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2.スイート・キング1

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「……あぁ、あ、あん。きもち、いい」
 とろとろと、体が溶けてしまったような気分になっていた。
 閉じそうになる目を、いっしょうけんめい開けて、礼慈さんを見上げる。
 眉をよせて、感じてるような顔をしていた。きれいだった。
「あ、あぁん……。れいじ、さん」
「なに?」
「とけちゃいそう……。わたし」
「かわいい」
 溶ける。わたしの体と、礼慈さんの体との境界が、あいまいになる……。
 くるしくなって、両手で胸をおさえた。
「大丈夫?」
「……はい」
「痛いの?」
「ううん……。胸が、いっぱいで」
 いとおしいという気持ちがあふれて、抱えきれなくなってしまう。
 おさえておかないと。いつか、爆発して、わたしも、礼慈さんも、傷ついてしまう。そんなふうに、思っている。
「して……。もっと」
 ほとんど息だけの、へんな声になってしまった。礼慈さんが、顔をしかめた。

「あっ、あっ、あん……」

 もう、何度目かわからなくなるくらいに、いってる感じを味わっていた。
 ぐちゃぐちゃ。ぬれてるっていう、レベルじゃなかった。
 おしりのあたりまで、しめってるのがわかった。

 礼慈さんがいって……それで、やっと、長かったセックスが終わった。


 体が離れてから、よろよろと座り直した。
 とんでもないことをしてしまった。
 リビングだし、こうこうと灯りがついている。クリスマスだからって、これはない。
 わたしも礼慈さんも、正気を失っていたとしか、思えなかった。

「リビングで……あの、しても、いいんでしょうか」
「道徳的には、よくないかもな。まあでも、二人きりだし」
「でも。やっぱり、寝室がいいです……」
「いやだった?」
「だって。すぐ近くじゃないですか」
「そうなんだけど。祐奈の気分が少しずつ変わっていくのを見るのは、楽しかった」
「……たのしかったの?」
「うん」
 だったら、いいかなと思った。ううん。よくない……。

 ラグマットに、いかがわしいしみができていた。泣きそうになった。
「どうしよう。マットに、しみができちゃってます……」
「すぐに乾くよ」
「あぁー、もう……」
「分かった。そこだけ洗って、浴室に干しておくから」
「ごめんなさい」
「気にしなくていいよ。シャワーを浴びに行こう」
「……はーい」

 二人でシャワーを浴びてから、リビングに戻ってきた。
 礼慈さんが「ケーキ」と、思いだしたように言ったので、ケーキを食べることになった。

「おいしいー」
「うまいな」
「苺のショートケーキって、どうして、こんなにおいしいんでしょう」
「定番だからじゃないか」
「ケーキ、自分で作ってみたいです。作ってみようかな……。
 このレンジだったら、オーブン機能で作れそう」
「いいよ。作って。俺は、食べるだけにする」
「いいですよ。それで」
 右手に持っていたフォークを、ケーキのお皿に置いた。
 礼慈さんの顔を、じっと見た。
 いくら考えても、わからなかった。この人が、あのデートの間に、わたしとしたいと思ってくれていた、なんて……。
「あのね。あの……」
「うん?」
「わたし、わからなかった。あなたが、したいと思ってたこと……。
 わたしが、にぶいんでしょうか。それとも……。あなたが、そういうことを隠すのが、上手なんでしょうか」
「答えづらい質問だな」
 礼慈さんらしい言い回しだった。
「俺としては、君のせいにしたいけど。それは、君にとっては、とてつもなく理不尽なことに思えるんだろうな」
「どういうことですか?」

 長い間があった。
 ふーっと息を吐いて、礼慈さんが口を開いた。
「祐奈が、ふにゃふにゃした顔で、笑うから」
「えっ?」
「かわいくて、死にそうになった。
 殺されかけた。五回くらい。今日だけで」
「はあ……?」
「自覚はないよな。そうだろうと思ってた。
 本屋で、祐奈をずっと見てる男がいたけど。気づいてた?」
「いません。そんな人……」
「頭ごなしに、否定するなよ。いたんだって」
「いないです。いなかった、と、思う……」
 思い返してみたけれど、さっぱり、心当たりがなかった。
「祐奈が俺のところに来た時に、そいつと目が合った。がっかりしたような顔をしてたよ」
「そんなことがあったんですか。それって、パズルを見てた時ですよね」
「そうだよ」
「わかんない。わかんなかった……」
「視線は感じなかった?」
「はい。……ううん。その人かどうか、わからないですけど。なにかを、見てる人がいるのはわかってました。それは、わたしの近くに、見たいものが……本の棚とか、ディスプレイがあるんだと、思ってました」
「相手の顔は、見てない?」
「見てないです。知らない人と、目を合わせるのが、苦手だから。合いそうになると、よけます」
「避けるの?」
「うん……」
 礼慈さんが、じっと考えこむような顔をした。
「……バイアスがかかってるのかな」
 ひとりごとみたいな、つぶやきが聞こえた。意味は、よくわからなかった。

 お皿に残ってるケーキを、ゆっくり食べた。
 先に食べ終わった礼慈さんが、夕ごはんの後かたづけをしてくれている。
 キッチンの流しの方から、お皿の音と、水が流れる音が聞こえてくる。
 なぜか、わたしのお母さんのことを思いだしていた。
 いつも、わたしが、まだ食べてるうちに、洗いものをしていた。……たぶん。
 ほっそりした背中のことを、覚えている。ちゃんと、覚えている。

 心の中で、つぶやいてみた。
 メリークリスマス、って。
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