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5.トリッキー・ナイト2

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「お酒、飲んでもいい?」
「どうぞ」
 あたしが答えると、大きな冷蔵庫から、缶ビールを出してきた。
 ソファーに戻ってきて、すぐに飲むのかと思っていたら、テーブルにのせてしまった。
「飲まないんですか?」
「うーん……。これを飲んだら、車で送れなくなるよ」
「いいですよ。泊まる気で、来ました」
「そう? じゃあ、もらいます」
 缶を手に取って、プルタブを上げた。
 沢野さんが、缶に口をつけて、飲んでる姿を見ていた。白い喉が、きれいだった。この人は、どうして、こんなに色素がうすいんだろう、と思った。
 祐奈も白い方だけど、沢野さんの肌は、もっと白かった。日本人ばなれしてる。
「おいしい?」
「……うん。ビールは、よく飲むよ。
 歌穂ちゃんも、冷蔵庫から出してきて。ジュースとか、あるから」
「はい」

 冷蔵庫から、りんごのジュースをもらった。大きなビン入りの、高そうなやつ。
 お金持ちなんだろうな、とぼんやり思った。
 あたしの人生とは、交わるはずのない人だった。
 どうして、こうなったんだろう……。

 ソファーに戻って、ガラスのコップに入れたジュースを飲んだ。
「さっきの、チェスの話。聞きたいです」
「えぇ? ほんとに?」
「うん」
「……もともと、将棋をやってて」
「そうなんですか」
 将棋だったら、あたしにもわかる。ちょっと、うれしかった。
「将棋は、やめちゃったんですか? チェスの方が、面白かった?」
「そういうことじゃなくて……。
 将棋でプロを目指してて、だめで。それで……。挫折してから、何年かして、チェスを始めた」
 びっくりした。
「プロ? 棋士ってこと?」
「うん。将棋会館に通ってた。代々木の。いや、最寄り駅は千駄ヶ谷なんだけど。山手線だったから、代々木で下りて、てくてく歩いて……」
「それ、いつ頃の話ですか?」
「中学三年の時に入会して、高校三年までいた。大学に入る時に、やめた」
「あたし、よくわからないんですけど……。中学三年で入会って、すごいんじゃ、ないんですか」
「どうかな。強い人なら、いくらでもいる世界だからね……。
 奨励会は、化け物しかいなかったよ。僕にとっては」
「みなさん、強かったですか」
「強かったね。今はもうプロになってて、活躍してる人が、ごろごろいて……。僕が入った年は、とくに新人が豊作でね。対局すると、ものが違うっていうのが、痛いほどわかって……。
 趣味にとどめておけばよかったって、何度も思った。
 将棋は、好きだったけど。……好きな、はずだったんだけど。
 対局の度に、脳が焼ききれるような感じがして……。一生これを続けるのかと思ったら、『あー』って。『無理かも』って、思った時点で、あきらめてはいた、と思う」
「そう、だったんですか」
 沢野さんを見る目が、変わってしまった。なに、この人。
 めちゃくちゃ、すごい人なんじゃん……。
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