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2.スイート・キング1

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 お化粧をクレンジングで落として、顔をお湯で洗ったら、さっぱりした。
 鏡の中のわたしは、幼い顔で、目もとは赤い。でも、礼慈さんには愛されてる……みたいだった。わたしにも、信じられないようなことだけど。
 いちおう、スキンケアはした。粉のファンデーションだけでもつけようか、と思ったけど、それもなんだか、ばかばかしいような気がして、やめることにした。

 リビングに戻ると、歌穂が、ぎょっとしたような顔をした。
「なに。どうしたの?」
「なんでもないの。不安定に、なっちゃった」
「えー……。あたしのせい?」
「ちがうよ! わたし自身の、問題なの」
「そう? カニ、食べなよ。取っておいたよ」
「ありがとうー」
「おいしかったです。ごちそうさまでした。わざわざ、ありがとうございます。
 祐奈も、ありがとう」
 歌穂が、礼慈さんにお礼を言った。わたしにも、言ってくれた。
「どういたしまして」
「あの。ちょっと、買い物に行ってきて、いいですか」
「うん。どうぞ」
「下のコンビニで、お菓子とか買ってきます」
「あ、じゃあ。僕も」

 歌穂と沢野さんが、リビングから出ていった。大丈夫かなと、ちらっと思った。
 わたしが心配するようなことじゃ、ないのかもしれない。でも……。沢野さんが来てから、歌穂は、かなり緊張してるように見えていた。
 二人の後を、礼慈さんが追いかけていって、少ししてから、戻ってきた。
「どうしたの?」
「鍵」
「ああ……」
「ゆっくり食べてていいよ」
「ありがとう」

 鍋の残りに、炊飯器の中のごはんを入れて、雑炊にして食べた。
「おいしい?」
「おいしいー」
「よかった」
 もう食べ終わったらしい礼慈さんが、横にいてくれる。うれしかった。
「幸せな味がします」
「……うん」
「わたし、まだ、ドッキリの可能性を捨てきれてません」
 礼慈さんの体が、わたしがいる方とは逆の方向にくずれて、ぐしゃっとなった。
「大丈夫ですか」
 「大丈夫じゃない」と言いながら、ゆっくり戻ってきた。
「いる? その可能性」
「こわいんです。ある日、突然、なにもかもを失ったことがあるから」
 言ってから、後悔した。両親を亡くした頃のことは、ほとんど、人に話したことがなかった。
「そうか」
「ごめんなさい。この話、ほんとは、したくないの……」
「悲しくなるから?」
「うん。さっき泣いたばかりで、また、泣きたくない」
「俺は聞きたいけどな。祐奈が話したい時に、話してくれればいいから」
「うん……」

 歌穂と沢野さんが戻ってきた。礼慈さんがオートロックを開けて、玄関の鍵を開けにいった。

「祐奈。お腹いっぱいだと思うけど、いろいろ買ってきたから。好きなやつ」
「えっ。ありがとう……」
「冷蔵庫に入れとく。開けても、いいですか?」
「どうぞ」
 歌穂は、果物のヨーグルトとか、みかんの牛乳寒天とか、わたしが好きなものを、たくさん買ってきてくれていた。
「あたしじゃなくて、沢野さんだから」
「えぇ……。ありがとうございます」
「どういたしまして」
 沢野さんは、機嫌がよさそうだった。
 かっこいい人だし、やさしそうだけど……。わたしは、不安になっていた。
 この人は、歌穂のことは、なにひとつ知らないはずだった。それとも、前から、知り合いだった……?
 まさか。歌穂の、仕事の……。
 ぐるぐるしそうになってきたので、片づけをしようと思い直した。
 空いたお皿がたまった流しを、きれいにしないと。いつも、気がつくと、ぜんぶ洗われちゃったりしている。わたしだって、多少は役に立つんだってことを、礼慈さんに知っていてもらいたい……。

 お皿を洗ってるうちに、ふわふわしていた気持ちが、下の方に下りてきた。
 礼慈さんと出会ってから、なにもかもが変わった。
 もう死ぬんだと思っていた日々から、天国みたいな環境に、いきなり放りこまれたみたいだって、思っている。

 そっと、後ろを見た。ラグマットに座ってる沢野さんが、近くにいる歌穂に話しかけるのが見えた。
 スマートフォンを出して、二人で、やりとりをしている。連絡先を交換してるのかもしれない。はらはらした。

「終わった? ごめんね。片づけもしないで」
「ううん。お客さんに、そんなこと、させられない……」
「お菓子はいい? クッキーとかは、西東さんに渡したから」
「あっ、ありがとう……。今は、いい。歌穂は?」
「あたしも、いいかな。それより、祐奈がくれたこれで、占いでもしようかなって」
 猫のタロットカードを、大事そうに両手で持って、いたずらっぽく笑う。わたしが好きな笑い方だった。
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