バージン・クイーン -強面のイケメンのところに、性欲解消目的で呼ばれるデリヘル嬢の話-

福守りん

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12.アズ・ポーン2

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 七月二十八日。
 木曜日の昼間に、友也から連絡があった。
 『突然ごめんなさい。今日、会いたい』って。
 友也以外の子だったら、急すぎるって理由で断ったかもしれない。
 でも、あたしは友也の事情を知っていたし、大学も夏休みに入っていたから、断る理由はなかった。
 あたしが通ってる大学は、夏休みが始まるのが早いらしい。他の大学のことはよくわからないから、同じ学年の瑠璃るりちゃんからそう言われても、「そうなんだ」としか、返せなかった。
 瑠璃ちゃんとは、夏休みに遊ぼうと約束をした。あたしのことを「歌穂ちゃん」と呼んでくれる、貴重な存在だ。ぽやんとした子で、すごく大人しい。かわいい。

『いいよ。どこがいいの?』
『歌穂さんの部屋……は、だめだよね』
『あんまり、よくない。食事ができるところで、個室とか。
 行けそうなところ、ある?』
『ある』
『じゃあ、住所を送って』
『うん』

 送られてきたお店の名前と住所で、検索してみた。
 お店の写真を見てみた。明らかに料亭だった。
「うわー……」
 どんな格好で行けばいいんだろうか。

 夕方になった。
 着がえてる途中で、また着信があった。
 祐奈だった。『今日、遊びにくる? 今週は、今日がお休みで、明日がバイトなの』って。
「タイミングわるい……」
 がっかりしてしまった。友也との約束は、キャンセルできない。
 午後六時から食事をして、友也の話を聞いて、それから行く? ……だめだ。時間が遅すぎる。
 せっかく誘ってもらったけど、断らないといけない。
 『今日は、なしで』とだけ送った。


 LINEで言われた時間に、友也から指定された場所に行った。
 人生初の料亭。ここが本当に料亭なのかどうか、さだかじゃないけど……。
 古めかしい日本家屋の中には、わびさびって感じの空間が広がっていた。
 リクルートスーツみたいな格好で、来てしまった。Tシャツとジーンズじゃまずいってことは、さすがにわかっていた。
「お名前をちょうだいいたします」
「南です」
「どうぞ。こちらへ」
 女将さんらしい人に案内されて、広い廊下を歩く。

 友也があたしを見て、「すごい。びしっとしてる」と言った。ほめてくれてるのか、単純に驚いてるだけなのか、よくわからなかった。
 友也の服を見て、やられたと思った。
「なんで、ジーンズなの……」
「えっ。ごめんなさい。しょっちゅう来てるから、許されるかと」
「あたしもジーンズにすればよかった。まじで」
「そうだね。ごめん。僕が言うべきだった」
「で? 友也の話は?」
「先に、食べよう。おいしいよ」
「……わかった」

 確かに、おいしかった。祐奈と来たかったなと思うくらいには。
 焼き魚のメイン料理と、和食のおかずがたくさん。デザートはくずもちと、すきとおったゼリーみたいな和菓子だった。

「どうだった?」
「おいしかった……。これ、友也のおごり?」
「もちろん」
「ありがとう。ごちそうさま」
「どういたしまして」
 友也が笑った。作りものみたいな、完璧な笑顔だった。
 その顔が、くずれていく。
 笑顔がはがれ落ちていくみたいだった。深く傷ついたような顔で、あたしを見てくる。
 目が赤かった。ああ、と思った。
 泣いちゃうな、って。
「大丈夫?」
「歌穂さんの占いのとおりだった」
「どういうこと?」
「僕は『道化』だった」
 初めて会った日にした、「ファースト・インプレッション」の結果のことを言っているらしい。あの時の友也は、愚者フールのカードを引いた。
「ただの遊びだよ。気にするようなことじゃない」
「そうかな……」
 もう泣いていた。男の子が泣くなんて、とは思わないけど……。
 かわいそうで、見てられなかった。友也は、祐奈に似てるし。
「あー、もう。泣きたいだけ、泣いてもいいけどさ……。
 お母さんとかに、話してる? あたしや、蒔田さんじゃなくて」
「話せない。……いや、話すよ。
 父の日記の調査が終わったら」
「調査って……。それ、仕事じゃないよね?」
「仕事だと思ってないと、やってられない。
 父のことを尊敬してたんだ。大好きだった。でも……。
 今はもう、僕が見ていたのは、父の偶像なんだって、思うようになってしまった」
「……かわいそうに」
 他に、言葉がなかった。
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