バージン・クイーン -強面のイケメンのところに、性欲解消目的で呼ばれるデリヘル嬢の話-

福守りん

文字の大きさ
上 下
122 / 206
11.スイート・キング5

5-5

しおりを挟む
「顔を洗いましょう。あと、おいしいものを食べましょう。用意します。
 元気をださないと……。
 来週から月末まで、祝日がないんですよ。仕事モードに、戻さないと。……わたしは、バイトだけど」
「そうだねー」
 沢野さんの声を聞きながら、立ち上がって、廊下に出た。
 礼慈さんは泣いてた。まだ泣いてた。
 鼻の頭が、まっ赤になっていた。
「わたしより、泣いてるじゃないですかー……」
「だって。歌穂さんの入学祝いを水筒にした俺は、間違ってた。
 商品券十万円分が、妥当だった」
「それは、ちがうと思う……」
「そうかな」
「そうですよ。わたしたちは、沢野さんとは別のやり方で、歌穂を甘やかしましょう」
「えっ? どういうこと?」
 沢野さんも、廊下に出てきた。
「大学の帰りに、うちで夕ごはんを食べたりするのは、どうかなって。
 泊まってもらうのは、あの……わたしが嫉妬しちゃいそうだから、だめです」
「嫉妬するの?」
「うん……。歌穂に、だけじゃなくて。礼慈さんにも、しそうだから。
 わたしはわたしで、複雑なんです」
「そうみたいだね」
「泊まらなくても、一緒にお風呂には、入れますから」
「やめて。想像したくない……」
「ごめんなさい。気持ち悪いですよね」
「そうじゃない。そうじゃないんだよー」
 沢野さんの顔は、まっ赤になっていた。
 あっと思った。沢野さんが来る前に、礼慈さんと話していたこと……。
 わたしと歌穂が、一緒にお風呂に入るってことを知って、礼慈さんと沢野さんも、どきどきしたって。
 えっ? つまり、……えっ?
「歌穂だけじゃなくて、わたしのことも想像したってこと、ですか」
「ごめんね! ご本人を目の前にして。
 女の子同士で、お風呂に入るとか……。独身の男には、刺激が強すぎるんだってー」
「そ、そうなんですか?
 ぜんぜん、ふつうですよ。なんか、世間話とか、しながら……。
 沢野さんのお風呂のシャンプーが、高そうとか。ばかみたいな話をしてました。あ、それは、わたしが」
「なにそれ。かわいすぎる……。
 あのシャンプーは、そこまで高くはないです。知り合いの美容室で、割引きで買わせてもらってます」
「そうなんですか。いいな……」
「祐奈ちゃんの分も、買ってあげようか?」
「えっ。いいんですか……?」
「いいよ」
「だめだ。紘一と同じシャンプーなんて、嫌だ。
 祐奈のために買うんだったら、せめて、別の香りにして」
「おっとー。めんどくさいな……」
「ごめんなさい。わたし、軽い気持ちで……。いいです。大丈夫です」

 三人で、お菓子を食べながら話している。
 礼慈さんが座卓を持ってきてくれたので、その上に、お菓子と飲みものを置いていた。
 礼慈さんは、ビールを飲んでいる。沢野さんは、「僕も飲みたいなー」とぼやいていた。
「ひとつ、納得いかないっていうか。歌穂ちゃんには、言えないことがあって」
「はい。なんでしょうか」
「礼慈は、歌穂ちゃんの裸を知ってるんだよね。つまり、二人でお風呂に入ってるところを想像してる時に、僕のはただの妄想だけど、礼慈のは、かつて見た記憶の再現なんだよね。それがねえ、なんか、納得いかない……」
「お前なあ。それは、言ったらだめだろ」
「そうかな」
「そうだよ。歌穂さんが……もう、はっきり言うけど、デリヘルの仕事をしてなかったら、俺と歌穂さんは出会ってない。
 俺を認識した歌穂さんが、傷ついてる祐奈を、俺に会わせることもない。
 去年のクリスマスの日に、祐奈を紘一に紹介することもないし、その次の日に、カニにつられてのこのこ現れた紘一が、歌穂さんに勝手に惚れることもない。
 全ては繋がってる。それを一部分だけ切り取って、俺だけ得をしたみたいな言い方をするのは、卑怯だろ」
「得っていうか……。
 僕も、見たいんだよね。すごく見たい。見せてほしい。
 でも、見たら、ぜったい、我慢できないと思う」
「じゃあ、やめとけよ。お前が言ったんだぞ。何だったかな……。
 『するのは、かんたん』、『したいとも、思ってる』。それで、『それだけじゃないな』って」
「よく覚えてるね」
「これ、一月末の話だからな。あれから、半年も経ってないんだぞ」
「わかってるよっ。でもさあ、あの、ねえ。
 礼慈と祐奈ちゃんは、してるんだよね」
「してるよ。当たり前だろ」
「あー。やっぱり、六才差と九才差は、ちがうよね。
 歌穂ちゃんって、ものすごく幼く見える時があるんだよ。それも、だめだって思う理由のひとつなんだけど」
「あのー……」
「うん?」
「わたし、それ、すごいと思います。
 だってね。歌穂は、施設では、すごく気が強いって、大人びてるって、みんなから思われてました。施設に来たばかりの頃は、ちがったんですけど……。
 いつのまにか、そういうキャラみたいに思われるようになってたんです。
 沢野さんの前では、素の、もともとの歌穂が、出てくるってことですよね」
「そうなのかな……。わかんないけど、かわいいよ。とにかく、かわいい」
「よかったです。これからも、かわいがってあげてください」
「うん。はい。最近はね、大学で、男の子の友達ができたみたいで。
 三十路になったおじさんとしては、もう、やきもきするばかりだよね」
「そうなんですか。わたし、知らない……」
「祐奈の手を離れていったんだな」
 礼慈さんが言った。ああ、そうかもしれないと思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...