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11.スイート・キング5
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「ちょっと、さびしいけど。いいことです。
わたしも、歌穂以外に、もっと、友達を作らないと……」
「僕でいいじゃん。だめ?」
「えっ。沢野さんは、わたしの友達……ですか?」
「うん。もう、そのつもりだけど」
「えー。うれしいです……」
うれしくって、笑ってしまった。礼慈さんの顔が、少し険しくなったのは、見えてたけど、見えなかったことにした。
「ところで、伊豆はどうだったの?」
「今さらか。楽しかったよ。
お土産があるから。持って帰って」
「え。ありがとー。なに?」
「持ってくる」
礼慈さんが立って、歩きだした。
「知ってる? 祐奈ちゃん」
「ううん。もしかしたら、くさやとか?」
「えぇー。それは、あんまり嬉しくない」
「そうですよね……。わからないです」
少しして、礼慈さんが、細長い箱を持ってきた。
「お箸?」
わたしが聞くと、「違う」と返ってきた。
沢野さんを見た。見て、息をのんだ。
真顔だった。ついさっきまで、わたしと話していた時の顔とは、ぜんぜん違っていた。
沢野さんの横に、礼慈さんが座った。
礼慈さんが両手で持って、差しだしたものを、沢野さんが両手で受けとった。
なにかの儀式みたいに、厳かな感じだった。
「扇子だね」
「どうして、扇子……?」
「理由は、おいおい」
沢野さんが、笑いながら言った。
「祐奈ちゃんにも、わかってもらえる時がくるかな……」
「それは、紘一次第だろ」
「うん……。僕の寝室、見たの?」
「見たよ。隠してもいなかっただろ」
「うん。最近は、彼女もいなかったし。完全に油断してたよね。
突然だったよ。僕が帰った時点で、祐奈ちゃんと礼慈が泊まるって話になってた」
「嫌だった?」
「ううん。嬉しかった。にぎやかだったね。
べつに、隠してもよかったんだけど。書斎に持っていったら、歌穂ちゃんに見られちゃうなと思って。かといって、寝室に、あれだけのものを隠す場所なんて、ないし。
礼慈に見られて、多少からかわれても、まあいいかなって」
「からかう理由がない」
「そう? そっか……。そうだよね。
だから、こういうものを、僕にくれたんだもんね。
ごめんね。祐奈ちゃんには、訳がわからない話を、少しだけさせてね」
「はい。大丈夫です」
「僕は、変わってきたと思う。届かないものを追って、苦しんだことも、あったけど……。一番大切だったのは、それを好きだと思う、僕自身の心だった。
歌穂ちゃんと出会って、変わったんだ。
純粋に、何かに打ちこんでる人の姿は、こんなにも美しいんだなって……。
歌穂ちゃんが、あの仕事をしてる時の姿を、僕は知らないけど。自分の夢を信じて、頑張っていたことは、痛いほどわかる。
初めて歌穂ちゃんを見た時にね、まるで……。光を見たような気がした。
光って見えたんだよ。神様みたいに、神々しく見えた。それは、……僕が、ずっと大事にしていたものに、それをしてる人たちの姿に、初めて触れた時に感じたものと、すごくよく似ていた」
「……それで?」
「今すぐじゃないけど。何かを、できれば。
草の根の活動とか、そういうものでもいい。過去の僕だったら、そんなことは考えもしなかっただろうけど。それは負けだとすら、思っていたかも。
だってね。歌穂ちゃんは、自分を犠牲にして、家族でもない女の子たちを救おうとしてたんだよ。
歌穂ちゃん自身が……」
沢野さんは、口を閉じた。そっと伏せた目から、座卓の上に、ぽたっと涙が落ちた。
扇子の箱を持つ両手が、ぶるぶると震えていた。
「……ごめん。壊しちゃうな」
手から力が抜けて、箱を座卓に下ろすのが見えた。
「あの子は、あの人は、美しい人だ。
僕がふさわしいのかどうかは、わからないけど……。
大事にしたい。一緒に、生きていきたい。
ずっと……」
歌穂を美しいという沢野さんも、わたしからは、美しく見えた。
泣いている沢野さんを、礼慈さんが心配そうに見ている。その様子を見て、ああ、友達って、いいなあ……と思った。
沢野さんが、箱から扇子を出した。
すらっと開いた。きれいな手の動きだった。
伊豆の海みたいな、深い青の布が貼られている。柄はなかった。青から、青緑のグラデーションになっている。
持ち手の部分は、木みたいだった。
「絹かな」
「たぶん」
「色が微妙だね」
「返品する。返して」
「やだ」
「いや、ほんとに。気に入らないんだったら、いいから」
「うそだよ。もー。なんで、こういうものを……。
好きな色だよ。作りもいい。これ、どこにあったの?」
「旅館の売店だよ。近くに、工房があるらしくて。ずらっと並んでた。
見たら、買わざるを得なかった」
「立派な扇子だよ。見れば、わかる……。
高かったよね?」
「そこそこ」
「心の中が、ぐちゃぐちゃなんだけど。
歌穂ちゃんのことで、悲しいのに。礼慈から、これをもらって、嬉しくなっちゃってるし……。
まじで、明日、仕事がなくてよかった。
あと、明日は、歌穂ちゃんとデートする……」
「いいんじゃないの。すれば」
「抱きしめちゃいそう。嫌がられなかったら、いい?」
「いいと思う」
「あ、わたしの分も、だっこしてきてあげてください」
「うん。わかった」
わたしも、歌穂以外に、もっと、友達を作らないと……」
「僕でいいじゃん。だめ?」
「えっ。沢野さんは、わたしの友達……ですか?」
「うん。もう、そのつもりだけど」
「えー。うれしいです……」
うれしくって、笑ってしまった。礼慈さんの顔が、少し険しくなったのは、見えてたけど、見えなかったことにした。
「ところで、伊豆はどうだったの?」
「今さらか。楽しかったよ。
お土産があるから。持って帰って」
「え。ありがとー。なに?」
「持ってくる」
礼慈さんが立って、歩きだした。
「知ってる? 祐奈ちゃん」
「ううん。もしかしたら、くさやとか?」
「えぇー。それは、あんまり嬉しくない」
「そうですよね……。わからないです」
少しして、礼慈さんが、細長い箱を持ってきた。
「お箸?」
わたしが聞くと、「違う」と返ってきた。
沢野さんを見た。見て、息をのんだ。
真顔だった。ついさっきまで、わたしと話していた時の顔とは、ぜんぜん違っていた。
沢野さんの横に、礼慈さんが座った。
礼慈さんが両手で持って、差しだしたものを、沢野さんが両手で受けとった。
なにかの儀式みたいに、厳かな感じだった。
「扇子だね」
「どうして、扇子……?」
「理由は、おいおい」
沢野さんが、笑いながら言った。
「祐奈ちゃんにも、わかってもらえる時がくるかな……」
「それは、紘一次第だろ」
「うん……。僕の寝室、見たの?」
「見たよ。隠してもいなかっただろ」
「うん。最近は、彼女もいなかったし。完全に油断してたよね。
突然だったよ。僕が帰った時点で、祐奈ちゃんと礼慈が泊まるって話になってた」
「嫌だった?」
「ううん。嬉しかった。にぎやかだったね。
べつに、隠してもよかったんだけど。書斎に持っていったら、歌穂ちゃんに見られちゃうなと思って。かといって、寝室に、あれだけのものを隠す場所なんて、ないし。
礼慈に見られて、多少からかわれても、まあいいかなって」
「からかう理由がない」
「そう? そっか……。そうだよね。
だから、こういうものを、僕にくれたんだもんね。
ごめんね。祐奈ちゃんには、訳がわからない話を、少しだけさせてね」
「はい。大丈夫です」
「僕は、変わってきたと思う。届かないものを追って、苦しんだことも、あったけど……。一番大切だったのは、それを好きだと思う、僕自身の心だった。
歌穂ちゃんと出会って、変わったんだ。
純粋に、何かに打ちこんでる人の姿は、こんなにも美しいんだなって……。
歌穂ちゃんが、あの仕事をしてる時の姿を、僕は知らないけど。自分の夢を信じて、頑張っていたことは、痛いほどわかる。
初めて歌穂ちゃんを見た時にね、まるで……。光を見たような気がした。
光って見えたんだよ。神様みたいに、神々しく見えた。それは、……僕が、ずっと大事にしていたものに、それをしてる人たちの姿に、初めて触れた時に感じたものと、すごくよく似ていた」
「……それで?」
「今すぐじゃないけど。何かを、できれば。
草の根の活動とか、そういうものでもいい。過去の僕だったら、そんなことは考えもしなかっただろうけど。それは負けだとすら、思っていたかも。
だってね。歌穂ちゃんは、自分を犠牲にして、家族でもない女の子たちを救おうとしてたんだよ。
歌穂ちゃん自身が……」
沢野さんは、口を閉じた。そっと伏せた目から、座卓の上に、ぽたっと涙が落ちた。
扇子の箱を持つ両手が、ぶるぶると震えていた。
「……ごめん。壊しちゃうな」
手から力が抜けて、箱を座卓に下ろすのが見えた。
「あの子は、あの人は、美しい人だ。
僕がふさわしいのかどうかは、わからないけど……。
大事にしたい。一緒に、生きていきたい。
ずっと……」
歌穂を美しいという沢野さんも、わたしからは、美しく見えた。
泣いている沢野さんを、礼慈さんが心配そうに見ている。その様子を見て、ああ、友達って、いいなあ……と思った。
沢野さんが、箱から扇子を出した。
すらっと開いた。きれいな手の動きだった。
伊豆の海みたいな、深い青の布が貼られている。柄はなかった。青から、青緑のグラデーションになっている。
持ち手の部分は、木みたいだった。
「絹かな」
「たぶん」
「色が微妙だね」
「返品する。返して」
「やだ」
「いや、ほんとに。気に入らないんだったら、いいから」
「うそだよ。もー。なんで、こういうものを……。
好きな色だよ。作りもいい。これ、どこにあったの?」
「旅館の売店だよ。近くに、工房があるらしくて。ずらっと並んでた。
見たら、買わざるを得なかった」
「立派な扇子だよ。見れば、わかる……。
高かったよね?」
「そこそこ」
「心の中が、ぐちゃぐちゃなんだけど。
歌穂ちゃんのことで、悲しいのに。礼慈から、これをもらって、嬉しくなっちゃってるし……。
まじで、明日、仕事がなくてよかった。
あと、明日は、歌穂ちゃんとデートする……」
「いいんじゃないの。すれば」
「抱きしめちゃいそう。嫌がられなかったら、いい?」
「いいと思う」
「あ、わたしの分も、だっこしてきてあげてください」
「うん。わかった」
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