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12.アズ・ポーン2

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 七月四日。月曜日。
 三田駅の中で、待ち合わせた。
 改札の外に、友也がいた。改札をとおって、あたしのところまで歩いてくる。
 この前みたいな、よれよれっとした感じじゃなかった。髪はまっすぐになってるし、服も、あの日みたいな服じゃなかった。
 お父さんが亡くなる前の友也と同じような、きちんとした印象に戻っていた。
「歌穂さん」
「これ」
 沢野さんから預かった、蒔田さんの名刺を渡した。
「ありがとう」
 両手で、大事そうに受けとってくれた。
蒔田まきたさんには『沢野さんから紹介されました』って、言ってね」
「うん」
 顔を下に向けて、名刺をじっと見ている。不安そうに見えた。
「あたしも、一緒に行こうか?」
「……どうしようかな。ほんとは、来てもらいたいけど。
 これは、僕がやるべきことだから。一人で行くよ」
「わかった。がんばってね」
「うん。ありがとう……」
「いつ行くの?」
「今日、かな。このまま、行ってくる。
 終わったら、電話してもいい?」
「いいよ。待ってる」
「歌穂さんは、これからどうするの?」
「どうしようかな。ぶらついてから、帰る」
「そっか。じゃあ、またね」
「うん。行っておいで」
 あたしに軽く頭を下げて、歩きだす。友也は、新宿の方に行くホームに向かったみたいだった。
 あたしは、Suicaを読みとる機械に当てて、改札を出た。

 このあたりは、サークルのイベントがある度に来てるから、初めてじゃない。
 でも、いつも友也の大学にまっすぐ向かっていたから、駅のまわりを歩いたことはなかった。
 ちょっと歩いて、芝浦公園に行ってみた。
 高いビルのすぐ近くに、芝生がある。かなり大きい。ベンチで本を読んだりするのに、よさそうだった。
 子供たちが、かけっこをして遊んでいた。横に小学校があるからかな……。
「おねえちゃん。なにしてんの?」
 話しかけられてしまった。五年生くらいの、男の子だった。
 髪が短い。運動が得意そうな子に見えた。
「えぇ? 散歩……」
「これ、おれのカード。レアなやつ」
 頼みもしないのに、ゲームのカードを見せられた。自慢してるみたいだった。
「すごいね」
 他に、どう返していいのかわからなかった。男の子が、にやっとした。
「近くに住んでるの?」
「うん。だいがくせい?」
「……うん」
「ここの、ちかくの?」
「ちがう。そんなに、頭よくない」
「まじか」
「てつー。ナンパはだめだぜー」
 ちゃらそうな子が来た。
「してねーし!」
「あたし、行くね。暗くなる前に、帰るんだよ」
 二人に声をかけると、「はいっ」「はーい」と返事が返ってきた。
 芝生をつっきって、先に進んだ。
 どういうふうにやりとりをしたらいいのか、わからなかったから、さっさと切りあげてしまった。祐奈や西東さんだったら、もっとちがう対応ができたのかもしれない。
 少し、どきどきしていた。あたしがどんな仕事をしていたのか、あの子たちは知らない。あの子たちが考えもしないような仕事があって、あたしは、それに三年も費やしてしまった。
 たまに……そう、たまに、叫びだしそうになる時がある。
 貧乏なフリーターで、どうして、満足できなかったんだろうって。
 沢野さんが、ものすごく大事なものにふれるみたいに、あたしにふれてくれる度に、申しわけないような気持ちになる。
 あたしがデリヘル嬢で、沢野さんがお客さんとして出会っていたら、いろんなサービスをしていたはずだった。もちろん、セックスはしなかっただろうけど。
 ふり返った。あの男の子たちは、他の女の子たちとしゃがみこんで、なにかしていた。楽しそうだった。

 三田駅に戻って、あてもなく、来た電車に乗った。
 下りた駅で、ショッピングモールに入った。
 なにかを探してたわけじゃないけど、いろんなお店に入っては、中にあるものを見たり、手に取ったりした。
 小さなガラスに入ってる、レモンの香りのアロマキャンドルを買った。沢野さんといる時に、使ってみようかと思って。
 今は、仕事をしてるはず……。あたしも、部屋に帰って勉強した方がいいのかもしれない。
 どこにいても、なにをしていても、沢野さんの気配を感じてる。
 沢野さんの声が好き。いい声をしてるって、たぶん、本人はわかってない。
 ふざけてる時も、声はふざけてない。説明がむずかしいけど……。

 ひとりで、うろうろしていた。
 街をさまよってるみたいだった。

 ショッピングモールの中のフードコートで、夕ごはんを食べて、帰った。
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