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12.アズ・ポーン2

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 七月二十九日。金曜日の夜。
 あたしは、東京湾に浮かぶ、白い客船の中にいた。

 夕ごはん……ちがう、ディナーをいただいたのは、赤いじゅうたんが敷かれた部屋だった。
 天井から、シャンデリアが吊られてる。
 すべての空間が、セレブのためのものって感じだった。
 あたしなりに、せいいっぱい、おしゃれにしてきたつもりだったけど。足りなかったらしい。
「ごめんなさい。もっと、おしゃれにしてくればよかった」
 こんな感じだって、わかってなかった。
 女の人たちは、ほとんどの人が、ドレスみたいに見える服を着ていた。
「気にしないで。僕の目からは、歌穂ちゃんが一番かわいく見えてるよ」
「……そういう考え方って、幸せですよね」

 おいしいごはんの後は、夜景を見るために、デッキに出た。
 海の上を、風が吹いてる。夏だけど、ずいぶん寒く感じた。
 薄手のカーディガンが、ばたばたと動く。風に飛ばされそうだった。
 あたしの手を、沢野さんの手が取って、つないでくれた。
 まっくらな海の向こうに、ビルの光が見える。それから……。
「レインボーブリッジだね」
「ああ……。そうですね。
 きれいですね」
 きらきら光ってる。
 眠らない街。そんな言葉が、頭に浮かんだ。
 この景色を、あたしは、ずっと忘れないだろう。沢野さんの手の、あたたかさも……。

「喜んでもらえた?」
「もちろん……。あたしには、ぜいたくすぎるくらい」
「そんなことないよ」
「あらっ。沢野さん」
 後ろから、女の人の声が聞こえた。
「吉田さん」
 あたしと手をつないだまま、沢野さんが後ろを向いた。
 スーツ姿の女の人がいた。ふわっとした髪が長い。きれいな人だった。
「デート?」
「そう。南さん。こちらは、職場の先輩の吉田さん」
「はじめまして……。こんばんは」
「こんばんは。年は上だけど、仕事上では、私が部下なの。
 お若いのね。おいくつ?」
「二十一です」
「あら……」
 吉田さんが、はっとしたような顔になった。あたしから視線が動いて、沢野さんを見た。
「大丈夫です。合意の上でのデートです」
 沢野さんが、ため息まじりに言った。
「だといいけど。ねえ、南さん。
 この人、変わってるでしょう」
「はい」
「そこは、同意されたくなかったなー」
「ごめんなさい」
 沢野さんに謝った。
「いいのよ。自分に正直なことは美徳であって、欠点ではないから」
「吉田さん。
 バートナーの男性は、どこですか。僕たちに構ってる時間、あるの?」
「ひとり、です! 独身女性にだって、夜景を楽しむ権利はあります」
「ごめんなさい」
 今度は、沢野さんが吉田さんに謝った。
「それからね、沢野さん。今どき、女性のパートナーが男性だと限定するのは、どうかと思いますよ」
「うん。そうだね。ごめんね」
「お邪魔しました。またね。南さん」
「はい……」
 吉田さんは、デッキを横ぎって、向こう側に移動していった。

「きれいな人ですね」
「……うん」
「あたし……あたしたちって、ふつりあいに見えますよね。やっぱり」
「そんなことないよ」
「そうかな……。でも、あたし、余分に年を取ることはできないです」
「できないし、しなくていいから。
 ごめんね。僕が、歌穂ちゃんを好きになっちゃったから。いろいろ、悩ませちゃってるのかもしれないけど。
 僕は、歌穂ちゃんのことを諦めるつもりはないから」
 強い口調で、言いきってくれた。泣きそうになった。
「うん……。うれしい、です」
「泣かないで。吉田さんから、罵倒されたくないよ」
「ののしられるの?」
「歌穂ちゃんが泣いてるのを見られたらね」
「いい人なんですね」
「そうだね」
「泣いてないです」
 あたしの手を、沢野さんが、ぎゅっと握った。強い力だった。
「中に入る?」
「ううん……。もっと、見ていたい」
 あなたのことを。あなたと見られる、この景色を。

 客船が港に着くまで、ずっと外にいた。
 歩いて、客船から下りる。乗船した時と同じ場所まで戻った。
 足の裏が、まだ揺れてるような気がした。もう、海の上にはいないはずなのに。
「揺れてるみたい」
「僕も」
「ホテルに移動するんですよね」
「うん。すぐ近くだよ」

 本当に、すぐ近くだった。数分しか歩かなかった。
 沢野さんがフロントで受付をして、部屋の鍵をもらった。
「何階ですか?」
「十四階」
「えぇ……」
「ごめんね。部屋は選べなかった」
「それなら、しょうがないです」
「行こうか」
 エレベーターで、上まで上がっていく。
 沢野さんは、あんまり話さなかった。あたしも。

 部屋の中に入って、息をのんだ。
「ここに、泊まるんですよね」
「うん。嫌だった?」
「ううん……」
 豪華なベッドがあった。ふかふかに見える布団も、すごい感じ。布団の上には、いろんな糸を織ってるみたいな、高そうなカバーがかかっていた。
 問題は、部屋のランクじゃなかった。もっと、別のところにあった。
 ベッドがひとつしかない。
「広いから、大丈夫だよ。お互いに、はしっこに寝れば」
 あたしの心を読んだみたいに、沢野さんが言った。
「お風呂に行っておいで。先に入りたいでしょ?」
「は、はい」

 ちゃんとしたお風呂がついていた。
 早めに上がった。
 ホテルのスリッパを履いて、ベッドが置いてある方に歩いていく。
 携帯用のチェス盤が、ベッドの上に置かれていた。
「早かったね」
「先に入らせてもらったから……。次、どうぞ」
「うん。行ってくる」
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