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5.トリッキー・ナイト2

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「まっすぐな人、ってことだよ」
「どうでしょう。いきあたりばったりの人生でしたよ」
「そうかな? 僕からは、そんなふうには見えないけどね」
「だとしたら、それは……。あの施設で、祐奈と出会ったからだと思います」
「祐奈ちゃんは、歌穂ちゃんにとって、特別な存在なんだね」
「ですね。親がわり……。姉じゃなくて、母親みたいなものです。あたしにとっては」
「母親?」
「やさしくしてくれました。あたしが満足するまで、甘やかしてくれた」
「歌穂ちゃんの、本当の親は? 優しくしてくれなかった?」
「父親は、いません。
 母親は、シングルマザーでした。殴られながら、育ちました。
 あの人から、ほめられた記憶が、ひとつもない」
「お母さんは、今はどこに?」
「知りません。家に置いていかれて、それっきりです。
 団地の七階に、借りていた部屋があって。ベランダに出されて、部屋の方から鍵をかけられて、閉じこめられたんです。ベランダから、下にいる人たちに向かって、泣きながら叫んでいたのを覚えてます。たすけて、って」
「……歌穂ちゃん」
「よくある話ですよ。
 あの人は、戻ってくるつもりだったのかもしれない。あたしが、なにか、いたずらでもして、反省させようとしたのかもしれない。
 何度も考えたけど、わからない。あたしがどう振るまっていれば、あれを回避できたのか。
 あたしは、あんなことをしたいとは思わない。だから、わかろうとしても、あの人の気持ちがわからない。どんなに考えても、答えが出ないんです。
 あの人のことを考えても、ちっとも心が動かない。どこかで亡くなってると言われても、『ふーん』って、言ってしまいそうな気がします。
 あたしには、大事な何かが欠けてる。ずっと、そんなふうに思いながら、生きてきました」
 沢野さんは、しばらく黙っていた。
 つらそうな顔をしていた。あたしは、この話をしたことを、さっそく後悔していた。
「ごめんなさい。この話は、しない方がよかったと思います」
「そんなことはないよ」
「でも、つらそうです」
「それは、そうだよ。つらいと思ってるんだから。
 あー、もう……。まじで、泣きそうなんだけど」
「いいですよ。泣いても」
「歌穂ちゃんは? 泣きたいと思うことは、ない?」
「ありますよ。でも、実際に泣くことは少ないです」
「それは、どうして?」
「なんででしょうね。時間の無駄に思えるから、ですかね」
 同情されたくなかった。だから、笑ってみせた。うまく笑えたかどうかは、あたし自身には、わからなかった。
 沢野さんの目が、赤くなってるのが見えた。泣くのを我慢してるんだって、わかった。
 ふいに、あたしは、あたしのぜんぶを、沢野さんにあげたいと思った。そんなものをもらっても、沢野さんにとっては、迷惑かもしれないけど。
 沢野さんの目が泳いで、伏せられた。猫みたいな、きれいな形のまぶただった。
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