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12.アズ・ポーン2
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布団を敷いてから、床の上に座りこんだ。
疲れていた。体じゃなくて、心が。
友也は、今も、ひとりで悩んでるんだろうか。
沢野さんが、あたしの後ろに回りこんでくる。腕が回されて、後ろから、あたしの体を抱きかかえた。
「さわのさん?」
「ごめんね。少しだけ、こうさせて」
「いいですけど……。
後ろからって、どきどきする」
「そう?」
「うん……。顔が見えないから、かも」
「こわい?」
「ううん」
そのまま、抱きかかえられた状態で、沢野さんと話をした。三十分くらい。
あたしは、人へのガードが固い方だと思う。祐奈以外の人には、それが誰であっても、塩対応をしてる自覚はあった。
でも、今はそうじゃない。
沢野さんや西東さんには、あたしの弱いところをさらけ出して、話をしたりしてる。友也や真琴さんとも、本音で話せてる……と思う。
「沢野さん」
「うん?」
「あたし……」
あたしを捨てないで。頭に浮かんだ言葉を、あたしが口にすることはなかった。
この人は、あたしをベランダに閉じこめたまま、置きざりにしたりはしない。そう信じられたし、信じたいと思っていた。
「歌穂ちゃん?」
「ううん……」
沢野さんの手に、手でふれた。あたしの手を、ぎゅっとにぎってくれる。
幸せだなと思った。現実じゃないみたい。
この人が、あたしの恋人だなんて。……恋人なの?
「ねえ……。キス、したい」
「うん。いいよ」
体ごと、後ろを向いた。沢野さんが笑っていて、どきっとした。
「ん、……」
すぐに、キスしてくれた。
沢野さんとキスするのが好き。あたしの体を、大きな手がなでてくれる。
だんだん、息がしづらくなる。背中とか、腰とかをさわっていた手が、体の前の方に移動してくるのを感じていた。
首と胸の間のあたりに、手を置かれた。
あたしは、抵抗しなかった。もう、逃げたくなかった。沢野さんに、ぜんぶまかせようと思った。
体の奥が、じんとしびれて、あたしの全身が甘くなってるような感じがしていた。
どうしよう。されちゃう……。
「さわのさん……?」
手が、そっと離れた。体も離れていって、距離ができた。
「歌穂ちゃん」
「……はい」
「あのね……」
そう言ってから、なにも言わないで、黙ってしまった。
「なに?」
「なんでもない。寝ようか」
「はあ……」
まだ、いいってこと?
安心したような、不安になるような……。
複雑な気分だった。
「じゃあね。おやすみ」
「おやすみなさい」
沢野さんは、腰から下だけタオルケットをかけていて、足をのばして座っている。
自分のベッドに上がる前に、沢野さんのタオルケットの中に入ってみた。
「え、ちょっ……」
あわててる。
寝ころんだ。タオルケットから顔だけ出して、沢野さんを見た。
「どうしたの?」
「入ってみたかったの」
「あのねえ……。あー、もう」
片手で、茶色の髪をかきまわす仕草が好き。
あたしの横で、沢野さんが寝そべっていく。
「かわいいなー」
ぎゅうって、された。あったかかった。
「眠くないの?」
「うん……」
「少し、話そうか」
「うん」
「どんな話がいい?」
「チェスの話。大会とかには、出ないんですか?」
「今は、そういう予定はないね」
「どうして?」
「歌穂ちゃんに夢中だから」
「……は?」
「ごめんね。それは、理由のうちの半分で、もう半分は……」
あたしの目をのぞきこむようにして、話してくれてる。
「国内でやれることは、一通りやれたような気がしてる。これ以上を望むなら、海外の大会に出るとか、かな」
「出たいんですか?」
「ううん。今は、そういう気分じゃないね」
「そう……」
「何かを好きになって、夢中になることって、呪いに似てない?」
「は?」
「何度も捨てようとしても、必ず戻ってくる……。
ひとつのものを崇めて、愛することは、呪いに似てると思う」
「そう、ですかね。
あたしを……その、好きだと思うのも、呪いですか?」
「ううん。これは、恋愛の話じゃない。趣味とか、生き方の話だよ」
「あたしは、タロットが好きだけど。呪いみたいには、感じてないです」
「そうだよね。僕が、おかしいだけなのかもしれない」
「おかしくないですよ。なんのことだか、さっぱり、わからないけど……」
「うん」
「あたし、最近、小説を読むようになったんです。
大学に入ってからできた、友達の影響で……」
「そうなんだ。どう?」
「面白いですよ。女の人の作家さんの本ばっかり、読んでます。
でも、主人公の女の子のお母さんが出てくると、どきっとする」
「どうして?」
「あたしが知ってる人と、小説の中のお母さんが、ちがいすぎて。
これがふつうなんだって、思う。心配になる。あたし、こんなふうになれるのかなって……」
沢野さんの目が、うるうるしてる。泣いちゃうのかなと思った。
「泣かないで、ください」
「ごめんね」
「あたしが、かわいそうですか?」
「ちがう。かわいいなと思うだけ」
「……ありがとうございます」
顔が近づいてきた。
やさしいキスだった。目を閉じて、うっとりしていた。
あたしの体を抱いたまま、動かない手を、少しだけ、もどかしいと思った。
キスだけして、眠ることになった。もちろん、別々に。
あたしが灯りを消して、ベッドで横になった。
なかなか眠れなかった。
沢野さんは、もう寝てるみたいだった。
タオルケットをめくって、ベッドから下りた。
台所に行って、友也にLINEを送った。来週の月曜日に、大学が終わってから、会えないかなって。
返事は、すぐにきた。
『僕が歌穂さんの大学に行くよ』って。それは断って、友也の大学の近くの駅で、待ち合わせをすることにした。
疲れていた。体じゃなくて、心が。
友也は、今も、ひとりで悩んでるんだろうか。
沢野さんが、あたしの後ろに回りこんでくる。腕が回されて、後ろから、あたしの体を抱きかかえた。
「さわのさん?」
「ごめんね。少しだけ、こうさせて」
「いいですけど……。
後ろからって、どきどきする」
「そう?」
「うん……。顔が見えないから、かも」
「こわい?」
「ううん」
そのまま、抱きかかえられた状態で、沢野さんと話をした。三十分くらい。
あたしは、人へのガードが固い方だと思う。祐奈以外の人には、それが誰であっても、塩対応をしてる自覚はあった。
でも、今はそうじゃない。
沢野さんや西東さんには、あたしの弱いところをさらけ出して、話をしたりしてる。友也や真琴さんとも、本音で話せてる……と思う。
「沢野さん」
「うん?」
「あたし……」
あたしを捨てないで。頭に浮かんだ言葉を、あたしが口にすることはなかった。
この人は、あたしをベランダに閉じこめたまま、置きざりにしたりはしない。そう信じられたし、信じたいと思っていた。
「歌穂ちゃん?」
「ううん……」
沢野さんの手に、手でふれた。あたしの手を、ぎゅっとにぎってくれる。
幸せだなと思った。現実じゃないみたい。
この人が、あたしの恋人だなんて。……恋人なの?
「ねえ……。キス、したい」
「うん。いいよ」
体ごと、後ろを向いた。沢野さんが笑っていて、どきっとした。
「ん、……」
すぐに、キスしてくれた。
沢野さんとキスするのが好き。あたしの体を、大きな手がなでてくれる。
だんだん、息がしづらくなる。背中とか、腰とかをさわっていた手が、体の前の方に移動してくるのを感じていた。
首と胸の間のあたりに、手を置かれた。
あたしは、抵抗しなかった。もう、逃げたくなかった。沢野さんに、ぜんぶまかせようと思った。
体の奥が、じんとしびれて、あたしの全身が甘くなってるような感じがしていた。
どうしよう。されちゃう……。
「さわのさん……?」
手が、そっと離れた。体も離れていって、距離ができた。
「歌穂ちゃん」
「……はい」
「あのね……」
そう言ってから、なにも言わないで、黙ってしまった。
「なに?」
「なんでもない。寝ようか」
「はあ……」
まだ、いいってこと?
安心したような、不安になるような……。
複雑な気分だった。
「じゃあね。おやすみ」
「おやすみなさい」
沢野さんは、腰から下だけタオルケットをかけていて、足をのばして座っている。
自分のベッドに上がる前に、沢野さんのタオルケットの中に入ってみた。
「え、ちょっ……」
あわててる。
寝ころんだ。タオルケットから顔だけ出して、沢野さんを見た。
「どうしたの?」
「入ってみたかったの」
「あのねえ……。あー、もう」
片手で、茶色の髪をかきまわす仕草が好き。
あたしの横で、沢野さんが寝そべっていく。
「かわいいなー」
ぎゅうって、された。あったかかった。
「眠くないの?」
「うん……」
「少し、話そうか」
「うん」
「どんな話がいい?」
「チェスの話。大会とかには、出ないんですか?」
「今は、そういう予定はないね」
「どうして?」
「歌穂ちゃんに夢中だから」
「……は?」
「ごめんね。それは、理由のうちの半分で、もう半分は……」
あたしの目をのぞきこむようにして、話してくれてる。
「国内でやれることは、一通りやれたような気がしてる。これ以上を望むなら、海外の大会に出るとか、かな」
「出たいんですか?」
「ううん。今は、そういう気分じゃないね」
「そう……」
「何かを好きになって、夢中になることって、呪いに似てない?」
「は?」
「何度も捨てようとしても、必ず戻ってくる……。
ひとつのものを崇めて、愛することは、呪いに似てると思う」
「そう、ですかね。
あたしを……その、好きだと思うのも、呪いですか?」
「ううん。これは、恋愛の話じゃない。趣味とか、生き方の話だよ」
「あたしは、タロットが好きだけど。呪いみたいには、感じてないです」
「そうだよね。僕が、おかしいだけなのかもしれない」
「おかしくないですよ。なんのことだか、さっぱり、わからないけど……」
「うん」
「あたし、最近、小説を読むようになったんです。
大学に入ってからできた、友達の影響で……」
「そうなんだ。どう?」
「面白いですよ。女の人の作家さんの本ばっかり、読んでます。
でも、主人公の女の子のお母さんが出てくると、どきっとする」
「どうして?」
「あたしが知ってる人と、小説の中のお母さんが、ちがいすぎて。
これがふつうなんだって、思う。心配になる。あたし、こんなふうになれるのかなって……」
沢野さんの目が、うるうるしてる。泣いちゃうのかなと思った。
「泣かないで、ください」
「ごめんね」
「あたしが、かわいそうですか?」
「ちがう。かわいいなと思うだけ」
「……ありがとうございます」
顔が近づいてきた。
やさしいキスだった。目を閉じて、うっとりしていた。
あたしの体を抱いたまま、動かない手を、少しだけ、もどかしいと思った。
キスだけして、眠ることになった。もちろん、別々に。
あたしが灯りを消して、ベッドで横になった。
なかなか眠れなかった。
沢野さんは、もう寝てるみたいだった。
タオルケットをめくって、ベッドから下りた。
台所に行って、友也にLINEを送った。来週の月曜日に、大学が終わってから、会えないかなって。
返事は、すぐにきた。
『僕が歌穂さんの大学に行くよ』って。それは断って、友也の大学の近くの駅で、待ち合わせをすることにした。
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