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4.スイート・キング2
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スーパーに、みんなで買いだしに行った。
歌穂と沢野さんは、スーパーの中で、仲なおりしたみたいだった。
必要なものを選んで、礼慈さんに買ってもらった。歌穂から鍵を借りて、歌穂たちよりも先に、部屋に戻った。
歌穂が好きなコロッケと、お味噌汁を作った。礼慈さんは、わたしの横で、温野菜のサラダを作っていた。
低いテーブルに、お皿を並べていった。
床の上に敷かれた、ベージュ色のマットの上に、みんなで座った。
夕ごはんを食べる前に、歌穂の夢の話を聞いた。
歌穂の貯金のこと……。その金額のことは、はじめて聞いた。
四冊に分かれた通帳を、歌穂が持ってきて、見せてくれた。うれしそうな顔をしていた。「1」の後ろに続くゼロの数に、歌穂の純粋さを見た思いがした。それと、なんだか……狂気みたいなものを感じた。
「どうして。こんなに、がんばっちゃったの……」
泣いてしまった。ごはんが、食べられないと思うくらいに。
「胸が痛い」
礼慈さんも、わたしと同じ気持ちみたいだった。
「食べてから、聞くべきだったね」
そう言った沢野さんは、一人で、コロッケをもぐもぐしていた。
「お前は、泣かなかったのか」
「泣いたよ。昨日。
歌穂ちゃんを、こっちに送ってから。車の中で」
「そうだったんですか」
「うん。なんだろうね。悲しいというのとも、少し違った。
感動に近かったかな。純粋さっていうのは、恐ろしいものだなと思った」
「はあ……」
歌穂は、あいまいな返事をした。
「今までは、言えなかったけど。もう、言っていいよね。
祐奈が本当に困った時は、あたしが、助けてあげられると思ってた」
「……そうなの?」
「うん。心の準備は、してた。西東さんが、祐奈をつれていっちゃったから。あたしの出番は、もうなさそうだけど。
祐奈の役に立つなら、貸すんじゃなくて、あげてもいいと思ってた」
「なんで、そんな……。これは、歌穂が、心をけずって……」
「もちろん、かんたんに稼いだわけじゃないよ。
でも、あたしをこういうあたしにしてくれたのは、祐奈だと思ってるから。
お金では返せないものを、祐奈から、たくさんもらった。やさしさとか、強さとか。いくらお金をあげても、返せないものを……。
祐奈は、はっきりとは、言ってくれなかったけど。あの会社で、襲われたんだよね?」
「……ううん。ちがう。そうじゃないの。ただの……」
「セクハラの前に、『ただの』は、つかないよ。犯罪は、犯罪だよ。
あたしは、祐奈をデリヘル嬢にするつもりなんか、なかった。
西東さんのところに行ってもらったのは、あたしにはできないことを、西東さんなら、祐奈にしてくれると思ったから……。
ろくでもない男しか、いないわけじゃない。あたしが接客したお客さんの中で、いちばん、やさしいと思った人に会わせて、祐奈を勇気づけたかった。
祐奈は、あたしが知ってる人たちの中で、いちばん、いい女だと思ってたから。
西東さんと祐奈は、じゅうぶん、つり合うと思った。
ただ、まさか……。西東さんが、祐奈とつき合うようになるとは、思ってませんでしたけど」
「ありがとう」
礼慈さんは、それだけ言った。わたしは、なにも言えなかった。
涙で、前が見えなかった。
「祐奈。ぐしゃぐしゃだよ」
「うぅー……」
歌穂が、ティッシュの箱を持ってきてくれた。目をふいて、頬をふいて、鼻をかんだ。
落ちついてきてから、歌穂に話しかけた。
「ねえ。歌穂」
「うん?」
「これだけ貯める前に、思わなかったの? もう、あの仕事をする必要、ないって」
「あー……。指名してくれる人が、いたのと。
半日で、四万から六万まで稼げる仕事は、あたしには、あれしかないような気がして。始めた時点で、考えてはいた。三年は、我慢しようって。なにがあっても」
「もうー」
また、涙が出てきた。
「我慢なんて、しなくて、よかったんだよ。やめたくなったら、いつでも……」
「祐奈が言ったんだよ。『目の前のことをがんばれない人は、どこに行ってもがんばれない』って」
「わたしが? そんなこと、言った?」
「言ったよ。祐奈が、中学生の時に」
「そう……。ごめんね。覚えてない」
「そうなんだ。あたしにとっては、あれは、心のささえみたいな言葉だった。
就職できなくて、くやしかったのも、理由のひとつだったかな。
どうせだったら、ふつうに働くよりも、何倍も……何十倍、何百倍、稼いでやるって。そんなふうに、思ってた」
「強いな」
礼慈さんが、ぽつりと言った。
「そうでもないですよ。あの、食べましょう。祐奈が、せっかく」
「うん。食べよう、ね」
歌穂と沢野さんは、スーパーの中で、仲なおりしたみたいだった。
必要なものを選んで、礼慈さんに買ってもらった。歌穂から鍵を借りて、歌穂たちよりも先に、部屋に戻った。
歌穂が好きなコロッケと、お味噌汁を作った。礼慈さんは、わたしの横で、温野菜のサラダを作っていた。
低いテーブルに、お皿を並べていった。
床の上に敷かれた、ベージュ色のマットの上に、みんなで座った。
夕ごはんを食べる前に、歌穂の夢の話を聞いた。
歌穂の貯金のこと……。その金額のことは、はじめて聞いた。
四冊に分かれた通帳を、歌穂が持ってきて、見せてくれた。うれしそうな顔をしていた。「1」の後ろに続くゼロの数に、歌穂の純粋さを見た思いがした。それと、なんだか……狂気みたいなものを感じた。
「どうして。こんなに、がんばっちゃったの……」
泣いてしまった。ごはんが、食べられないと思うくらいに。
「胸が痛い」
礼慈さんも、わたしと同じ気持ちみたいだった。
「食べてから、聞くべきだったね」
そう言った沢野さんは、一人で、コロッケをもぐもぐしていた。
「お前は、泣かなかったのか」
「泣いたよ。昨日。
歌穂ちゃんを、こっちに送ってから。車の中で」
「そうだったんですか」
「うん。なんだろうね。悲しいというのとも、少し違った。
感動に近かったかな。純粋さっていうのは、恐ろしいものだなと思った」
「はあ……」
歌穂は、あいまいな返事をした。
「今までは、言えなかったけど。もう、言っていいよね。
祐奈が本当に困った時は、あたしが、助けてあげられると思ってた」
「……そうなの?」
「うん。心の準備は、してた。西東さんが、祐奈をつれていっちゃったから。あたしの出番は、もうなさそうだけど。
祐奈の役に立つなら、貸すんじゃなくて、あげてもいいと思ってた」
「なんで、そんな……。これは、歌穂が、心をけずって……」
「もちろん、かんたんに稼いだわけじゃないよ。
でも、あたしをこういうあたしにしてくれたのは、祐奈だと思ってるから。
お金では返せないものを、祐奈から、たくさんもらった。やさしさとか、強さとか。いくらお金をあげても、返せないものを……。
祐奈は、はっきりとは、言ってくれなかったけど。あの会社で、襲われたんだよね?」
「……ううん。ちがう。そうじゃないの。ただの……」
「セクハラの前に、『ただの』は、つかないよ。犯罪は、犯罪だよ。
あたしは、祐奈をデリヘル嬢にするつもりなんか、なかった。
西東さんのところに行ってもらったのは、あたしにはできないことを、西東さんなら、祐奈にしてくれると思ったから……。
ろくでもない男しか、いないわけじゃない。あたしが接客したお客さんの中で、いちばん、やさしいと思った人に会わせて、祐奈を勇気づけたかった。
祐奈は、あたしが知ってる人たちの中で、いちばん、いい女だと思ってたから。
西東さんと祐奈は、じゅうぶん、つり合うと思った。
ただ、まさか……。西東さんが、祐奈とつき合うようになるとは、思ってませんでしたけど」
「ありがとう」
礼慈さんは、それだけ言った。わたしは、なにも言えなかった。
涙で、前が見えなかった。
「祐奈。ぐしゃぐしゃだよ」
「うぅー……」
歌穂が、ティッシュの箱を持ってきてくれた。目をふいて、頬をふいて、鼻をかんだ。
落ちついてきてから、歌穂に話しかけた。
「ねえ。歌穂」
「うん?」
「これだけ貯める前に、思わなかったの? もう、あの仕事をする必要、ないって」
「あー……。指名してくれる人が、いたのと。
半日で、四万から六万まで稼げる仕事は、あたしには、あれしかないような気がして。始めた時点で、考えてはいた。三年は、我慢しようって。なにがあっても」
「もうー」
また、涙が出てきた。
「我慢なんて、しなくて、よかったんだよ。やめたくなったら、いつでも……」
「祐奈が言ったんだよ。『目の前のことをがんばれない人は、どこに行ってもがんばれない』って」
「わたしが? そんなこと、言った?」
「言ったよ。祐奈が、中学生の時に」
「そう……。ごめんね。覚えてない」
「そうなんだ。あたしにとっては、あれは、心のささえみたいな言葉だった。
就職できなくて、くやしかったのも、理由のひとつだったかな。
どうせだったら、ふつうに働くよりも、何倍も……何十倍、何百倍、稼いでやるって。そんなふうに、思ってた」
「強いな」
礼慈さんが、ぽつりと言った。
「そうでもないですよ。あの、食べましょう。祐奈が、せっかく」
「うん。食べよう、ね」
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