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12.アズ・ポーン2
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歩いてる途中で、電話がかかってきた。沢野さんだった。
「こんばんは」
「歌穂ちゃん。明日と明後日って、空いてる?」
「空いてます」
「デートしよう。いい?」
「はい」
いきなり、誘われてしまった。うれしかった。
「夜景を見に行くよ」
「……夜景?」
「うん。いわゆるクルーズだね。
明日の夜なんだけど。知り合いの人から、チケットをもらったから。
船に乗った後で、ホテルに泊まるんだよ。
行けそう?」
「いいですけど……」
「迎えに行くよ。午後六時に、部屋にいてもらっていい?」
「はい。あの、夕ごはんは、食べておいた方がいいですか?」
「ううん。食事は、向こうで食べられるから」
「あ、そうなんですか」
いつのまにか、信号のすぐ手前にいた。いつから、青だったんだろう。
「友也。先に行って」
スマホを顔から離して、友也に言った。
「いいよ。待ってる」
信号が点滅しはじめた。
「お友達?」
「あ、はい」
「気をつけてね。もう遅いよ」
「はい。タクシーで、帰ります」
「じゃあね」
あたしが返事をする前に、切られてしまった。なんか、怒ってる……?
不安になってしまった。
「歌穂さん?」
「ごめん。あたし、家じゃなくて、彼のところに行く」
「いいよ。これ、持っていって」
ぽち袋みたいなのを、薄いジャンパーのポケットから、友也が出してきた。
「なに? これ」
「タクシー代。あと、これまでの交通費」
封はしていなかった。中には、折りたたんだお札が入っていた。
「一万円……。友也さあ。いつも、こんなことしてるの?」
「違うよ。チップ用に、持ち歩いてるだけ」
「チップって。料亭でも、あげてたの?」
「うん。こっそりね。配ぜんの人とかに」
「はー……」
すごい世界だ。考えられなかった。
「ごめんね。あたし、タクシーは、自分で拾えるから。
このお金も……いらない」
「お願いだから、取っておいて。歌穂さんには、迷惑をかけまくってるって、わかってるから」
「わかった。じゃあ、もらうね。
友也は、歩いて帰るの?」
「うん。近いから」
「そっか……。じゃあ、またね」
手をふって、友也と別れた。
歩きだしながら、あたしから電話をかけた。
一分くらいは、鳴らしていたと思う。出てくれなかった。
「なんでー……」
どんどん、不安になる。
わかってる。スマホを握りしめながら、生きてる人なんていない。たまたま、とれなかっただけ。
タクシーを拾って、部屋に帰った。
お風呂に入って、ほっと一息ついた。
「歌穂ちゃん。ごめんね。気づかなくて」
午後十一時になる前に、やっと、沢野さんから電話がかかってきた。やっと、っていう感じだった。
「明日のこと?」
「ううん。友達と別れてから、今日、そっちに行こうかと思ってたの」
「……ごめんね」
「いいです。あたしが、ちゃんと言わなかったから。
明日、楽しみにしてます」
「うん」
「仕事が終わってから、うちに来るの?」
「そうだね」
「じゃあ、がんばってください。……がんばって、って、へんですね」
「変じゃないよ。がんばる」
「うん……。沢野さん」
「うん?」
「あたし、あの……」
「好き」っていう言葉が、出てこない。
がくぜんとした。あたし、この人に、好きって、言ったことがない……。
もう、こんなに、好きなのに。どういうこと?
「歌穂ちゃん?」
「ううん。あの、おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
「好きだよ」って、言われてるみたいな「おやすみ」だった。
いい声。あたしの頭の中で、反響して、ずっと、こだまみたいに響いてる。
ふるえる指で、スマホの画面にふれて、通話を切った。
「やばい……」
「こんばんは」
「歌穂ちゃん。明日と明後日って、空いてる?」
「空いてます」
「デートしよう。いい?」
「はい」
いきなり、誘われてしまった。うれしかった。
「夜景を見に行くよ」
「……夜景?」
「うん。いわゆるクルーズだね。
明日の夜なんだけど。知り合いの人から、チケットをもらったから。
船に乗った後で、ホテルに泊まるんだよ。
行けそう?」
「いいですけど……」
「迎えに行くよ。午後六時に、部屋にいてもらっていい?」
「はい。あの、夕ごはんは、食べておいた方がいいですか?」
「ううん。食事は、向こうで食べられるから」
「あ、そうなんですか」
いつのまにか、信号のすぐ手前にいた。いつから、青だったんだろう。
「友也。先に行って」
スマホを顔から離して、友也に言った。
「いいよ。待ってる」
信号が点滅しはじめた。
「お友達?」
「あ、はい」
「気をつけてね。もう遅いよ」
「はい。タクシーで、帰ります」
「じゃあね」
あたしが返事をする前に、切られてしまった。なんか、怒ってる……?
不安になってしまった。
「歌穂さん?」
「ごめん。あたし、家じゃなくて、彼のところに行く」
「いいよ。これ、持っていって」
ぽち袋みたいなのを、薄いジャンパーのポケットから、友也が出してきた。
「なに? これ」
「タクシー代。あと、これまでの交通費」
封はしていなかった。中には、折りたたんだお札が入っていた。
「一万円……。友也さあ。いつも、こんなことしてるの?」
「違うよ。チップ用に、持ち歩いてるだけ」
「チップって。料亭でも、あげてたの?」
「うん。こっそりね。配ぜんの人とかに」
「はー……」
すごい世界だ。考えられなかった。
「ごめんね。あたし、タクシーは、自分で拾えるから。
このお金も……いらない」
「お願いだから、取っておいて。歌穂さんには、迷惑をかけまくってるって、わかってるから」
「わかった。じゃあ、もらうね。
友也は、歩いて帰るの?」
「うん。近いから」
「そっか……。じゃあ、またね」
手をふって、友也と別れた。
歩きだしながら、あたしから電話をかけた。
一分くらいは、鳴らしていたと思う。出てくれなかった。
「なんでー……」
どんどん、不安になる。
わかってる。スマホを握りしめながら、生きてる人なんていない。たまたま、とれなかっただけ。
タクシーを拾って、部屋に帰った。
お風呂に入って、ほっと一息ついた。
「歌穂ちゃん。ごめんね。気づかなくて」
午後十一時になる前に、やっと、沢野さんから電話がかかってきた。やっと、っていう感じだった。
「明日のこと?」
「ううん。友達と別れてから、今日、そっちに行こうかと思ってたの」
「……ごめんね」
「いいです。あたしが、ちゃんと言わなかったから。
明日、楽しみにしてます」
「うん」
「仕事が終わってから、うちに来るの?」
「そうだね」
「じゃあ、がんばってください。……がんばって、って、へんですね」
「変じゃないよ。がんばる」
「うん……。沢野さん」
「うん?」
「あたし、あの……」
「好き」っていう言葉が、出てこない。
がくぜんとした。あたし、この人に、好きって、言ったことがない……。
もう、こんなに、好きなのに。どういうこと?
「歌穂ちゃん?」
「ううん。あの、おやすみなさい」
「うん。おやすみ」
「好きだよ」って、言われてるみたいな「おやすみ」だった。
いい声。あたしの頭の中で、反響して、ずっと、こだまみたいに響いてる。
ふるえる指で、スマホの画面にふれて、通話を切った。
「やばい……」
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