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5.トリッキー・ナイト2
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あたしが灯りを消したら、祐奈は、すこーんと寝入ってしまった。もう少し、話していたかったので、がっかりしてしまった。
でも、しょうがない。丸一日、あたしにつき合ってくれたんだから、それで満足するべきだってことは、わかっていた。
トイレに行きたくなって、客間を出た。
そーっとドアを閉じてから、リビングの方に体を向けた。
はっとした。リビングに、西東さんがいた。ひとりで、ソファーに座っている。
「ごめん。びっくりした?」
「は、い。ちょっと、トイレに」
「どうぞ」
トイレから戻ってきても、まだいた。少し、うれしかった。あたしがうろうろしてても、気にしないんだと思ったから。
「眠れないの?」
「うん……。はい」
「座る?」
「いいんですか?」
「うん」
「じゃあ……。失礼します」
二人分くらい、間をあけて座った。西東さんが声を上げて笑ったので、びっくりしてしまった。
「……なんですか」
「いや。俺に、気を使ってくれたのかなと思って」
「深い意味は、ないです。すぐ横は、へんかなと思っただけです」
「それで、この距離か」
テーブルの上に、ビールの缶が置いてあった。
「飲みたりなかった、ですか」
「うん。歌穂さんは?」
「あたしは、お酒は飲まないです」
「じゃあ、ジュースとか」
「いいです。歯も、みがいちゃったし」
西東さんが、あたしをじっと見た。どきっとした。
「一度、ちゃんとお礼を言いたいと思っていて。
祐奈を、俺のところに来させてくれて、ありがとうございました」
「はあ……。祐奈、緊張してませんでしたか」
「すごかったよ。緊迫感があった」
「やっぱり」
「でも、かわいかった。たぶん、ひと目ぼれだった」
「そうですか。よかったです」
「祐奈から、歌穂さんのことを聞いても、すぐには分からなくて。心当たりはあって、当たってもいたんだけど」
「あたし、名乗らなかったと思いますから。わからなくて、当然だと思います。
西東さんは、冷蔵庫からピザを出してきてくれて、焼いてくれた人っていう印象があります」
「あったな」
口もとが笑った。あの頃には、見たことのない表情だった。
「ありがとうございました。食事する時間は、取りづらいことが多くて。助かりました」
「どういたしまして。
紘一は、どう?」
「……どうって?」
「優しい? 歌穂さんに対して」
「えー。どうだろ。ちゃんと、男の人とおつき合いしたことがないので、よくわからないです。
一緒にいると、どきどきは、します」
「するんだ」
「しますよ。……かっこいいです」
「それは、紘一が喜ぶと思う」
「昨日の夜、言いましたけど。『どこが?』って、言われました」
「へえ。それは、照れてるんだろうな」
「たぶん。そうだと思います。あの……」
「うん?」
「沢野さんって、大学生の頃は、どんな感じでしたか?」
「暗かったよ。かなり」
「暗かった?」
「うん。大学に入る頃に、あきらめた夢があって……」
「聞きました。将棋のこと」
「あいつ、話したのか」
びっくりしたような顔をしていた。
「歌穂さんは、紘一から信頼されてるんだな。
チェスのことは?」
「それも、聞きました」
「だったら、俺が話すことは、ほとんどなさそうだ。
ふざけてる時も多いけど。基本的には、真面目な人間だよ」
「そう、ですね」
でも、しょうがない。丸一日、あたしにつき合ってくれたんだから、それで満足するべきだってことは、わかっていた。
トイレに行きたくなって、客間を出た。
そーっとドアを閉じてから、リビングの方に体を向けた。
はっとした。リビングに、西東さんがいた。ひとりで、ソファーに座っている。
「ごめん。びっくりした?」
「は、い。ちょっと、トイレに」
「どうぞ」
トイレから戻ってきても、まだいた。少し、うれしかった。あたしがうろうろしてても、気にしないんだと思ったから。
「眠れないの?」
「うん……。はい」
「座る?」
「いいんですか?」
「うん」
「じゃあ……。失礼します」
二人分くらい、間をあけて座った。西東さんが声を上げて笑ったので、びっくりしてしまった。
「……なんですか」
「いや。俺に、気を使ってくれたのかなと思って」
「深い意味は、ないです。すぐ横は、へんかなと思っただけです」
「それで、この距離か」
テーブルの上に、ビールの缶が置いてあった。
「飲みたりなかった、ですか」
「うん。歌穂さんは?」
「あたしは、お酒は飲まないです」
「じゃあ、ジュースとか」
「いいです。歯も、みがいちゃったし」
西東さんが、あたしをじっと見た。どきっとした。
「一度、ちゃんとお礼を言いたいと思っていて。
祐奈を、俺のところに来させてくれて、ありがとうございました」
「はあ……。祐奈、緊張してませんでしたか」
「すごかったよ。緊迫感があった」
「やっぱり」
「でも、かわいかった。たぶん、ひと目ぼれだった」
「そうですか。よかったです」
「祐奈から、歌穂さんのことを聞いても、すぐには分からなくて。心当たりはあって、当たってもいたんだけど」
「あたし、名乗らなかったと思いますから。わからなくて、当然だと思います。
西東さんは、冷蔵庫からピザを出してきてくれて、焼いてくれた人っていう印象があります」
「あったな」
口もとが笑った。あの頃には、見たことのない表情だった。
「ありがとうございました。食事する時間は、取りづらいことが多くて。助かりました」
「どういたしまして。
紘一は、どう?」
「……どうって?」
「優しい? 歌穂さんに対して」
「えー。どうだろ。ちゃんと、男の人とおつき合いしたことがないので、よくわからないです。
一緒にいると、どきどきは、します」
「するんだ」
「しますよ。……かっこいいです」
「それは、紘一が喜ぶと思う」
「昨日の夜、言いましたけど。『どこが?』って、言われました」
「へえ。それは、照れてるんだろうな」
「たぶん。そうだと思います。あの……」
「うん?」
「沢野さんって、大学生の頃は、どんな感じでしたか?」
「暗かったよ。かなり」
「暗かった?」
「うん。大学に入る頃に、あきらめた夢があって……」
「聞きました。将棋のこと」
「あいつ、話したのか」
びっくりしたような顔をしていた。
「歌穂さんは、紘一から信頼されてるんだな。
チェスのことは?」
「それも、聞きました」
「だったら、俺が話すことは、ほとんどなさそうだ。
ふざけてる時も多いけど。基本的には、真面目な人間だよ」
「そう、ですね」
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