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3.トリッキー・ナイト1

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 LINEがくる。沢野さんから。

 クリスマスの次の日に、祐奈に誘われて、西東さんの部屋に行った。
 カニ鍋をごちそうになった。
 そこまでは、いい。
 沢野さんから、連絡先をきかれて、教えた。
 その日のうちに、LINEがきた。
『こんばんは』って。
 最初は、ふざけてんのかなと思った。
 でも、あたしが返した『こんばんは』への返しが、『今、メッセージしても大丈夫?』だったので、ああ、いちおう、常識がある人なんだと安心した。
 西東さんのともだちなら、まあ大丈夫だろうと思ってはいた。
 『なんの用ですか』と打ってから、これはまずいと思って、消した。ケンカを売りたいわけじゃ、なかった。
『大丈夫です』
『ごめんね。もう、帰ったの?』
『はい』
『連絡先、教えてくれてありがとう。
 おやすみなさい』
『おやすみなさい』

 この日は、これで終わった。
 次の日の朝。つまり、今朝。
 九時くらいに起きてから、スマホを見て、ひっくり返りそうになった。
 『おはよー』というメッセージがきていた。
「なんなんだろ……」

『仕事は、大丈夫なんですか』
 それだけ打って、送った。

 遅い朝ごはんを食べて、だらっとしていた。
「……あれ」
 いつのまにか、スマホの着信のランプがついていた。
 沢野さんから、新しいメッセージがきていた。

『もう、年末年始の休みに入ってる。カホちゃんは?』
『あたしは、今は、仕事はしてないです。
 あと、歌うに稲穂の穂で、歌穂です』
『ありがとう。歌穂ちゃん』
『なにか、用事ですか』
『用事というか。歌穂ちゃんと、話がしたくて』
 いらっとした。西東さん、やっぱり、言ったんじゃん……。
 確証もないのに、そう思ってしまった。
 あたしがデリヘル嬢だからって、下に見てるんだとしたら、がまんできそうになかった。
 もう、元デリヘル嬢だけど。やめたからって、自分をさげすむ気持ちが、なくなったわけじゃなかった。
『昨日は、すごく楽しかった。タロットの占いも』
 あたしの怒りが、すうっと引くのがわかった。
 そうだった。あたしが、自分のことをタロットカードに選ばせることを、沢野さんが「面白いね」って言ってくれた時、うれしかった。すごく。
 ばかにしないで、ほめてくれたから……。
『あたしも。すいません。いろいろ、なってなくて』
 これは本心だった。はっきり聞いてはいなかったけど、沢野さんが、あたしより、ずっと年上だってことはわかっていた。
『なんのこと?』
『あたし、常識がないんですよ。知らないことが多くて』
『そんなふうには、見えなかったけど』


 沢野さんとのやりとりは、お昼近くになっても続いていた。
 既読になってから、少し間があって、それからメッセージがくる。ちゃんと考えながら打ってくれてるのは、すぐにわかった。

『お昼、なに食べますか』
『なんだろうね。一人だから、てきとうなことが多い。歌穂ちゃんは?』
『あたしは、元気な時は作ります。疲れてる時は、カップラーメンとか』
『それは、体に悪そうだね』
『悪いのは、わかってます』
『僕も食べるけどね』
 『食べるんかい!』と、送りそうになった。

『電話したい。いい?』
 そうメッセージがきて、いいかげん、スマホでポチポチ打つのも疲れてきていたので、『いいですよ』と返してしまった。
 数分後には、着信があった。

「こんにちは」
 いい声だな、と思った。
 低くて、深い響きのある声。ぞくっとした。
「……こんにちは」
「ごめんね。忙しかった?」
「いえ。ひまですよ。このところ、ずっと」
「ほんとに?」
「本当です」
 いつのまにか、握りこんでいた手をひらいた。じっとりと、汗をかいていた。
「沢野さんは、ごぞんじなんですか」
「うん? ごめん。何の話?」
「あたし、デリヘルで働いてました」
「ああ……。そうなんだ」
「知らなかったんですか」
「聞いてないからね。誰からも」
「てっきり、西東さんから……聞いてらっしゃるかと。
 あたしには『言ってない』って、言ってくれたけど。ほんとは……」
「言わないね。あいつは、そういうことは言わないんだよ。
 いいやつでしょ」
「……はい」
「礼慈のこと、気になってたりした?」
「それは……。やっぱり、かっこいい人でしたから。でも、はまったらまずい人だっていうのは、なんとなく、わかってました」
「賢いね。その通りだったと思うよ」
「祐奈が、西東さんとつき合うって聞いて、びっくりしました。よく……よくって、言ったら、あれですけど。
 祐奈って、人の心に、ダイレクトで入ってくるようなところがあって。かわいいんですよ。ほんとに。
 人畜無害だし。やさしいし……。
 西東さんには、ちょうどよかったのかもしれないですね」
「かもね」
「あの、どうして……」
「うん?」
「あたしに、LINEしてくるんですか」
「それね。隠しごとは苦手だから、はっきり言うよ」
「……はい」
「僕と、デートしない?」
 いい声が、あたしの耳の中で反響した。
「は、……えっ?」
「あれ。わかってなかった?」
「ごめんなさい。ないです」
「それって、僕が『ない』ってこと? それとも……」
「わかってなかった、です」
「そっちね。よかった」
「ちょっと、考えさせてください」
「いやいや。これはね、今日の昼のデートのお誘いだから」
「そうなんですか?」
 びっくりした。
「お昼、まだだったら。食べに行かない?」
「沢野さん。……でも、あたし、西東さんと」
「それは、仕事だよね」
「もちろんです」
「礼慈とだけ、してたわけじゃないでしょ?」
「それは、そうですけど」
「気にしないよ」
「は、はあ……」
「とにかく、会いたいから。時間があるなら、僕にくれない?」
「あっ、うん。……えぇ?」
「信用できない?」
「そういうことじゃなくて、急すぎて。服も、なに着ていけばいいのか、わかんないし」
「昨日の服、かわいかったよ。トレーナーとジーンズ」
「袖、のびきってましたけどね。あんな感じで、いいんですか」
「あのね。メイクとか、いいからね。今のままで、来てくれれば。パジャマとかじゃなければ」
「てれってれの、ルームウェア着てます」
「それは、まずい」
「着がえます。あと、どこに行けば……」
「迎えに行ってもいい? 住所……は、まずいか。近くに、目印になるものがあれば。
 スーパーの駐車場とかでもいいよ」
「はあ……」

 ものすごい急展開で、デートすることになってしまった。
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