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14.アズ・ポーン3

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 しばらく、二人とも黙っていた。
 僕は考えていた。
 歌穂ちゃんが欲しい。
 結局のところ、行きつく答えは、それしかなかった。
「それで? どうする?」
「……えっ?」
「その、……セックスの話」
「え、えっ。しない方向で、話は終わったんだと思ってました」
「だよね」
「え、わかんない。したいの……?」
「ちがう」
「ほんとに?」
「うん」
 嘘だった。だけど、恐ろしいと感じているのも事実だった。
「キスだけ。いい?」
「いいですよ……。っていうか、もう、許可とか、いらないですよ」
 かわいいことを言われてしまった。
 上半身だけ、ベッドの上に乗りあげた。
 頬を両手で包んで、キスをした。
 すぐに、奪うようなキスになっていった。
 深いキスの後で、首にもキスをした。
「さ、……のさん、んっ、あん……」
 止まれなくなっていた。手を首から下に下ろそうとして、思いとどまった。
「だめ……」
「ごめんね」
 小さな口の中に、舌を入れた。歌穂ちゃんの舌は、僕には応えなかった。
 息が苦しそうだった。
 もう、だめかな。
 口を離すと、歌穂ちゃんが大きく息を吸って、吐いた。
 それから、咎めるような視線を僕に送った。
「くるしい」
「ごめんなさい」
「セックスみたいなキスするの、やめて。……セックスしたこと、ないけど」
「そうなんだよね。ねえ、歌穂ちゃん」
「……なんですか」
「僕は、まだしないけど。お願いだから、他の男にはさせないでね」
「ないですよ! なんで、そんなこと……」
「いや。つまり、お酒の席とかに、なるべく行かないでね、ってこと。
 歌穂ちゃんはきれいだし、かわいいから。酔わされたりしないでね」
「お酒、のまないです。安心してください」
「心配だよー」
「ばっかみたい。だったら、今すぐ、したらいいじゃないですか」
「……いいの?」
 真剣な気持ちで、歌穂ちゃんの目を見つめた。黒い瞳が、戸惑ったように揺れた。
「い、いや」
「だよね」
「だって。急に、そんな顔しないで」
「こわかった?」
「ううん。かっこいい……」
 ぐわーっと、劣情としか言いようのない感情がこみ上げてきた。
 どうしようもなかった。
「お風呂を借りていい?」
「はい」
「頭を冷やしてくる」
 歌穂ちゃんの返事はなかった。

 シャワーを浴びた。
 下着はそのままで、バスタオルだけ巻いて出た。
 リビングにある洋服箪笥から、僕のルームウェアを探して、借りた。
 寝室に戻ると、歌穂ちゃんはすやすやと寝息を立てていた。
 あまり眠れていなかったのかもしれない。
 カーテンを閉めた。かなり暗くなった。
 ゆっくり寝かせてあげよう。

 リビングに戻った。ふと、何かしてあげたいと思った。
 何時頃まで寝るのか、わからないけど。起きた時に、歌穂ちゃんが食べられそうなものを作れないだろうか。

 携帯で検索して、リゾットを作ることにした。
 卵と野菜だけの。
 ごはんが少なすぎるのか、それとも、そういう料理なのか、ほとんどスープみたいに見えた。

 午後二時近くになって、歌穂ちゃんが起きてきた。
「おはよう」
「うん……」
 ねぼけたような顔をしていた。
 台所のガス台の上にある鍋を見て、「えっ」と言った。
 急ぎ足で近よって、蓋を開けた。「えーっ」と言った。
「……これ、どうしたの?」
「作った」
「すごい、ちゃんとしてる。ほんとは、料理できるじゃないですか!」
「できないよ。ネットで、レシピを探した」
 蓋を戻して、僕をふり返る。
「あたしのために?」
「うん」
「うれしい……」
 歌穂ちゃんの頬が、赤くなっていく。かわいいなと思った。
「かわいい」
「かわいくないです」
「かわいいよ。一緒に、食べてくれる?」
「もちろん……。先に、写真を撮っていいですか?」
「いいけど」
「祐奈に送ります。びっくりすると思う」
「……かもね」

 歌穂ちゃんは、完食してくれた。うれしかった。
「おいしかったです」
「よかった。まだ、休んでてもいいよ」
「でも……」
「僕も、寝室に行くから」
「じゃあ、はい」

 まだ暗くしたままの寝室で、歌穂ちゃんが小さなキャンドルに火を点した。
 レモンのような匂いがした。
「こういうの、好き?」
「ううん。たまたま、お店で見かけて。うっかり、買っちゃったの」
「あんまり、物を買わないよね。歌穂ちゃんは」
「そうかも……」
「お金はあっても、使いたくない?」
「そんなことないです。でも、むだにしたくないっていう気持ちは、あります。
 あたしが、どんな思いで……」
 ぶつりと言葉が切れた。僕には聞かせたくないと思ってくれたのかもしれない。
「いいよ。正直に言ってくれて、ぜんぜん構わない」
「いいです。聞いても、楽しい話じゃないし……。
 つらかったけど。ふつうの人が十年くらいかけて稼ぐようなお金を、三年で稼いだんだってことは、わかってます」
「そうだね」
「……あのね。甘えても、いい?」
 どういう意味だろう。考えている間に、歌穂ちゃんが体をよせてきた。
「え、まって」
「ぎゅうって、して」
「はい」
 返事がおかしくなった。

 僕の腕の中で、じっとしている。本物の猫みたいだった。
「かわいい」
 歌穂ちゃんの手が、僕の腕を撫でた。歌穂ちゃんをかわいがっているつもりでいたけれど、実のところ、僕がかわいがられているような気もした。
「昨日は、なにしてたの……?」
「いろいろ。仕事のこととか。あと、家事も」
「ごはん、作りに行けなかった。まだ、ありますか」
「あるよ。元気になるまでは、無理しなくていいからね」
「うん……」

 それから、夕ごはんの時間まで、二人でくっついていた。
 夕ごはんは、冷凍のパスタを、歌穂ちゃんが冷蔵庫から出してくれた。
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