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3.トリッキー・ナイト1

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「あたし。あたし、……わからない。泣きそうです」
「かわいいなー」
 沢野さんは、のほほんとしていた。軽く殺意がわいた。
「教員免許が取れるところとか、どう?
 歌穂ちゃんが保護したい子たちは、孤児とは限らないわけだから。……そうだよね?」
「そうです。孤児の子も、もちろんいます。
 いろんなパターンの子がいます。片親の子。両方の親がいても、どちらとも連絡がとれなくなってる子、とか」
「だったら、やっぱり身元がしっかりしてる方が、世間的には通りがいいはずだけど」
 正論だった。正論だけど……。
 「どう?」じゃねーわ!と、叫びそうになった。
 ものすごいことを、そんな、軽い調子で、ぽんぽん言わないでほしかった。
「西東さんもですけど。沢野さんも、そうとう、頭おかしいですよ!」
「ほめ言葉みたいだなあ。それ」
「ほめてません」
「そう?
 年齢的に、今から大学に四年通うと……。二十八になっちゃうか」
「え」
「あ、違った? ごめん」
「四年通っても、二十八には、ならない……です」
「じゃあ、いくつ?」
「二十五です。……あ、一年勉強してから受験するってことだったら、二十六です」
 沢野さんが、のけぞるのが見えた。猫みたいな目が、ものすごく大きく開いていた。
「待って。今、いくつ?」
「二十一です」
「に、にじゅういちー?! 見えない! 見えないって!」
「老けてるんですよ」
「大人っぽいって、言うの! それは!」
「二十一じゃ、だめだと思いますか」
「だめっていうか、年齢差が……。礼慈と祐奈ちゃんよりも、やばいじゃん……」
「年齢差って。たった九才じゃないですか」
「『たった』の定義について、小一時間話し合おうか? 僕と」
「いやです」
「クールだなー。たまんないなー」
 感心したように言われても、あまりうれしくなかった。
 あたしは、沢野さんが期待してるような、大人の女性じゃない。
 言わないと、いけなかった。
 大きく息を吸って、吐ききってから、また吸った。
「歌穂ちゃん?」
「あと、あたしバージンですよ」
「……!」
 沢野さんが、声にならない叫びみたいなのを上げながら、ソファーから落ちて、フローリングの床に倒れていった。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……。
 なんなの? 歌穂ちゃんたちがいた施設の出身の子は、バージンでデリヘル嬢にならないといけない決まりでもあるの?」
「ないです。たまたま……。機会がなくて」
「まあ、二十一だしね……」
 ソファーに、ゆっくり戻ってきた。今度は、すぐ横に座ってくれた。
「あー。大学に行ったら、彼氏ができちゃうんだろうなー……」
「どうでしょう。沢野さんが、あたしでいいなら……」
「うん?」
「おともだちから、始めませんか」
「……そうだね。とりあえず、今の時点で、歌穂ちゃんとセックスする気はないよ」
「それは、あたしが若かったからですか?」
「ううん。まだ、お互いのことを、よく知らないから。
 いっぱい、デートしようよ。楽しいよ。きっと」
「はあ……」
「しっかし、二十一って……。妹たちより下だよ。めっちゃ、いろいろ言われそう」
「妹さん、いらっしゃるんですか」
「うん。双子のね」
「双子……」
「そのうち、会うことになると思うよ」
「はあ」
「ねえ。キスとか、ハグは、だめかな」
「したいんですか?」
「うん。歌穂ちゃんが、嫌でなければ」
「いいですよ」

 空気が変わった。
 あたしよりも色の白い手が、あたしの腕にふれてきた。
 じれったくなるくらい、少しずつ、近づいてきて、それで……。
 キスを、されていた。ふれるだけの。
 びりっと、体を、電気みたいなしびれが走るのがわかった。
 仕事で、数えきれないくらいの、たくさんの男の人たちがふれてきた部分の、もっと奥から、熱いものがあふれ出てくる……気がした。
「やばいね」
 ひとりごとみたいに、沢野さんが言った。
「もう、本気だよ。どうする?」
「どうする、って」
「最初に、年を聞いておくべきだったね。……ごめんね」
「もっと、上に見えました?」
「祐奈ちゃんと同じだと思いこんでた。よくないね」
「あたしは、……沢野さんが持ってる知識とか、教養とかを、教えてもらいたいです。
 わかるんです。あたしは、まだ、なにも知らないって」
「うん。だけど、それはね、悪いことばかりじゃないよ」
 言ってから、沢野さんは笑った。
 男の人らしい、でも、かわいい笑顔だった。


 帰りは、家の近くまで、車で送ってくれた。
 アパートの部屋に入って、すぐ、祐奈に電話をかけた。
「頼む。出て」
 祈りは、通じたらしい。
 スマホの画面の中で、通話時間のカウントがはじまった。
「はあい」
 気が抜けるような、やさしい声だった。泣きそうになった。
「どうしたの?」
「沢野さんと、つき合うかも」
「えっ!」
「『えっ』だよね。……大丈夫かな」
「大丈夫って? なにが?」
「あたし、バージンだから。うまくできるかな……」
「ええええぇぇー……」
「あ、言ってなかったっけ」
「しらない! しらないよっ!」
「ごめん、ごめん」
「もー! もー! もー……」
「牛になるよ。祐奈」
「ならないよっ」
「なるよ」
「ならないっ」
 「どうしたの」と、声が聞こえた。西東さんが近くにいたらしい。
「言わないで。お願い」
「えっ? あ、歌穂の……こと?」
「うん。泣かれそうな気がする」
「……よく、わかってるんだね。歌穂は」
「わかるよ。べつに、同情されたいわけじゃない。あと、ふつうに……はずかしいから」
「言わない努力はするけど……。もし、言っちゃったら、ごめんね」
「なんで……。言わないでよ」
「だって。もう、すごい心配そうな顔してるの。たぶん、わたしが言うまで、いろいろ、されちゃう……」
「耐えて。そこは」
「う、うぅー」
「わかった。言ってもいいけど。もし泣かれたら、祐奈がなぐさめてよ。あたしは、関係ないから」
「わ、かった。でもね。こんな大事な話、どうして、電話なんかで……」
「わざわざ呼びだして、するような話でもないと思ったから。今は、めちゃくちゃ後悔してるけどね」
「もー……」
「また、連絡する」
「あっ。歌穂……」

 しまった。
 大学の話をするのを忘れた。そっちの方が、本題だったのに。
 どういう大学を選べばいいのか。どこだったら、受かる可能性があるのか。まるで、わからない。
 祐奈に助けてもらいたかった。


 電話を切ってから、一時間くらいしてから、祐奈からメッセージがきた。
 『やっぱり、泣いちゃった……。たいへんだったよ』と書かれていた。
「ごめんね」
 聞こえないだろうけど、謝ってはおいた。
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