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12.アズ・ポーン2
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「ねえ、あたしはね。父親が誰かも知らない。母親の行方も、今はわからない。
たぶん、友也の方が、あたしよりも、ずっと大事に育てられてきたと思うよ。
そのことに、感謝っていったら、おかしいけど……ありがたいって、思ってもらいたい。たとえ、友也のお父さんが、犯罪をおかしていたとしても」
「歌穂さんって、そういう人だったんだ」
「うん」
「だから、強く見えるのかな……。
僕は、父に対する嫌悪感の方が強い。理解できないんだ。
あの日記に書かれていることの、すべてが理解できない。『どうして、そうなるんだよ』の連続だよ。
醜悪な犯罪行為が、さらっと書いてある。どのページにも……。
もちろん、僕のことも書いてあるけど。
ひどいことばかり書いてある日記に、『今日は、友也の中学校で文化祭があった』とか、ふつうに書いてあるんだよ。
気が狂いそうになる。僕が何も知らずに生きていた裏側で、何が行われていたのかを考えると……」
「そうなんだ……。それは、しんどいね」
「うん。しんどい」
「少し、その日記から離れて、蒔田さんにお願いしちゃったら?
友也は、お父さんとは違うんだよ。お父さんがしたことは、お父さん自身のこと。友也は関係ない」
「だけど、一緒に暮らしてた。ずっと、そばにいた……。
父が亡くなるまで」
「そばにいても、日記を読むまでは、わからなかったんでしょう。
だったら、友也のせいじゃない。
今やらないといけないことは、めそめそ泣くことじゃなくて、その小さな女の子を、早く助けてあげることなんじゃないの?」
「……うん。そうだよね」
「助けてあげたいとは、思ってない?」
「ううん。でも、助けるっていうのとは、違うかな。
本来の場所に、戻ってもらう……。つまり、僕が、今いる場所に」
「友也は、おうちから出るってこと?」
「そうなると思う。というか、そうじゃないと、いけない……」
「ねえ。この話って、誰にも言っちゃいけないんだよね?」
「うん。そうしてほしい」
「じゃあさ。悪いんだけど、これからは、あんまりこまかい情報は、あたしに与えないでくれる?
沢野さんにも、言わないでほしいんだよね?」
「うん」
「ごめんね。いろんなことを知っちゃうと、言っちゃいそうだから。
あたしが誰かに相談しても、解決するような話じゃないし……。
あたしに言うのは、友也の気持ちだけでいいから」
「わかった。ありがとう……」
「顔が、ぐちゃぐちゃだよ」
「ごめんなさい」
友也が、自分の鞄からポケットティッシュを出した。あたしがあげたやつとは、ちがうやつだった。
「前のは、使いきったの?」
「すぐに。長野でもさ、ずっと、べそべそしてたんだよ。
蒔田さんから、かなり怒られた。『かわいそうなのは、お前じゃねーからな。この日記の中の、この子が、かわいそうだと思わねーのか!』って」
「そんな感じなんだ。かっこいいね」
「かっこいいよ。背も高くて。大柄だけど、やせてるから、しゅっとしてるし。
口は悪いけど、何でも、はっきり言ってくれる」
「いいな。あたしも、会ってみたい」
「探偵さんだからね。歌穂さんが依頼人として会う機会は、なさそうだね」
「そうかな……」
ふっと、母親の顔が頭をよぎった。でもすぐに、ないなと思い直した。
今さら会ったところで、いいふうになるとも思えなかったから。
けっきょく、九時すぎになっても、友也と一緒にいる。
料亭は九時に出て、二人で、赤坂の街をぶらついていた。
友也は、料亭を出てからは、お父さんの話はしなかった。
祐奈の顔が、ちらっと浮かんだ。もし時間があれば、顔だけ出して帰ろうかなとか、思っていたけど。八時くらいに、あたしから「帰る」と言ってもよかったのかもしれない。
まあでも、いいか……。
友也は、少しは落ちついたみたいだった。あたしと会うだけで、そうなったんだとしたら、来てよかったなと思った。
「遅くまで、ごめんね。タクシーを拾うよ」
「あ、ありがとう……。いいのかな」
「もちろん。大通りに出るから、ついてきて」
「うん」
たぶん、友也の方が、あたしよりも、ずっと大事に育てられてきたと思うよ。
そのことに、感謝っていったら、おかしいけど……ありがたいって、思ってもらいたい。たとえ、友也のお父さんが、犯罪をおかしていたとしても」
「歌穂さんって、そういう人だったんだ」
「うん」
「だから、強く見えるのかな……。
僕は、父に対する嫌悪感の方が強い。理解できないんだ。
あの日記に書かれていることの、すべてが理解できない。『どうして、そうなるんだよ』の連続だよ。
醜悪な犯罪行為が、さらっと書いてある。どのページにも……。
もちろん、僕のことも書いてあるけど。
ひどいことばかり書いてある日記に、『今日は、友也の中学校で文化祭があった』とか、ふつうに書いてあるんだよ。
気が狂いそうになる。僕が何も知らずに生きていた裏側で、何が行われていたのかを考えると……」
「そうなんだ……。それは、しんどいね」
「うん。しんどい」
「少し、その日記から離れて、蒔田さんにお願いしちゃったら?
友也は、お父さんとは違うんだよ。お父さんがしたことは、お父さん自身のこと。友也は関係ない」
「だけど、一緒に暮らしてた。ずっと、そばにいた……。
父が亡くなるまで」
「そばにいても、日記を読むまでは、わからなかったんでしょう。
だったら、友也のせいじゃない。
今やらないといけないことは、めそめそ泣くことじゃなくて、その小さな女の子を、早く助けてあげることなんじゃないの?」
「……うん。そうだよね」
「助けてあげたいとは、思ってない?」
「ううん。でも、助けるっていうのとは、違うかな。
本来の場所に、戻ってもらう……。つまり、僕が、今いる場所に」
「友也は、おうちから出るってこと?」
「そうなると思う。というか、そうじゃないと、いけない……」
「ねえ。この話って、誰にも言っちゃいけないんだよね?」
「うん。そうしてほしい」
「じゃあさ。悪いんだけど、これからは、あんまりこまかい情報は、あたしに与えないでくれる?
沢野さんにも、言わないでほしいんだよね?」
「うん」
「ごめんね。いろんなことを知っちゃうと、言っちゃいそうだから。
あたしが誰かに相談しても、解決するような話じゃないし……。
あたしに言うのは、友也の気持ちだけでいいから」
「わかった。ありがとう……」
「顔が、ぐちゃぐちゃだよ」
「ごめんなさい」
友也が、自分の鞄からポケットティッシュを出した。あたしがあげたやつとは、ちがうやつだった。
「前のは、使いきったの?」
「すぐに。長野でもさ、ずっと、べそべそしてたんだよ。
蒔田さんから、かなり怒られた。『かわいそうなのは、お前じゃねーからな。この日記の中の、この子が、かわいそうだと思わねーのか!』って」
「そんな感じなんだ。かっこいいね」
「かっこいいよ。背も高くて。大柄だけど、やせてるから、しゅっとしてるし。
口は悪いけど、何でも、はっきり言ってくれる」
「いいな。あたしも、会ってみたい」
「探偵さんだからね。歌穂さんが依頼人として会う機会は、なさそうだね」
「そうかな……」
ふっと、母親の顔が頭をよぎった。でもすぐに、ないなと思い直した。
今さら会ったところで、いいふうになるとも思えなかったから。
けっきょく、九時すぎになっても、友也と一緒にいる。
料亭は九時に出て、二人で、赤坂の街をぶらついていた。
友也は、料亭を出てからは、お父さんの話はしなかった。
祐奈の顔が、ちらっと浮かんだ。もし時間があれば、顔だけ出して帰ろうかなとか、思っていたけど。八時くらいに、あたしから「帰る」と言ってもよかったのかもしれない。
まあでも、いいか……。
友也は、少しは落ちついたみたいだった。あたしと会うだけで、そうなったんだとしたら、来てよかったなと思った。
「遅くまで、ごめんね。タクシーを拾うよ」
「あ、ありがとう……。いいのかな」
「もちろん。大通りに出るから、ついてきて」
「うん」
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