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8.トリッキー・ナイト3

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 次の日。近所の不動産屋さんに行って、物件を決めた。
 大学に近くて、沢野さんの部屋にも近いところにある、賃貸のマンション。
 家賃は八万。今の部屋との差額は、沢野さんが出してくれるらしい。
 初期費用は、本当に出してくれた。
 不動産屋さんの横にあった、銀行のATMで、必要なお金を下ろして、渡してくれた。本当に受けとっていいのか、考えこんでしまった。
 ひとりで悩んでる間に、封筒ごと、あたしのモッズコートのポケットに入れられてしまった。

 あたしの部屋に戻って、スーパーで買ってきた昼ごはんを食べた。
 今日は土曜日だから、連泊してくれても、あたしはよかった。でも、そういう空気じゃなさそうだった。
「そろそろ、帰るよ」
「はい」
「帰る前に、キスしていい?」
「……」
「だめ?」
「ううん。いい……」
 返事が遅くなったのは、不安だったから。
 キスをしたら、あたし、言っちゃいそう。したい、って。

 顔が近づいてきて、ふれるだけのキスをされた。
 終わりかなと思って、油断してたら、もう一度された。
 あたしの唇を、沢野さんの舌がひらいた。
「ん、……」
 深いキスに、溺れそうになる。きもちよかった。
 あたしの背中に、沢野さんの手が置かれる。なでられた。
 唇が離れた。大きく息を吸って、吐いた。
 少し、苦しかった。
「だめ。もう……」
「だめ?」
「し、したくなっちゃう。だめ」
「うーん……」
 目の前にある首に、手を回した。沢野さんが、びくっとするのを感じた。
「歌穂ちゃん」
「あたし、あたし、……さわって、ほしい」
「わーっ」
 聞きまちがいかと思った。でも、確かに、そう聞こえた。
「返事、おかしくないですか」
「だめだ。僕は、帰ります」
「……えっ」
「このまま、ここにいたら、ぜったい、セックスをする自信がある」
「は、はあ」
「それを回避するために、帰る……。ごめんね」
「なんですか、それ」
 うるっとしてしまった。
「キスしてたら、したくなるのは当然だよ。
 相手が、僕じゃなくても」
「えぇ? それは、ないです」
「……そう?」
「あたし、あの仕事をしてる時に、さっきみたいなことを言ったことなんて、ないです。ただの、一度も」
 沢野さんは、うれしそうだった。かわいかった。

「歌穂ちゃん。歌穂ちゃんの気持ちが、もっと……なんだろう。
 本当に、僕でいい、僕がいいと歌穂ちゃんが思うまでは、しないつもりだから」
「はあ……」
「じゃあ。またね」

 言いたいことだけ言って、帰っていった。
 なんなんだろう、と思った。
 あたしは、もうじゅうぶん、あなたのことが好きですけど……。
 逆に、なにが足りないっていうの?

「わっかんないなー……」
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