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11.スイート・キング5

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「顔を洗いましょう。あと、おいしいものを食べましょう。用意します。
 元気をださないと……。
 来週から月末まで、祝日がないんですよ。仕事モードに、戻さないと。……わたしは、バイトだけど」
「そうだねー」
 沢野さんの声を聞きながら、立ち上がって、廊下に出た。
 礼慈さんは泣いてた。まだ泣いてた。
 鼻の頭が、まっ赤になっていた。
「わたしより、泣いてるじゃないですかー……」
「だって。歌穂さんの入学祝いを水筒にした俺は、間違ってた。
 商品券十万円分が、妥当だった」
「それは、ちがうと思う……」
「そうかな」
「そうですよ。わたしたちは、沢野さんとは別のやり方で、歌穂を甘やかしましょう」
「えっ? どういうこと?」
 沢野さんも、廊下に出てきた。
「大学の帰りに、うちで夕ごはんを食べたりするのは、どうかなって。
 泊まってもらうのは、あの……わたしが嫉妬しちゃいそうだから、だめです」
「嫉妬するの?」
「うん……。歌穂に、だけじゃなくて。礼慈さんにも、しそうだから。
 わたしはわたしで、複雑なんです」
「そうみたいだね」
「泊まらなくても、一緒にお風呂には、入れますから」
「やめて。想像したくない……」
「ごめんなさい。気持ち悪いですよね」
「そうじゃない。そうじゃないんだよー」
 沢野さんの顔は、まっ赤になっていた。
 あっと思った。沢野さんが来る前に、礼慈さんと話していたこと……。
 わたしと歌穂が、一緒にお風呂に入るってことを知って、礼慈さんと沢野さんも、どきどきしたって。
 えっ? つまり、……えっ?
「歌穂だけじゃなくて、わたしのことも想像したってこと、ですか」
「ごめんね! ご本人を目の前にして。
 女の子同士で、お風呂に入るとか……。独身の男には、刺激が強すぎるんだってー」
「そ、そうなんですか?
 ぜんぜん、ふつうですよ。なんか、世間話とか、しながら……。
 沢野さんのお風呂のシャンプーが、高そうとか。ばかみたいな話をしてました。あ、それは、わたしが」
「なにそれ。かわいすぎる……。
 あのシャンプーは、そこまで高くはないです。知り合いの美容室で、割引きで買わせてもらってます」
「そうなんですか。いいな……」
「祐奈ちゃんの分も、買ってあげようか?」
「えっ。いいんですか……?」
「いいよ」
「だめだ。紘一と同じシャンプーなんて、嫌だ。
 祐奈のために買うんだったら、せめて、別の香りにして」
「おっとー。めんどくさいな……」
「ごめんなさい。わたし、軽い気持ちで……。いいです。大丈夫です」

 三人で、お菓子を食べながら話している。
 礼慈さんが座卓を持ってきてくれたので、その上に、お菓子と飲みものを置いていた。
 礼慈さんは、ビールを飲んでいる。沢野さんは、「僕も飲みたいなー」とぼやいていた。
「ひとつ、納得いかないっていうか。歌穂ちゃんには、言えないことがあって」
「はい。なんでしょうか」
「礼慈は、歌穂ちゃんの裸を知ってるんだよね。つまり、二人でお風呂に入ってるところを想像してる時に、僕のはただの妄想だけど、礼慈のは、かつて見た記憶の再現なんだよね。それがねえ、なんか、納得いかない……」
「お前なあ。それは、言ったらだめだろ」
「そうかな」
「そうだよ。歌穂さんが……もう、はっきり言うけど、デリヘルの仕事をしてなかったら、俺と歌穂さんは出会ってない。
 俺を認識した歌穂さんが、傷ついてる祐奈を、俺に会わせることもない。
 去年のクリスマスの日に、祐奈を紘一に紹介することもないし、その次の日に、カニにつられてのこのこ現れた紘一が、歌穂さんに勝手に惚れることもない。
 全ては繋がってる。それを一部分だけ切り取って、俺だけ得をしたみたいな言い方をするのは、卑怯だろ」
「得っていうか……。
 僕も、見たいんだよね。すごく見たい。見せてほしい。
 でも、見たら、ぜったい、我慢できないと思う」
「じゃあ、やめとけよ。お前が言ったんだぞ。何だったかな……。
 『するのは、かんたん』、『したいとも、思ってる』。それで、『それだけじゃないな』って」
「よく覚えてるね」
「これ、一月末の話だからな。あれから、半年も経ってないんだぞ」
「わかってるよっ。でもさあ、あの、ねえ。
 礼慈と祐奈ちゃんは、してるんだよね」
「してるよ。当たり前だろ」
「あー。やっぱり、六才差と九才差は、ちがうよね。
 歌穂ちゃんって、ものすごく幼く見える時があるんだよ。それも、だめだって思う理由のひとつなんだけど」
「あのー……」
「うん?」
「わたし、それ、すごいと思います。
 だってね。歌穂は、施設では、すごく気が強いって、大人びてるって、みんなから思われてました。施設に来たばかりの頃は、ちがったんですけど……。
 いつのまにか、そういうキャラみたいに思われるようになってたんです。
 沢野さんの前では、素の、もともとの歌穂が、出てくるってことですよね」
「そうなのかな……。わかんないけど、かわいいよ。とにかく、かわいい」
「よかったです。これからも、かわいがってあげてください」
「うん。はい。最近はね、大学で、男の子の友達ができたみたいで。
 三十路になったおじさんとしては、もう、やきもきするばかりだよね」
「そうなんですか。わたし、知らない……」
「祐奈の手を離れていったんだな」
 礼慈さんが言った。ああ、そうかもしれないと思った。
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