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4.スイート・キング2

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「提案があります」
 ごはんを食べ終わった沢野さんが、片手を上げて言った。
「なんですか」
「まず、通帳は銀行の金庫に預けに行こう。貯金自体も、預ける銀行をいくつかに分けた方がいい。印鑑は、鍵がかかる、手提げの金庫に入れて保管。
 僕も手伝うから。そうして」
「いいですけど……」
「そのお金は、歌穂ちゃんが、魂を売って稼いだお金だからね。絶対に、盗られないようにしないと」
「はい。沢野さん」
「うん?」
「あたしの通帳。銀行に行くまで、持っててくれませんか?」
「はあ? 嫌だよ。こわい。なくしちゃったら、絶対、弁償できない」
「金額が、じゃなくて。その価値に対してってことだよな」
「そういうこと。え、なに? 本気なの?」
「いちおう……。じゃあ、こうしましょう。沢野さん自身の、金庫とかありますか? あのマンションの中に」
「あるけど……」
「あたしが、今日、沢野さんの部屋に泊まりますから。金庫に入れましょう。一緒に」
「なにその、儀式みたいなやつ……。だめだ、だめだ。
 さっきは、一緒に暮らそうっていったけど。あれは、なしで」
「何でだよ」
 礼慈さんが、なぜか不満そうに言った。
「だってさ。ないとは思うけど、歌穂ちゃんを襲いたくなったりしたら、やばいじゃん……。逮捕されたくないよ」
「いいよ。だったら、うちで、歌穂さんごと預かるから」
「ふざけんなっ。絶対、だめだっ」
「そう思うんだったら、通帳だけ、預かっておけば」
「うーん……。今日が、大みそかじゃなかったら、なあ。開いてたとしても、営業時間外だし。
 三が日が開けるまで、銀行の件は無理だね」
「大金すぎるんだよ」
 礼慈さんが、ため息まじりに言った。
「紘一と同居する件は、保留でいいけど。このレベルのセキュリティの部屋に、そのまま置いておくようなものじゃない」
「あの……」
 ふと思いついて、声を上げていた。
「うん?」
「礼慈さんが借りてるマンションは、礼慈さんの会社の、関連会社が管理してるんですよね」
「うん」
「開いてる部屋、とか。ないんですか」
「ああ! あると思う。聞いてみる?」
「三階以下じゃないと、いやです」
「大丈夫。四階までしかないから」
「それなら、いいです」
「いや。よくない。礼慈と祐奈ちゃんと歌穂ちゃんが、同じマンションに住んだら、僕だけ、さびしくなるじゃん……」
「さびしくなってろよ」
「いやだ、いやだ。わかった。僕も、そっちに引っ越すから」
「はああー?」
 礼慈さんが、ばかにするみたいに言った。子供みたいだった。

「勝手に、まとめていいですか」
「どうぞ」
「あたしの通帳は、三が日まで、自分で責任を持って保管します。
 四日になったら、沢野さんと……いいですか?」
「うん。いいよ」
「沢野さんと銀行を回って、金庫とかの手続きをします。
 部屋のことは、もし大学に受かったら、引っ越します。受からなかったら、たぶん、このまま……」
「えー」
「わかりました。大学に落ちたら、沢野さんのところに行きます」
「……えっ」
「そうなった場合は、もちろん、引っ越してもらいます。あたしは、あの部屋には住めないから。
 いいですよね。それで」
「いいのかな……。うん。いいよ」
「紘一。お前もう、自分でも、よく分からなくなってるだろ」
「うん……。流されるままだよ。もはや」
 沢野さんが、へらっと笑った。すごく、幸せそうに見えた。


 礼慈さんの部屋に戻ってきた時には、もう、九時近くになっていた。
「ごめんなさい。ありがとうございました」
「どういたしまして」
「……疲れました?」
「そうでもない。紘一は、だいぶ浮かれてたな。幸せそうだった」
「うん。よかった、です」
 礼慈さんがコートを脱いで、リビングの椅子の背もたれにかけた。
「このまま、のんびり年越しする?
 テレビとか、見るどころじゃなかったな」
「録画してるから、それはいいです。
 あのね……。あの」
 ボアジャケットは着たままで、礼慈さんにくっついていった。
 ちょっと驚いたような間があって、それから、だっこされた。キスが始まったのは、それから、もう少ししてから……だった。

「する?」
「うん。したい……」
「俺も」
 うれしかった。にやにやしていると、ため息をつかれた。
「なーに?」
「いや。君の笑顔は、人を、強制的に幸せな気分にさせるな、と思って」
「そうなの? よく、わかんない」
「いいよ。分からなくて」
 ジャケットのジッパーに、礼慈さんの手がかかる。脱がされるんだと思って、あわててしまった。
「だめ……」
「だめ?」
「先に、お風呂に入りたいの。いい?」
「いいよ。俺も入る」
「お湯、入れますか?」
「うん。入れようかな」
 礼慈さんが、体を屈めた。キスをされた。

 結局、ジッパーは下げられたし、胸も、いじられてしまった。
 息が乱れて、足に力が入らなくなる……。
「まだ、いやです」
「ごめん」
「だっこして、つれてって」
「え」
「重いですか」
「そんなことはないけど。行き先を、浴室から寝室に変更してもいい?」
「だめです」
「即答だったな」
 礼慈さんが、ぼやいた。
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