぞ」
「光みたいな人で。僕の恋人の女の子が」
「……光?」
「僕がさわったら、汚れてしまうんじゃないかって。不安なんだよ」
「くだらない。そんなこと、あるわけがない」
「わかってる。それでも、不安なんだ」
*作者からのお知らせ*
※実在の団体、人物とは、一切関わりありません。
カクヨムさんの方のイベントに合わせて、「バージン・クイーン」の短編を書きました。「祐奈の日記」というタイトル。
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