124 / 206
11.スイート・キング5
5-7
しおりを挟む
沢野さんが帰って、ひと息ついた時には、十一時半になっていた。
「ごめん」
礼慈さんから、謝られてしまった。
「ううん。扇子を買ったの、わたし、ぜんぜん気づかなかった」
「あれは、二日に買ったんだよ。奥の方に、工芸品のコーナーがあって。
見てない?」
「見てないです……。見たかったー」
「ごめん」
「いいですけど……」
ふーっと、息を吐いた。おなかが痛いなと思った。
たくさんしゃべったから、のども痛い。
「疲れた?」
「うん。なんか、おなかが痛くなってきました」
「えっ」
「はじまっちゃいそう……。歯みがきして、寝ます」
「ごめん」
「礼慈さんのせいじゃないです。毎月、くるんだから」
寝室を暗くして、先に寝ることにした。わたしのベッドで。
しばらくしてから、礼慈さんが来た。
「大丈夫?」
心配そうな声で聞かれた。
「うん。……だっこ、して」
「いいよ」
わたしのベッドに、礼慈さんが上がってきた。
「こっちでいいの?」
「うん」
「前から?」
「後ろから、がいい」
「分かった」
横になったままで、背中から、だっこしてもらった。あったかくて、安心した。
「おなか、手でさわって」
「……うん」
「もっと、下です。このへん」
痛くなってきたところに、礼慈さんの手を置いてもらった。
「あったかい……」
礼慈さんの息が、わたしの頭にかかる。
「ねちゃいそう」
「寝ていいよ。おやすみ」
「うん……」
「明日は、どんなふうに過ごしたい?」
「えぇー? だらだらします。れいじさんは?」
「俺も、そうする」
「いいの?」
「うん。あ、そうだ」
「なあに?」
「防犯ブザーを買おうと思ってる。通販で探すから。君が選んで」
「うん……。わたしも、持つけど。礼慈さんも、持ってください」
「俺が持つの?」
「だって。いつ、なにがあるか、わからないじゃないですか。
あと、笛も買いましょう」
「笛?」
「災害に遭った時に、笛があると、居場所がわかるんです」
「ああ……。いいけど。
だったら、非常用の水とか、食料も買おうか」
「いいと思います。明日は、それを探しましょう。通販で」
「ごめん。眠れなくなった?」
「うん。そうかも」
「まだ、触ってた方がいい?」
「ううん。どうして?」
「祐奈の顔が見たい」
「じゃあ、礼慈さんのベッドに移動してください」
「うん」
腕がほどけた。礼慈さんが、わたしのベッドから下りる。
背中が、すうすうした。
礼慈さんのベッドに寝そべって、わたしを見てくる。
「目が、腫れてるな」
「しょうがないです。泣いたから。
礼慈さんも、ですよ」
「だろうな」
「悲しかったけど、少し、ほっとしました。
歌穂には、ずっと、言えなかったから。わたし以外の誰かに、あの話を聞いてもらいたかったの」
「そうか……」
「人間って、こわいですよね」
「なに。急に」
「歌穂の、お母さんのことです。もしかしたら、心の病気とか、だったのかもしれないけど……。
どうして、あんなひどいことができたんでしょう。でもね、もしかしたら……」
「うん?」
「歌穂のお母さんも、そういう、ひどいことをされながら、育った人なのかもしれません。
わたしは、すごく、大事にしてもらった記憶があるんです。お父さんと、お母さんから。だからね……」
わたしは、家族がほしい。いつか、赤ちゃんを生んで、その子と……その子たちと、幸せに暮らしていきたい。
素直に、言えばいいのかもしれない。でも、言えなかった。
礼慈さんが、わたしをじっと見ている。
笑いかけてみた。
言葉は、人を縛ってしまう。わたしが願うことが、礼慈さんの心を縛ったりするのは、いやだなと思った。
「言って。続きは?」
「ううん。ねえ、キスしませんか」
礼慈さんは、びっくりしたような顔をした。ちょっと考えるような間があってから、「やめておく」と言われた。
「紘一が来る前に、しただろ。君は、すごくかわいかった。
キスしたら、止まれなくなる……」
「そう……?」
「うん。だから、しない。
だるかったのに、俺につき合ってくれて、ありがとう」
「そんなこと……。まだ、したいの?」
「誘ってる?」
「わかんない……」
「お腹は?」
「だいじょうぶ……みたい」
「いいの?」
礼慈さんの顔から、目が離せなかった。きれい……。
「う、うん。いい」
ゆっくり手がのびてきて、肩にふれられた。
「つらかったら、言って。途中でも」
「うん……」
やさしく、してくれた。
わたしは、すごく、ぬれてた。
深く、奥まで愛されてる時に、「きゃあ、あん」って、叫ぶみたいにあえいでしまった。きもちよくって……。
とろとろに、溶かされたような気分だった。
「大丈夫?」
「うん。二回も、しちゃった」
「そうだな」
「歌穂に、悪いような気がします」
「……なんで?」
「だって。歌穂も沢野さんも、がまんしてるのに……」
「我慢する必要、あるのかな」
「えっ?」
「いけないことだとは、俺は思わないけど。二人が惹かれ合ってるのは、よく分かってるし……。
歌穂さんが嫌じゃないなら、あとは、紘一自身の問題だっていう気がする」
「でも、泣いちゃったって。歌穂が」
「君だって、泣きそうに見える時があるよ。初めてした時だって」
「ああ……。そうでしたね。
泣きそうでした。泣いてたかも」
「かわいかった。今も、かわいいけど」
「ありがとうー。
わたしのことを、ぜんぶ知ってるのは、礼慈さんだけなんですよね」
「うん」
「すごい……。うれしいです」
「あんまり、かわいいことばっかり言うの、やめて」
「なんで、ですか」
「正気を失いそうになる」
「だめです」
「分かってる。もう、寝よう」
「うん……。おやすみなさい」
「おやすみ」
「ごめん」
礼慈さんから、謝られてしまった。
「ううん。扇子を買ったの、わたし、ぜんぜん気づかなかった」
「あれは、二日に買ったんだよ。奥の方に、工芸品のコーナーがあって。
見てない?」
「見てないです……。見たかったー」
「ごめん」
「いいですけど……」
ふーっと、息を吐いた。おなかが痛いなと思った。
たくさんしゃべったから、のども痛い。
「疲れた?」
「うん。なんか、おなかが痛くなってきました」
「えっ」
「はじまっちゃいそう……。歯みがきして、寝ます」
「ごめん」
「礼慈さんのせいじゃないです。毎月、くるんだから」
寝室を暗くして、先に寝ることにした。わたしのベッドで。
しばらくしてから、礼慈さんが来た。
「大丈夫?」
心配そうな声で聞かれた。
「うん。……だっこ、して」
「いいよ」
わたしのベッドに、礼慈さんが上がってきた。
「こっちでいいの?」
「うん」
「前から?」
「後ろから、がいい」
「分かった」
横になったままで、背中から、だっこしてもらった。あったかくて、安心した。
「おなか、手でさわって」
「……うん」
「もっと、下です。このへん」
痛くなってきたところに、礼慈さんの手を置いてもらった。
「あったかい……」
礼慈さんの息が、わたしの頭にかかる。
「ねちゃいそう」
「寝ていいよ。おやすみ」
「うん……」
「明日は、どんなふうに過ごしたい?」
「えぇー? だらだらします。れいじさんは?」
「俺も、そうする」
「いいの?」
「うん。あ、そうだ」
「なあに?」
「防犯ブザーを買おうと思ってる。通販で探すから。君が選んで」
「うん……。わたしも、持つけど。礼慈さんも、持ってください」
「俺が持つの?」
「だって。いつ、なにがあるか、わからないじゃないですか。
あと、笛も買いましょう」
「笛?」
「災害に遭った時に、笛があると、居場所がわかるんです」
「ああ……。いいけど。
だったら、非常用の水とか、食料も買おうか」
「いいと思います。明日は、それを探しましょう。通販で」
「ごめん。眠れなくなった?」
「うん。そうかも」
「まだ、触ってた方がいい?」
「ううん。どうして?」
「祐奈の顔が見たい」
「じゃあ、礼慈さんのベッドに移動してください」
「うん」
腕がほどけた。礼慈さんが、わたしのベッドから下りる。
背中が、すうすうした。
礼慈さんのベッドに寝そべって、わたしを見てくる。
「目が、腫れてるな」
「しょうがないです。泣いたから。
礼慈さんも、ですよ」
「だろうな」
「悲しかったけど、少し、ほっとしました。
歌穂には、ずっと、言えなかったから。わたし以外の誰かに、あの話を聞いてもらいたかったの」
「そうか……」
「人間って、こわいですよね」
「なに。急に」
「歌穂の、お母さんのことです。もしかしたら、心の病気とか、だったのかもしれないけど……。
どうして、あんなひどいことができたんでしょう。でもね、もしかしたら……」
「うん?」
「歌穂のお母さんも、そういう、ひどいことをされながら、育った人なのかもしれません。
わたしは、すごく、大事にしてもらった記憶があるんです。お父さんと、お母さんから。だからね……」
わたしは、家族がほしい。いつか、赤ちゃんを生んで、その子と……その子たちと、幸せに暮らしていきたい。
素直に、言えばいいのかもしれない。でも、言えなかった。
礼慈さんが、わたしをじっと見ている。
笑いかけてみた。
言葉は、人を縛ってしまう。わたしが願うことが、礼慈さんの心を縛ったりするのは、いやだなと思った。
「言って。続きは?」
「ううん。ねえ、キスしませんか」
礼慈さんは、びっくりしたような顔をした。ちょっと考えるような間があってから、「やめておく」と言われた。
「紘一が来る前に、しただろ。君は、すごくかわいかった。
キスしたら、止まれなくなる……」
「そう……?」
「うん。だから、しない。
だるかったのに、俺につき合ってくれて、ありがとう」
「そんなこと……。まだ、したいの?」
「誘ってる?」
「わかんない……」
「お腹は?」
「だいじょうぶ……みたい」
「いいの?」
礼慈さんの顔から、目が離せなかった。きれい……。
「う、うん。いい」
ゆっくり手がのびてきて、肩にふれられた。
「つらかったら、言って。途中でも」
「うん……」
やさしく、してくれた。
わたしは、すごく、ぬれてた。
深く、奥まで愛されてる時に、「きゃあ、あん」って、叫ぶみたいにあえいでしまった。きもちよくって……。
とろとろに、溶かされたような気分だった。
「大丈夫?」
「うん。二回も、しちゃった」
「そうだな」
「歌穂に、悪いような気がします」
「……なんで?」
「だって。歌穂も沢野さんも、がまんしてるのに……」
「我慢する必要、あるのかな」
「えっ?」
「いけないことだとは、俺は思わないけど。二人が惹かれ合ってるのは、よく分かってるし……。
歌穂さんが嫌じゃないなら、あとは、紘一自身の問題だっていう気がする」
「でも、泣いちゃったって。歌穂が」
「君だって、泣きそうに見える時があるよ。初めてした時だって」
「ああ……。そうでしたね。
泣きそうでした。泣いてたかも」
「かわいかった。今も、かわいいけど」
「ありがとうー。
わたしのことを、ぜんぶ知ってるのは、礼慈さんだけなんですよね」
「うん」
「すごい……。うれしいです」
「あんまり、かわいいことばっかり言うの、やめて」
「なんで、ですか」
「正気を失いそうになる」
「だめです」
「分かってる。もう、寝よう」
「うん……。おやすみなさい」
「おやすみ」
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる