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3.トリッキー・ナイト1

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 近所のスーパーの位置情報を送った。
 沢野さんが着いたら、連絡してくれるらしい。
 どきどきしていた。心臓がやばい。
 昨日だって、実は、緊張してた。あんなふうに、じっくり、男の人と話したことなんて、なかった。

 ノーメイクで、行くわけにはいかない。お風呂の前にある洗面台に行って、でも、しばらくぼうっとしていた。
 あたし、仕事に行くわけじゃない……。
 デートに誘われたんだ。
 どんなメイクをしたらいいのか、わからなかった。
 いっそのこと、素顔で行こうか。あたしの顔をほめてくれるのは、祐奈だけだ。親にすら、ほめてもらったことなんかない。
 昨日は、いちおうメイクはしていた。薄くだけど。
 ありのままの姿を見せて、がっかりされるなら、早い方がいい……。

『着いたよ』
 沢野さんから連絡がきた。もう、行くしかない。
 急いで着がえをして、カーキ色のモッズコートをはおった。

 いつも行ってるスーパーの駐車場に、高そうな車が停まっていた。
 これだ、と思った。軽自動車どころじゃない。高級路線の普通自動車。
 回れ右して、帰りたくなった。あたしの、ぼろいアパートに。
 運転席があいて、下りてきてしまった。沢野さんが。
 昨日と同じコートを着ていた。
 目が合った。どきっとした。
 すごく、真剣な顔つきに見えた。
 沢野さんが、ゆっくり歩いてくる。あたしに近づいてくる。

「ありがとう。わざわざ、出てきてくれて」
「……それは、来ますよ。約束、したんで」
「うん。でも、急だったよね」
「お昼、決めてますか? どこで、食べるとか」
「ううん。近くにある?」
「あります。駐車場がある、定食屋さん、みたいな」
「教えてくれる? 乗って」
 助手席をあけてくれた。スマートだなと思った。

 車で行ける定食屋さんに行って、昼ごはんを食べた。
 いろんなことを聞かれて、素直に答えてしまった。あたしからも、質問した。
 そうしてるうちに、沢野さんが弁護士だってことがわかって……。
 なんだか、ぼう然としてしまった。そういう職業の人は、あたしとは……少なくとも、仕事をしていない時のあたしとは、関わることはないって、思いこんでいたから。
 デザートまで、食べさせてもらった。沢野さんは、にこにこしていた。
 お会計の時に、まごまごしていたら、「大丈夫だよ」と言われて、カードが出てきた。たぶん、特別なカードだと思う……。色が、おかしかった。
 おごってもらってしまった。
 あたしは、営業はしたことがなかった。だから、もちろん、お客さんと個人的にやりとりをしたりはしなかったし、LINEでこんなに話したのは、祐奈以外は、沢野さんだけだった。

 定食屋さんを出てから、沢野さんの車に戻った。
「ごめんなさい。ごちそうに、なってしまって」
「謝らないでよ。当然のことでしょ? 僕が誘ったデートなんだから」
「そう、なんですかね。あたし……」
 よくわからなくて、とは言えなかった。今まで、誰ともデートしたことがなかったと言うのは、こわい感じがした。
「また、会ってもらってもいい?」
「いいです。……いつ?」
「うん。明日かな」
「はあ……」
 ペースがはやい。でも、いやじゃなかった。
 祐奈に、なんて言おう。そんなことを、ぼんやり考えていた。
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