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10.アズ・ポーン1
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友也と遊ぶことになった。
五月二日の月曜日。ゴールデンウィークの中にある、一日だけの平日。
大学が終わってから、渋谷で待ち合わせをした。
「歌穂さーん」
ハチ公の前で、友也が手を振っている。横に、友也と同じくらいの身長の女の子がいた。
「はじめまして。ユウヤと同じ学年の、たまきひとみです。
環境の環で、環。ひとみはひらがなです」
エキゾチックな感じの、目が大きな女の子。肌の色が小麦色だった。
「南歌穂です。よろしくお願いします」
「すごい。美人さんですね。モデルになってほしー」
「……モデル?」
「わたし、漫画を描いてるんです。投稿もしてます」
「そうなんだ」
すごいなと思った。
「南さんは、タロットが好きなんですよね?」
「うん。歌穂でいいよ。あと、敬語もいらない」
「わかった。そうする。
ユウヤ。どこに行くとか、決めてるの?」
「なにも。逆に、したいこととか、ある?」
「画材屋さんに行きたい。歌穂さんは?」
「あたし? ノープラン」
「じゃあ、画材屋に行こう」
友也が言って、歩きだした。
駅から、そう遠くない場所に画材屋があった。
中に入って、それぞれ自由に見たいものを見ようということになった。
入り口から入ってすぐのところに、パステルがあった。
いろんな色が、ずらっと並んでいる。
じーっと眺めていると、ひとみちゃんがあたしの横にやってきた。
「パステル? きれいだよね」
「うん。こういうのって、難しいのかな」
「そんなこと、ないと思う。自由に描いていいんだよ」
「買ってみようかな……」
十二色入りのパステルの箱を、ひとつ手に取った。
ついでに、スケッチブックも買うことにした。
「ひとみちゃんは、どんな画材を買うの?」
「わたしは、スケッチブック。これに、漫画のネームっていうのを描くの」
「へえー」
友也は、何も買わなかったみたいだった。
画材屋から少し歩いて、カフェに入った。
友也が、ケーキセットをおごってくれた。いちばん年長のあたしが払うべきかなと思っていたので、めんくらった。
「これ。真琴さんから」
「ありがとう」
真琴さんが作った指輪を、友也からもらった。
銀色のリングに、黒猫がついてる。顔はなくて、すらっとした猫の形が、影絵みたいなシルエットになっていた。
「かわいい」
「真琴さんの連絡先、わかる?」
「ううん。LINEは、わかんない。
わかる?」
「うん。真琴さんに聞いてから、送っとく」
「助かる」
あたしの横で、黙って様子を見ていたひとみちゃんが、「ねえ」と声をかけてきた。
「うん?」
「歌穂さん、彼氏いる?」
「うん」
「いるんだー。わたし、いない。経験もない」
「あたしも、ないよ」
「えっ……。ほんと?」
「ほんとに。ない」
「それって、まだ、したくないから?」
「うーん。あたしじゃなくて、向こうが」
「そういうの、苦手な人なのかな」
「そんなことはないと思う。あたしより、ずっと年上だから。あたしが若すぎるって、気にしてるみたい」
「大事にされてるんだねー。いいな。
ユウヤは?」
「ノーコメント」
「つまんない」
「そもそも、おつき合いしたことがない」
「そうなんだ。わたしと同じだね」
「ひとみちゃんは、どんな漫画を描いてるの?」
「少女漫画。恋愛とか、そういうの。
でも、想像で描いてるから、自分でも、『なんだこれ』みたいになりがち」
「読んでみたい。ネットとかに、上げてる?」
「上げてるよー。あんまり、上手じゃないけど。
アドレス、送る?」
「うん」
LINEを交換して、アドレスを送ってもらった。
ケーキは、おいしかった。話しながら、ゆっくり食べた。
三人分のカップとお皿が空になったタイミングで、ひとみちゃんが「わたしは、これで」と言った。
「これから美術館に行くの」
「そうなんだ。いってらっしゃい」
「はーい。またねー。歌穂さん。ユウヤ」
「またね」
友也が、片手を軽く振った。
ひとみちゃんが遠ざかっていく。その姿を、友也が目で追っている。
友也の顔から、笑みが消えていった。
「友也。お父さんは、どう?」
「よくない。もう、いよいよ、やばいって感じ。
現実のことじゃないような気もしてる。身近な人が亡くなったのは、父方のお祖父さんだけだったから」
「お見舞いとか……。迷惑かな」
「迷惑じゃないけど。すごくやせてるし、しんどそうだから……。
いいかな。でも、ありがとう」
あたしに向かって、笑ってみせる。いい子だなと思った。
「あたし、なにもしてあげられないけど……。
つらかったら、連絡して。話くらいは、聞けると思うから」
「ありがとう……」
五月二日の月曜日。ゴールデンウィークの中にある、一日だけの平日。
大学が終わってから、渋谷で待ち合わせをした。
「歌穂さーん」
ハチ公の前で、友也が手を振っている。横に、友也と同じくらいの身長の女の子がいた。
「はじめまして。ユウヤと同じ学年の、たまきひとみです。
環境の環で、環。ひとみはひらがなです」
エキゾチックな感じの、目が大きな女の子。肌の色が小麦色だった。
「南歌穂です。よろしくお願いします」
「すごい。美人さんですね。モデルになってほしー」
「……モデル?」
「わたし、漫画を描いてるんです。投稿もしてます」
「そうなんだ」
すごいなと思った。
「南さんは、タロットが好きなんですよね?」
「うん。歌穂でいいよ。あと、敬語もいらない」
「わかった。そうする。
ユウヤ。どこに行くとか、決めてるの?」
「なにも。逆に、したいこととか、ある?」
「画材屋さんに行きたい。歌穂さんは?」
「あたし? ノープラン」
「じゃあ、画材屋に行こう」
友也が言って、歩きだした。
駅から、そう遠くない場所に画材屋があった。
中に入って、それぞれ自由に見たいものを見ようということになった。
入り口から入ってすぐのところに、パステルがあった。
いろんな色が、ずらっと並んでいる。
じーっと眺めていると、ひとみちゃんがあたしの横にやってきた。
「パステル? きれいだよね」
「うん。こういうのって、難しいのかな」
「そんなこと、ないと思う。自由に描いていいんだよ」
「買ってみようかな……」
十二色入りのパステルの箱を、ひとつ手に取った。
ついでに、スケッチブックも買うことにした。
「ひとみちゃんは、どんな画材を買うの?」
「わたしは、スケッチブック。これに、漫画のネームっていうのを描くの」
「へえー」
友也は、何も買わなかったみたいだった。
画材屋から少し歩いて、カフェに入った。
友也が、ケーキセットをおごってくれた。いちばん年長のあたしが払うべきかなと思っていたので、めんくらった。
「これ。真琴さんから」
「ありがとう」
真琴さんが作った指輪を、友也からもらった。
銀色のリングに、黒猫がついてる。顔はなくて、すらっとした猫の形が、影絵みたいなシルエットになっていた。
「かわいい」
「真琴さんの連絡先、わかる?」
「ううん。LINEは、わかんない。
わかる?」
「うん。真琴さんに聞いてから、送っとく」
「助かる」
あたしの横で、黙って様子を見ていたひとみちゃんが、「ねえ」と声をかけてきた。
「うん?」
「歌穂さん、彼氏いる?」
「うん」
「いるんだー。わたし、いない。経験もない」
「あたしも、ないよ」
「えっ……。ほんと?」
「ほんとに。ない」
「それって、まだ、したくないから?」
「うーん。あたしじゃなくて、向こうが」
「そういうの、苦手な人なのかな」
「そんなことはないと思う。あたしより、ずっと年上だから。あたしが若すぎるって、気にしてるみたい」
「大事にされてるんだねー。いいな。
ユウヤは?」
「ノーコメント」
「つまんない」
「そもそも、おつき合いしたことがない」
「そうなんだ。わたしと同じだね」
「ひとみちゃんは、どんな漫画を描いてるの?」
「少女漫画。恋愛とか、そういうの。
でも、想像で描いてるから、自分でも、『なんだこれ』みたいになりがち」
「読んでみたい。ネットとかに、上げてる?」
「上げてるよー。あんまり、上手じゃないけど。
アドレス、送る?」
「うん」
LINEを交換して、アドレスを送ってもらった。
ケーキは、おいしかった。話しながら、ゆっくり食べた。
三人分のカップとお皿が空になったタイミングで、ひとみちゃんが「わたしは、これで」と言った。
「これから美術館に行くの」
「そうなんだ。いってらっしゃい」
「はーい。またねー。歌穂さん。ユウヤ」
「またね」
友也が、片手を軽く振った。
ひとみちゃんが遠ざかっていく。その姿を、友也が目で追っている。
友也の顔から、笑みが消えていった。
「友也。お父さんは、どう?」
「よくない。もう、いよいよ、やばいって感じ。
現実のことじゃないような気もしてる。身近な人が亡くなったのは、父方のお祖父さんだけだったから」
「お見舞いとか……。迷惑かな」
「迷惑じゃないけど。すごくやせてるし、しんどそうだから……。
いいかな。でも、ありがとう」
あたしに向かって、笑ってみせる。いい子だなと思った。
「あたし、なにもしてあげられないけど……。
つらかったら、連絡して。話くらいは、聞けると思うから」
「ありがとう……」
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