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14.アズ・ポーン3
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午後九時頃に、「そろそろ帰るね」と声をかけた。
歌穂ちゃんは、さびしそうな顔をした。
「泊まってほしかったです」
「うん。僕も、泊まりたいけど。明日の仕事の準備が……」
「そうですよね」
「うちに来る? 歌穂ちゃんが泊まってくれれば、僕は、いつもどおりに出勤するだけだし」
「ううん……。やめておきます。
来てくれて、うれしかった。また、来週の週末に」
「うん。来週の木曜日は、山の日で祝日だよ。空いてる?」
「はい」
「じゃあ、デートしようか」
こくりとうなずいた歌穂ちゃんが、照れたように笑う。
僕は、その顔に見とれていた。
自惚れてもいいのかもしれない。この子は、僕のことを好きでいてくれてるって。
「またね」
マンションに帰ってから、ビールを飲んだ。
十時になる前に、携帯に着信があった。
「紘一。今、いいか」
「いいよ。どうしたの?」
蒔ちゃんからの電話だった。
蒔ちゃんの本当の名前は、蒔田さん。探偵だ。
知り合ったのは、仕事をしていた時ではなく、プライベートで遊んでいた時。
バーのカウンターで、隣り同士になって、話が弾んだのがきっかけだった。僕より六つ年上の人だけど、敬語は使っていない。
「お前から紹介されたって、事務所に来たやつがいるんだけど」
「あー。大学生の子だよね」
「そう。そいつ。
個人情報保護とか、守秘義務とか、あるからな。
詳しくは、話せねーんだけど……」
「うん」
「けっこー、やべー案件だわ」
「そうなの?」
「金が絡んでる」
「ふーん」
「『ふーん』で、済まされるような額じゃあ、ないんだって。
……まあ、あれだな。どうせ、今は、なにも話せねーし。
かたがついたら、あらためて報告するわ。これは、うちを紹介してくれてありがとうなっていう、それだけの電話」
「うん。わかった」
「そっちの近況は?」
「えー。ぼちぼち」
「なんだよ」
電波でつながった先で、笑ってるみたいだった。
「今、おつき合いしてる人がいる。でも、禁欲してて、つらい……」
「はあ? 意味わかんねーな。
相手の人が病弱で、セックスできねーとか?」
「ちがう。元気だよ。でも、年が若すぎて……」
「いくつ離れてんだよ」
「九才」
「……それは、なかなかだな」
「だよね」
「いや、待てよ。そうでもねーのか。
もともとうちの依頼人で、俺の仕事を手伝ってくれてた女子が、二十なんだけど。二十九の男のことが、ふつうに好きっぽいぞ。あいつらも、九才差だわ」
「えっ……。なに、その話。気になるんだけど」
「話してもいいけど。まだ、どうなるのか、わかんねーし。
逆に、聞きてーんだけど。九も下の女子って、恋愛対象になる?」
「なるよ! めちゃくちゃ、やられてるよ」
「まじか……。じゃあ、あいつらも、まんざらない話でもないんだな。
どんな子なんだよ」
「えー? かわいい子だよ。歌穂ちゃんっていうんだけど。
よく、うちに料理を作りに来てくれてる」
「まじか……。うらやましーわ。それ」
「そう?」
「そうだよ。うちにも、かわいい女の子が料理を作りに来てくんねーかな……。女の人でもいいけど。なんなら、五十代くらいのおばちゃんでもいい」
「プロに頼めばいいのに。家で作ってくれる人、いるよ?」
「知ってるけど。事務所と家がくっついてるから。よっぽど信頼できる人じゃねーと、だめだわ」
「そっか。蒔ちゃんは、結婚しないの?」
「俺のことは、いいんだよ。お前の話をしろよ」
「横暴だなあ。うん。今まで、つき合った人たちの中で、デートの時に料理をしてくれた人は、何人かいたけど。
歌穂ちゃんみたいに、毎週末に来て、作りおきまでしてくれるような人は、いなかったから。もう、奥さんになってくれたような気になってる。
最初だけかな、とか思ってたんだよね。正直に言うと。
でも、ぜんぜんちがった。自然体で、さっと作ってくれるんだよね。それを、毎日いただいてる。
すごくおいしいんだよ。幸せだよ」
「くっそー。電話、切っていい?」
「やだ」
「なんだよ。のろけてるだけじゃねーか。セックスの話は、どこへ行ったんだよ。
幸せなのに、つらいのか」
「うーん。セックスって、本当に必要なの?」
「必要だろ。将来、その子と結婚して、子作りがしたいんだったら」
「でもね。二十一って、そうとうだよ。若すぎる。
本当は、もっと年が上だと思ってたんだ。でも、ちがった」
「いくつだと思ってたんだよ」
「二十四……」
「どっちにしろ、年下じゃねーか。同い年だと思えなかったんだったら」
「そうなんだけどね」
「で? どうすんだよ。これから」
「したいけど。まだ我慢するつもり。
そばにいるだけでも、充分だと思ってるから」
「いいけどな。いきなり襲うとかは、やめてさしあげろって感じだな。
びっくりされるし、怖がられると思うぞ」
「そうなんだよね。かわいいから、つい手が伸びそうになる時がある。
よくないよね」
「もう、すればいいじゃねーか。
よく話し合えよ。相手の子が納得すれば、許してもらえるだろ」
「歌穂ちゃんの方は、してもいいみたいなんだよね」
「時間の無駄だったわ。じゃあな」
「ちょ、まって、まって」
「お前の問題じゃねーか。ばかばかしい。
カホちゃんは、なんも悪くねーぞ。それ」
「わかってます」
「だったら、すればいいじゃねーか」
「うーん。ううん。
僕が本気で頼めば、きっと応えてくれると思う。だけど、まだ早いんじゃないかなっていう気持ちが、ブレーキになってる」
「めんどくせー男だな。まあ、なんだ。
たまには、飲みに行くか」
「うん。誘って」
「わかったよ。じゃあな」
「はーい」
通話が切れた。
「わかってるんだけどね……」
歌穂ちゃんは、さびしそうな顔をした。
「泊まってほしかったです」
「うん。僕も、泊まりたいけど。明日の仕事の準備が……」
「そうですよね」
「うちに来る? 歌穂ちゃんが泊まってくれれば、僕は、いつもどおりに出勤するだけだし」
「ううん……。やめておきます。
来てくれて、うれしかった。また、来週の週末に」
「うん。来週の木曜日は、山の日で祝日だよ。空いてる?」
「はい」
「じゃあ、デートしようか」
こくりとうなずいた歌穂ちゃんが、照れたように笑う。
僕は、その顔に見とれていた。
自惚れてもいいのかもしれない。この子は、僕のことを好きでいてくれてるって。
「またね」
マンションに帰ってから、ビールを飲んだ。
十時になる前に、携帯に着信があった。
「紘一。今、いいか」
「いいよ。どうしたの?」
蒔ちゃんからの電話だった。
蒔ちゃんの本当の名前は、蒔田さん。探偵だ。
知り合ったのは、仕事をしていた時ではなく、プライベートで遊んでいた時。
バーのカウンターで、隣り同士になって、話が弾んだのがきっかけだった。僕より六つ年上の人だけど、敬語は使っていない。
「お前から紹介されたって、事務所に来たやつがいるんだけど」
「あー。大学生の子だよね」
「そう。そいつ。
個人情報保護とか、守秘義務とか、あるからな。
詳しくは、話せねーんだけど……」
「うん」
「けっこー、やべー案件だわ」
「そうなの?」
「金が絡んでる」
「ふーん」
「『ふーん』で、済まされるような額じゃあ、ないんだって。
……まあ、あれだな。どうせ、今は、なにも話せねーし。
かたがついたら、あらためて報告するわ。これは、うちを紹介してくれてありがとうなっていう、それだけの電話」
「うん。わかった」
「そっちの近況は?」
「えー。ぼちぼち」
「なんだよ」
電波でつながった先で、笑ってるみたいだった。
「今、おつき合いしてる人がいる。でも、禁欲してて、つらい……」
「はあ? 意味わかんねーな。
相手の人が病弱で、セックスできねーとか?」
「ちがう。元気だよ。でも、年が若すぎて……」
「いくつ離れてんだよ」
「九才」
「……それは、なかなかだな」
「だよね」
「いや、待てよ。そうでもねーのか。
もともとうちの依頼人で、俺の仕事を手伝ってくれてた女子が、二十なんだけど。二十九の男のことが、ふつうに好きっぽいぞ。あいつらも、九才差だわ」
「えっ……。なに、その話。気になるんだけど」
「話してもいいけど。まだ、どうなるのか、わかんねーし。
逆に、聞きてーんだけど。九も下の女子って、恋愛対象になる?」
「なるよ! めちゃくちゃ、やられてるよ」
「まじか……。じゃあ、あいつらも、まんざらない話でもないんだな。
どんな子なんだよ」
「えー? かわいい子だよ。歌穂ちゃんっていうんだけど。
よく、うちに料理を作りに来てくれてる」
「まじか……。うらやましーわ。それ」
「そう?」
「そうだよ。うちにも、かわいい女の子が料理を作りに来てくんねーかな……。女の人でもいいけど。なんなら、五十代くらいのおばちゃんでもいい」
「プロに頼めばいいのに。家で作ってくれる人、いるよ?」
「知ってるけど。事務所と家がくっついてるから。よっぽど信頼できる人じゃねーと、だめだわ」
「そっか。蒔ちゃんは、結婚しないの?」
「俺のことは、いいんだよ。お前の話をしろよ」
「横暴だなあ。うん。今まで、つき合った人たちの中で、デートの時に料理をしてくれた人は、何人かいたけど。
歌穂ちゃんみたいに、毎週末に来て、作りおきまでしてくれるような人は、いなかったから。もう、奥さんになってくれたような気になってる。
最初だけかな、とか思ってたんだよね。正直に言うと。
でも、ぜんぜんちがった。自然体で、さっと作ってくれるんだよね。それを、毎日いただいてる。
すごくおいしいんだよ。幸せだよ」
「くっそー。電話、切っていい?」
「やだ」
「なんだよ。のろけてるだけじゃねーか。セックスの話は、どこへ行ったんだよ。
幸せなのに、つらいのか」
「うーん。セックスって、本当に必要なの?」
「必要だろ。将来、その子と結婚して、子作りがしたいんだったら」
「でもね。二十一って、そうとうだよ。若すぎる。
本当は、もっと年が上だと思ってたんだ。でも、ちがった」
「いくつだと思ってたんだよ」
「二十四……」
「どっちにしろ、年下じゃねーか。同い年だと思えなかったんだったら」
「そうなんだけどね」
「で? どうすんだよ。これから」
「したいけど。まだ我慢するつもり。
そばにいるだけでも、充分だと思ってるから」
「いいけどな。いきなり襲うとかは、やめてさしあげろって感じだな。
びっくりされるし、怖がられると思うぞ」
「そうなんだよね。かわいいから、つい手が伸びそうになる時がある。
よくないよね」
「もう、すればいいじゃねーか。
よく話し合えよ。相手の子が納得すれば、許してもらえるだろ」
「歌穂ちゃんの方は、してもいいみたいなんだよね」
「時間の無駄だったわ。じゃあな」
「ちょ、まって、まって」
「お前の問題じゃねーか。ばかばかしい。
カホちゃんは、なんも悪くねーぞ。それ」
「わかってます」
「だったら、すればいいじゃねーか」
「うーん。ううん。
僕が本気で頼めば、きっと応えてくれると思う。だけど、まだ早いんじゃないかなっていう気持ちが、ブレーキになってる」
「めんどくせー男だな。まあ、なんだ。
たまには、飲みに行くか」
「うん。誘って」
「わかったよ。じゃあな」
「はーい」
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