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6.バージン・クイーン2
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「あなたと話してる時には、こわいとは、思ってなかったです。
きらきら光ってて、きれいって。それだけ。
道路を車が走ってるのを、おもちゃのミニカーみたいに、小さく見える、なんて思いながら、見たりしてました。
二度目の時は、すごく、静かで……。車も通らないし、歩いてる人もいないし。
みんな寝てて、わたしひとりなんだと思った時に、ぞくっとして……。
わたし、そうとう、おかしくなってたんですね。あんな高さから飛び下りるなんて、本当には、できるはずがなかったのに」
「どうかな。俺は、君は、飛び下りたかもしれないって、思ってるよ」
「そう……?」
「君の日記を読んでから、十一月二十日までの君を、何度も思い返した。
俺は、君の誘惑に……誘惑っていうと、言葉があれだけど。君からの誘いに、一度も応えなかった。
銀座でデートした日の帰りに、俺を、部屋に誘おうとしてくれたよな」
「は、い」
「もし、あの時に、俺が応じて、君の部屋でセックスをしていたら、どうなってた?」
「……」
祐奈は答えなかった。
「やっぱり、そうだよな。君は、俺と寝てから、死ぬつもりだっただろう」
「わからないです。そこまで、思いきれたか、どうかは……」
「十月に、この部屋に来てくれた時に、俺は君を抱かなかった。君は、俺を責めた。
十一月二十日。君は、セックスをした後で、自分の部屋で日記を書いて、ベッドに入った。あの時は、どんな気分だったの?」
「わ、わかんない……。もう、わすれたの」
「つらかったら、思いださなくてもいいけど。寝て起きたら、出ていこうとは、思ってなかった?」
祐奈が首を振った。苦しそうな顔をしていた。
「もう、できないです。自分から、……したり、しないです。
だって、あなたのことを……」
唇を噛んで、言葉を殺した。
「とにかく、寝て。起きて、元気になったら、俺が作ったごはんを食べて」
「いいんですか? ねちゃって」
「いいよ。大丈夫」
手をつないで、そばにいた。
安心したような顔をして、眠っていった。
しばらくの間、寝顔を見ていた。
駐車場に行って、自分と祐奈の荷物を取ってきた。
昨日着ていた服を、脱衣所にある洗濯機に放りこむ。乾燥まで予約して、その場を離れた。
クローゼットで服を脱いで、ルームウェアを着た。今日は、うちでのんびり過ごそうと思っていた。
リビングに行って、紘一に電話をかけた。
「れいじー」
「うん。俺」
「なに? 今の今まで、寝てた」
「お前も、寝不足だったのか」
「じゃっかんね。明け方に、トイレに行こうと思って、寝室から出たんだよ」
「……うん」
「祐奈ちゃんがいて、泣いてた。窓の前で。座りこんでた。
『待っててね』って声をかけて、トイレには行った。
戻ってきたら、立ってた。がんばって、泣きやもうとしてた。
礼慈を呼ぼうかって、聞いたんだけど。『起こしたらかわいそうだから、いい』って」
「それで?」
「ソファーに座ってもらって、話をしたよ。
僕は、さあ……。祐奈ちゃんを、神々しいなと思った」
「なぜ?」
「だってさ。自分を襲ったやつを、社会的に抹殺することもできるのに。自分の方を、消してしまおうと思うなんて。
本当に、訴える気はないの?」
「ない。俺は……俺の方こそ、やばいんだよ」
「なに? どういうこと?」
「相手の男を、殺したいくらいに憎んでる。
殺してやりたいって、思ってる。祐奈に、そうしろと頼まれたわけでもないのに」
「それ、やめてよ……。まじで」
「分かってるよ。それで?」
「ああ、うん。話してるうちに、落ちついてきて……。
歌穂ちゃんも、独特の空気があるけど。祐奈ちゃんのは、なんだろうな……。
僕の家は、父が外交官だっていうのもあって、それなりの地位がある人たちに会う機会は、たぶん、多かった。
でも、祐奈ちゃんは……。今までに会った人たちの中に、ああいう女性は、ほとんどいなかった。五才から施設にいたっていうのが、信じられないくらいだよ。
気品がある。うちの家なんか、目じゃないくらいの、上流の人だっていう気がする」
「でも……。そんな話は、聞いたことがない。祐奈から」
きらきら光ってて、きれいって。それだけ。
道路を車が走ってるのを、おもちゃのミニカーみたいに、小さく見える、なんて思いながら、見たりしてました。
二度目の時は、すごく、静かで……。車も通らないし、歩いてる人もいないし。
みんな寝てて、わたしひとりなんだと思った時に、ぞくっとして……。
わたし、そうとう、おかしくなってたんですね。あんな高さから飛び下りるなんて、本当には、できるはずがなかったのに」
「どうかな。俺は、君は、飛び下りたかもしれないって、思ってるよ」
「そう……?」
「君の日記を読んでから、十一月二十日までの君を、何度も思い返した。
俺は、君の誘惑に……誘惑っていうと、言葉があれだけど。君からの誘いに、一度も応えなかった。
銀座でデートした日の帰りに、俺を、部屋に誘おうとしてくれたよな」
「は、い」
「もし、あの時に、俺が応じて、君の部屋でセックスをしていたら、どうなってた?」
「……」
祐奈は答えなかった。
「やっぱり、そうだよな。君は、俺と寝てから、死ぬつもりだっただろう」
「わからないです。そこまで、思いきれたか、どうかは……」
「十月に、この部屋に来てくれた時に、俺は君を抱かなかった。君は、俺を責めた。
十一月二十日。君は、セックスをした後で、自分の部屋で日記を書いて、ベッドに入った。あの時は、どんな気分だったの?」
「わ、わかんない……。もう、わすれたの」
「つらかったら、思いださなくてもいいけど。寝て起きたら、出ていこうとは、思ってなかった?」
祐奈が首を振った。苦しそうな顔をしていた。
「もう、できないです。自分から、……したり、しないです。
だって、あなたのことを……」
唇を噛んで、言葉を殺した。
「とにかく、寝て。起きて、元気になったら、俺が作ったごはんを食べて」
「いいんですか? ねちゃって」
「いいよ。大丈夫」
手をつないで、そばにいた。
安心したような顔をして、眠っていった。
しばらくの間、寝顔を見ていた。
駐車場に行って、自分と祐奈の荷物を取ってきた。
昨日着ていた服を、脱衣所にある洗濯機に放りこむ。乾燥まで予約して、その場を離れた。
クローゼットで服を脱いで、ルームウェアを着た。今日は、うちでのんびり過ごそうと思っていた。
リビングに行って、紘一に電話をかけた。
「れいじー」
「うん。俺」
「なに? 今の今まで、寝てた」
「お前も、寝不足だったのか」
「じゃっかんね。明け方に、トイレに行こうと思って、寝室から出たんだよ」
「……うん」
「祐奈ちゃんがいて、泣いてた。窓の前で。座りこんでた。
『待っててね』って声をかけて、トイレには行った。
戻ってきたら、立ってた。がんばって、泣きやもうとしてた。
礼慈を呼ぼうかって、聞いたんだけど。『起こしたらかわいそうだから、いい』って」
「それで?」
「ソファーに座ってもらって、話をしたよ。
僕は、さあ……。祐奈ちゃんを、神々しいなと思った」
「なぜ?」
「だってさ。自分を襲ったやつを、社会的に抹殺することもできるのに。自分の方を、消してしまおうと思うなんて。
本当に、訴える気はないの?」
「ない。俺は……俺の方こそ、やばいんだよ」
「なに? どういうこと?」
「相手の男を、殺したいくらいに憎んでる。
殺してやりたいって、思ってる。祐奈に、そうしろと頼まれたわけでもないのに」
「それ、やめてよ……。まじで」
「分かってるよ。それで?」
「ああ、うん。話してるうちに、落ちついてきて……。
歌穂ちゃんも、独特の空気があるけど。祐奈ちゃんのは、なんだろうな……。
僕の家は、父が外交官だっていうのもあって、それなりの地位がある人たちに会う機会は、たぶん、多かった。
でも、祐奈ちゃんは……。今までに会った人たちの中に、ああいう女性は、ほとんどいなかった。五才から施設にいたっていうのが、信じられないくらいだよ。
気品がある。うちの家なんか、目じゃないくらいの、上流の人だっていう気がする」
「でも……。そんな話は、聞いたことがない。祐奈から」
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