上 下
120 / 206
11.スイート・キング5

5-3

しおりを挟む
 午後九時になる頃に、礼慈さんが電話をしていた。
 相手から、かかってきたみたいだった。
「えぇ? 今からとか、出るのは……。ちょっと待ってて」
 スマートフォンを耳から外して、わたしに顔を向けた。
「紘一が、話がしたいって。上がらせてもいい?」
「いいですよ。わたし、別の部屋にこもってますから」
「いや。それは、しなくていいと思うんだけど……。
 本当に大丈夫? もう、そういう格好だし。
 嫌だったら、遠慮しないで、言って。外で会ってくるから」
「大丈夫です。着がえた方がいい?」
「そうじゃない。……上着みたいなの、着られる?
 ルームウェア姿の君は、なるべく見せたくない。紘一でも」
「は、あ」
 ちょっと、よくわからなかった。……ううん。わかったけど、わかりたくないというか……。
「この服、そんなに……へん? いやらしい感じ?」
「違う。薄いから。あと、下着も……」
「ああ……。ブラジャー、つけます。上にも着ます。
 あと、わたし、わたしの部屋に……じゃなくて、書斎にいるから。
 沢野さんに会わなければ、いいんでしょ?」
「うーん……。紘一は、君と話したいのかもしれない」
「えっ?」
「たぶん。俺の推測だけど。
 とにかく、大丈夫だって、君が思ってくれてるのは分かった」
 スマートフォンを、また耳に当てた。
「笑うなよ。俺にとっては、重要な話なんだって。
 来ていいよ。そこからなら、すぐに来られるだろ」

 十分くらいで、沢野さんが部屋に来た。
 わたしはタンクトップの肌着の下に、ブラジャーをつけて、ルームウェアの上から、カーディガンを着ていた。
 礼慈さんが、「ここにいて」と言ったので、リビングのラグマットに座っていた。
「こんばんは。こんな時間に、ごめんね」
 沢野さんが、リビングに入ってきた。なんだか、疲れたような顔をしていた。
「ううん。あの、大丈夫ですか?」
「うん? やばそうに見える?」
「疲れてる、みたい」
「だろうね。ここ、座っていい?」
「はい。あの、わたし、別の部屋に……」
「いいよ。祐奈ちゃんが嫌じゃなかったら、ここに、いてもらっていい?」
「……いいです、けど」
 礼慈さんもリビングに来て、テーブルの椅子に座った。
 わたしと沢野さんだけが、ラグマットの上にいた。座卓がないせいか、なんだか、へんな感じだった。
「どうしたんですか?」
「あーもう、もうね。
 歌穂ちゃんがね、三日の朝から、昨日の夕方まで、僕の部屋に来てくれてたんだよ」
「はあ」
「つらいー」
「ごめんなさい。よく、わからないです」
 本心だった。
「歌穂がいると、ストレスですか?」
「ちがうよ。自分の理性を試されてる気分では、あるけど」
 ああ……と思った。たぶん、セックスの話だった。
「よく話し合ってください。それで、歌穂が納得したら、あの……そういうふうに、なってもいいと思います」
「……えっ」
「『えっ』って、なんですか。歌穂は、成人してる女性ですよ。大学生だけど。
 小学生の女の子とかじゃ、ないです。
 二人とも冷静な時に、話をしてください」
「正論だね」
「ですかね……」
「それが、僕には難しいんだよね。何しろ、目の前にいるだけで、ぼうっとしてる時があるから」
「それは、歌穂がかわいいからですか?」
「うん」
「歌穂は、かわいいです。めちゃくちゃ、かわいいです。
 そういうこと、わかってて、好きになってくれたんじゃないんですか?」
「ごめん。わかってなかった。
 どちらかというと、もっと……。さばさばしてる、かっこいい系の女の人かと」
「……そうですか。がっかりしてますか?」
「ううん。
 歌穂ちゃんは、かっこいい時と、かわいい時があって……。その、ゆらゆらしてる感じが、たまらないんだよ。
 目が離せない。夢中になってる自覚はある」
「あの……。あの、……」
 「セックス」っていう単語が、口から出てこない。礼慈さんには言えても、沢野さんには言えなかった。
「うん? なに?」
「し、しなくても平気だったら。もっと、歌穂のことを知ってあげてください。
 もちろん、しちゃだめだって、言ってるわけじゃないです。
 ただ、歌穂は、見た目のとおりじゃないところがあって……。わかりますよね?」
「うん。わかる。
 僕のことを、まるで弟みたいに、かわいがってくれてるような時もあるし……。
 正直、何度か、しそうになったことがあって。泣かれちゃったんだよね。その時は、ものすごく、かよわい子に見えた。すごく、かわいかった。
 あんな子……あんな人とは、つき合ったことがない。軽く迷宮入りしてる」
しおりを挟む

処理中です...