上 下
52 / 206
5.トリッキー・ナイト2

1-7

しおりを挟む
「チェスの話に、戻りませんか。ポーンは、将棋の歩と同じですか?」
「似てるけど、ポーンには独自のルールが多いね。初手は二歩してもいい、とか」
「二歩って。将棋では反則ですよね」
「そうだね」
「あたしのイメージは、ルークなんですよね。
 祐奈は、どの駒ですか?」
「歌穂ちゃんは、どれだと思う?」
「クイーンです」
「そうだね。僕も、そう思う」
「これ……ですよね」
 王冠をかぶってるような駒は、ふたつある。そのうちの、小さい方の駒を指さした。
「うん。これがクイーン。
 礼慈は、キングだ。この二人は、これでセット」
 白のキングとクイーンを、沢野さんがテーブルに置いた。たしかに、あの二人に見えた。
 気高くて、強くて、やさしい。
「キングは、クイーンよりも強いんですか?」
「弱いよ」
「えっ?」
「キングは、弱い。でも、最も重要な駒だよ。
 キングを取られたら負ける。
 強いクイーンが、非力なキングを守る」
「そう……なんですか。意外でした」
「キングの動き方は、将棋の玉将と同じだよ」
「クイーンは?」
「飛車と角を合わせた動きだね」
「なに、それ。最強じゃないですか」
「うん。クイーンは、強いんだよ」
「ほんとに、祐奈みたい」
「そうだね」
「あと、残りは……。ビショップですね」
「ビショップは、将棋の角と同じ」
「かなり、共通点があるんですね。将棋と」
「そうだね。元は、同じゲームだと言われてる。
 『チャトランガ』っていう、古代インドのゲーム」
「古代……?」
「紀元前ってことだね」
「そんなに、古いんですか」
「うん。本当かどうかは、わからないけどね」
「ねえ。沢野さん」
「……うん?」
「ご自分が、将棋をあきらめたから。就職できなかったり、大学に行けなかったりしたあたしに、やさしくしてくれたんですか?」
「いやー。それは、たぶん違う。
 『今からでも遅くない』って、言いたかったっていう気持ちは、あるけど」
「遅くない……って?」
「うん。僕はもう、将棋の世界には戻れない。奨励会の年齢制限をこえてるから。
 アマチュアから、別のルートで、プロになる人もいるけど……」
「あるんですか? プロになれるの?」
「ある。プロ編入制度っていうのが。
 今は、この話よりも、歌穂ちゃんの話に戻ろうか」
「……はい」
「僕が捨てた夢とは違って、大学には、入ろうと思えば、いつでも入れる。
 歌穂ちゃんの夢を叶える前に、歌穂ちゃん自身が、もっと人生を楽しんでもいいんじゃないかって……。まあ、大学を楽しいと思うかどうかは、人それぞれだけど」
「沢野さんは? 楽しかったの?」
「うん。礼慈に会えたし。大学の寮で出会ったんだよ」
「そうだったんですね。中学とか、高校とか、かと……」
「お互い、都内に実家はあったんだけどね。
 大学はいくつか受けて、筑波にある大学にも受かった。東京を離れてみたいと思ったのかもしれない。
 山手線に乗らなくていい生活を、したかったのかも」
「それは……。将棋会館のことを、忘れたかったから?」
「うん」
「そう、なんですね」
 胸が切なくなった。
 自分でも、わけがわからないうちに、ぽろっと涙が落ちた。
 あたしの手に、当たった感触があった。握りこんだままの、ナイトに、涙がはねたかもしれなかった。
「あ、ごめんなさい」
「歌穂ちゃん」
 ものすごく真剣な目が、あたしを見ていた。こわかった。
「な、に?」
「僕の話を、ちゃんと聞いてくれて、ありがとう」
「なんで、お礼なんか。あたりまえのことです」
「そう……だね。顔、拭いてもいい?」
「いいです」

 ティッシュを持ってきてくれて、ほっぺたの涙と、目じりを拭いてくれた。
「かわいいなー」
 ひとりごとみたいに、沢野さんが言った。
「かわいくないです」
「そういう返事も、かわいい」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ハイスペック上司からのドSな溺愛

鳴宮鶉子
恋愛
ハイスペック上司からのドSな溺愛

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...