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1.バージン・クイーン1
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『社長室に呼ばれた。
わけがわからないまま行ったら、むりやり抱きしめられて、キスをされた。
なに? なにがあったの?
わからない。
きもちわるい。吐きそう……。
こんなこと、誰にも言えない……。』
『殺されてしまう。
ううん、ちがう。もう殺されてる。
社長の手が、わたしにふれてくる。
聞きたくない言葉を、たくさん言われる。
吐き気がする。
どうしよう。
殺す? 逃げる?
わたしの心が、ばらばらになって、くだけちっていくのを見ている。
なにもできないまま。』
『会社の外で会おうと言われた。
どうして! 冗談じゃない!
もう、泣き顔を隠すこともできない。
となりの席の相田さんから、「訴えるか辞めるか、自分で決めるしかない」と言われた。
訴えるお金なんか、ない!
辞めたら、奨学金が払えなくなる……。他で借金して、返済にあてる?
自分から辞めたら、きっと、雇用保険は下りない……。
どうしよう。どうしたらいい?
相談できる人が、どこにもいない……。』
『社長の奥さんに、ばれた。
わたしは被害者のはずなのに。わたしが社長を誘ったことになっていた。
どうして?
泣いて、いやがっていたわたしは、いなかったことにされていた。
わたしの涙は、どこへいったの?
わたしの叫びは、誰にも、届いていなかったの?
殺してやりたい。……ううん。できない。
死にたい。
わたしを殺したい。
無力な、わたしを。』
『仕事を辞めた。
もう、限界だった。
会社の人たちが、わたしのために泣いてくれた。それで充分だった。』
『一日中、アパートの部屋で、ぼーっとしてる。
なにかしなくちゃいけないのは、わかってる。
でも、なにもしたくない。
どうして、わたしは無職なんだろう。
なにが、いけなかった?
隙があった? 体が小さいから?
施設の人たちに、愛想よくしなさいと言われて、育ったから?
だから、誤解された?
ぞっとするようなキスの感触が、わたしを腐らせ続けてるような気がする。
もう、誰ともしたくない。
できない、気がする……。』
『死が、わたしを包んで、見守っていてくれるのを感じる。
安らかな死が。
終わらせてしまおうか。
きっと、楽になれる……。
死ぬ瞬間は、すごく痛くて、苦しいかもしれないけど。
高い、高いところから、飛び下りてしまおう。
そうしよう。』
『歌穂に会った。うちまで、会いにきてくれた。
「生活は大丈夫?」と聞かれた。心配してくれてるのがわかった。
本当のことをいうと、まだ、そこまで困ってるわけじゃない。仕事で貯めた貯金があって、それを奨学金の返済にあてようと思っていた。
でも、お金は、無限にあるわけじゃない……。
家賃と生活費と返済のお金を計算した。半年くらいしか、もたないとわかった。
それまでに、とにかくバイトを探さないと。日雇いでも、なんでも……。
わたしが黙っていると、歌穂がすごいことを言ってきた。
お金に困ってるなら、デリヘルをして、働いてみないかって。
すぐに断ろうと思ったけど……。歌穂といろいろ話してるうちに、気が変わった。
わたしはデリヘル嬢になる。なってみたい。もう、どうでもいい。なにもかも。自分をとことん汚したい。そうしたら、きっと、つり合いが取れる。
わたしがこんなふうだから、ひどい目にあったんだと、わたし自身を納得させられる……。
最初のお客さん……誰かと、もし、セックスすることになったら、バージンじゃ、なくなったら。
死のうと思う。もう疲れた。すごく、疲れた……。
がんばることに、つかれた。』
『今日、デリヘル嬢になってきた。
お客さんが、すごくかっこいい人で、びっくりしてしまった。今までに、一度も見たことがないような……。住所を間違えて、タレントさんの家に行ってしまったかと思った。
二人でシャワーを浴びて、寝室に行った。
はじめて、あれを……口でするのを、した。
キスもした。した、じゃない。してくれた。
やさしいキスだった。泣きそうになった。
社長からされたキスなんか、キスじゃなかった。わたしの中の、だいじななにかを、奪おうとしてきただけだった。
手で、されてしまった。きもちよかった。
このまま、セックスがしたいと思ってしまった。
もちろん、そんなことにはならなかった。
あの人が、わたしの上に乗って、足の間に、あの人の、あれがあって……。
ほとんど、セックスみたいな感じがした。
入れられてもいないのに、声をあげそうになってしまった。がまんできて、よかった。
お客さんから、「おれの専属にならない?」と言われた。びっくりした。それって愛人ってこと? それとも、ただの、デリヘル要員?
でも、お客さん……西東さんは、とっても、すてきな人で、この人だったらいいかと思ってしまった。
いいか、どころじゃない……。
わたし、あの人のことが気になってるの。すごく……。
どうしよう。困る。
どうしよう……。
それに、そうだ!
西東さんがうどんをゆでてくれて、二人で食べた。
うどんだよ? うどん。デリヘルの仕事と、うどん……。
おいしかったけど、泣きそうになった。
あったかくて……。
まるで、命を食べてるような感じがした。
わたしは、もう、死にかけてるはずなのに。
命。光。美しいもの。明るいもの。きれいなもの。
顔だけじゃなくて、心がきれいな人……。』
『デートした! たのしかった!
はじめて、男の人とデートした。
仕事をしてた時みたいに、お化粧もした。
ずっと、どきどきしていた。夢みたいだった。
西東さんが、わたしを見て笑う。その度に、泣きそうになる。
わたしのお兄さんみたいだとも思う。でも……。
お金をくれた。二万円も。それなのに、なにもされなかった。
どうして?
同情されてる? もう、わたしの体には、興味がなくなった?
はじめての時に、うまくできなかったから?
車からわたしを下ろして、帰っていってしまった。
すごく、かなしくなった。
帰ってから、わんわん泣いた。
今も、泣いてる……。
涙で、日記のここのページがいっぱいぬれて、ティッシュで拭いたけど、波打ってしまった。それも、なんだかかなしかった。』
『先週は海を見て、今日は、百貨店で展示会を見た。
クイーン・エリザベスの時代の企画展示だった。バージンだったとも言われているけど、きっと、彼女はちがうと思う。肖像画の中のエリザベスは、気高くて、神々しかった。自信に満ちあふれてる。わたしとは、ちがう。』
『今日のデートは、西東さんのお仕事が終わってからだった。
新宿駅で待ち合わせをした。
夜景がきれいに見えるレストランで、夕ごはんをごちそうになった。すごく、おいしかった。
幸せ……だった。
駅から近い駐車場まで歩いた。わざわざ、一度、家に帰って、車を出してくれていた。
帰りの車の中で、鼻歌を歌う西東さんを見た。かっこよかった。
なんなの? イケメンは、なにをしてもイケメンなの?
よくわからない怒りがわいた。
わたしの部屋につれて帰って、ずっと見ていたい。そんなこと、絶対にできないって、わかってるけど。
部屋に来ませんかって、言おうと思ってた。でも、言えなかった。
銀座でデートした日は、言いかけた。わたしが車から下りる前に。
「わたしの部屋に」までは言った。だから、きっと、伝わっていたと思う。わたしが、なにを言おうとしていたか。
西東さんは、ぜんぜん、うれしくなさそうだった。一瞬だけ、わたしから目をそらして、また、わたしを見た。こわい顔をしていた。
怒らせてしまった?
あの日は、もらったお金のお礼も、ちゃんと言えなかったような気がする……。
なんて、ばかなんだろう。わたしって。
なべしきも、パズルも、西東さんが買ってくれたのに。
買ってもらって当然だなんて、思ってなかった。うれしかった。
でも、あの二万円は、ちっとも、うれしくなかった……。
キスも、ハグもなかった。わたしからしても、いいのかな。だめかな。
さびしい……。』
『西東さんの部屋に行った。ものすごく、どきどきした。
はじめて会った時の気持ちとは、ぜんぜんちがっていた。
こわかったけど、覚悟はしてた。西東さんと、セックスをするつもりだった。
銀行に預けることもできなくて、手元にある八万円を、わたしの体で、精算しないといけない……。
そう、思ってたのに。
バージンだって、ばれた。
ばれたっていうか、自分から、言ってしまった。
西東さんに、うそをついてるような気がして……。
だまっていれば、してもらえたのかもしれない。パニックになってしまった自分に、がっかりしてる。
ばれちゃう前に、したかった。
本当は、知られたくなかった……。
この年になるまで、誰とも、つき合えなかった、なんて。
西東さんは、服も脱がなかった。わたしのことだけしてくれて、やめてしまった。わけがわからない。あのお金は、なんのためのお金だったの?
わたしがお金に困ってるように見えたから、恵んでくれただけ?
たしかに、そのとおりだけど、しゃくにさわった。ごめんなさい。こんなこと書いて、ごめんなさい……。
孤児にだって、プライドはある。今まで、誰にも頼らずに、ちゃんと生きてきた。
ばかにしないで!
でも、好きなの……。どんなに、ばかにされても。西東さんのことが……。
ばかみたい。ほんとに、ばかみたい。わたし。
セックスできなかった。まるで、じらされてるみたい……。
とどめをさされるのを、じっと待ってるような気分。
はやく。はやく。』
『同居が始まった。同居というか、わたしが、一方的にお世話になってるだけ。
アパートは解約した。
もし、ここにいられなくなったら、それで終わりにするのもいい。
バージンで死ぬのも、経験してから死ぬのも、たぶん、そんなに変わらない……。』
『西東さんのスーツ姿がやばい……。かっこよすぎ。』
『うっかり、ガラスのピッチャーを倒してしまって、ワンピースがずぶぬれになった。さいあく……。
もっとさいあくだったのは、ワンピースを脱いですぐに、西東さんが帰ってきちゃったこと。
死にたい。はずかしかった……。
床を拭いてくれて、気にしなくていいと言ってくれた。泣きそうになった。』
『なにもすることがない時は、インターネットで見られる地図で、飛び下りられそうなビルを探してる。
屋上は、立ち入り禁止のところが多いから、ちょうどいいビルは、実は、あんまりない。
飛び下り自殺の記事から、このあたりかなと探してみたりする。
ちゃんとできたら、すぐに、ここから出ていって、見つけたビルを回ってみようと思う。
うまくできるかな。心配……。』
『地球儀のパズルをした。完成する頃には、西東さんの方が夢中になっていた。
こどもみたいだった。ちいさな男の子みたい……。
かわいかった。』
『バージンじゃなくなったら、死のうと思ってたのに。
この頃、生きるのが楽しいと思うようになってしまった。
わざと遅い時間にスーパーに行って、割引きのお肉を買う時に、西東さんの顔を思いだしたりする。なにを食べさせてあげようかなって、考える。
心があたたかくなって、ふわふわする。うれしい。
バイトがない日は、家中を掃除する。朝からお布団を干すのって、こんなに気持ちがいいことなんだって思う。お昼すぎに取りこんだ、ふかふかのお布団で、お昼寝をしたりもする。
起きたら、テレビをつけっぱなしにして、夕ごはんを作る。作りおきのおかずも、いーっぱい作る。たのしい。しあわせ……。
西東さんは、今日は遅いみたい。なんだか、すごく、……したくなってしまって、お風呂場で、自分でした。わたしがしたことがないと言ってしまってから、ぜんぜん、誘われなくなってしまった。少し……ううん、だいぶ、後悔してる。あんなこと、言わなきゃよかったって……。
自分でしながら、泣いてしまった。みじめだった。
自分の手でしても、うまくいかない。いちばんよさそうなところに、届かない……。西東さんの、大きな手なら、あの指なら、きっと、届くのに。
西東さんに、してもらいたい……。
手で、いかせてほしい。
キスも。だっこも。
西東さんと、したい。すっごく、したい……。
したい。したいの。
もう、おかしくなりそう。』
『博物館でデートをした。
宇宙のコーナーで、二人で、ずっと、あーでもない、こーでもないとしゃべっていた。
宇宙人は、本当にいるのかどうかについて。
西東さんは、絶対いるはずだって。わたしは、半分くらい疑っている。
こういうことを、一緒に楽しめる人を好きになって、よかった。
すごく楽しかった。
お母さんに話したい。お父さんにも。
今、わたし、最高に楽しいって。
生まれてきてから、いちばん、楽しいって。』
『あの人といると、わたしの世界に、色が戻ってくる。
きらきらと光る世界の中で、ずっと暮らしていたい。
神さまがくれた、最後のごほうびなんだと思う。
いないはずのお兄さんみたいだと思う。
それから、それから……。わたしの、わたしの……大切な人。
きっと、わたしが、ずっとほしかったのは……。』
『西東さんと……礼慈さんと、寝た。セックスを、した!
しちゃった!
どうしよう。すっごく痛かったけど、すっごくよかった。このまま、死ぬんじゃないかと思った。
夢中になってしまった。今でも、思いかえすだけで、自分で、したくなっちゃうくらいに……。
血が出た。シーツを汚してしまった。
本当に出るんだと思って、びっくりした。
汚れたシーツは、礼慈さんが脱衣所に持っていってくれた。申しわけなかった。
礼慈さんの右の腰のところに、傷あとがあった。手術のあと? 事故?
それとも……。まさか! 誰かに、そんなことをされるような人じゃない。
わたしが知ってる礼慈さんは、いつも、やさしかった。わたしの名前も、過去も、なにひとつ知らない頃から。
どうしよう。好きになっちゃった。もしかしたら、愛して……しまったかもしれない。
もっと、礼慈さんとしたい。愛したい。愛されたい。
こんなの、まちがってる。
まちがえてしまった!
きっと、さいしょから、ぜんぶ、まちがいだった。
うまれてきたところから、まちがいだった。
わたしは、死ななきゃいけないのに。死のうと思っていたはずなのに。もう、死ねない……気がする。
どうしよう。どうしよう……。
わたしは、死ななきゃいけないのに。』
わけがわからないまま行ったら、むりやり抱きしめられて、キスをされた。
なに? なにがあったの?
わからない。
きもちわるい。吐きそう……。
こんなこと、誰にも言えない……。』
『殺されてしまう。
ううん、ちがう。もう殺されてる。
社長の手が、わたしにふれてくる。
聞きたくない言葉を、たくさん言われる。
吐き気がする。
どうしよう。
殺す? 逃げる?
わたしの心が、ばらばらになって、くだけちっていくのを見ている。
なにもできないまま。』
『会社の外で会おうと言われた。
どうして! 冗談じゃない!
もう、泣き顔を隠すこともできない。
となりの席の相田さんから、「訴えるか辞めるか、自分で決めるしかない」と言われた。
訴えるお金なんか、ない!
辞めたら、奨学金が払えなくなる……。他で借金して、返済にあてる?
自分から辞めたら、きっと、雇用保険は下りない……。
どうしよう。どうしたらいい?
相談できる人が、どこにもいない……。』
『社長の奥さんに、ばれた。
わたしは被害者のはずなのに。わたしが社長を誘ったことになっていた。
どうして?
泣いて、いやがっていたわたしは、いなかったことにされていた。
わたしの涙は、どこへいったの?
わたしの叫びは、誰にも、届いていなかったの?
殺してやりたい。……ううん。できない。
死にたい。
わたしを殺したい。
無力な、わたしを。』
『仕事を辞めた。
もう、限界だった。
会社の人たちが、わたしのために泣いてくれた。それで充分だった。』
『一日中、アパートの部屋で、ぼーっとしてる。
なにかしなくちゃいけないのは、わかってる。
でも、なにもしたくない。
どうして、わたしは無職なんだろう。
なにが、いけなかった?
隙があった? 体が小さいから?
施設の人たちに、愛想よくしなさいと言われて、育ったから?
だから、誤解された?
ぞっとするようなキスの感触が、わたしを腐らせ続けてるような気がする。
もう、誰ともしたくない。
できない、気がする……。』
『死が、わたしを包んで、見守っていてくれるのを感じる。
安らかな死が。
終わらせてしまおうか。
きっと、楽になれる……。
死ぬ瞬間は、すごく痛くて、苦しいかもしれないけど。
高い、高いところから、飛び下りてしまおう。
そうしよう。』
『歌穂に会った。うちまで、会いにきてくれた。
「生活は大丈夫?」と聞かれた。心配してくれてるのがわかった。
本当のことをいうと、まだ、そこまで困ってるわけじゃない。仕事で貯めた貯金があって、それを奨学金の返済にあてようと思っていた。
でも、お金は、無限にあるわけじゃない……。
家賃と生活費と返済のお金を計算した。半年くらいしか、もたないとわかった。
それまでに、とにかくバイトを探さないと。日雇いでも、なんでも……。
わたしが黙っていると、歌穂がすごいことを言ってきた。
お金に困ってるなら、デリヘルをして、働いてみないかって。
すぐに断ろうと思ったけど……。歌穂といろいろ話してるうちに、気が変わった。
わたしはデリヘル嬢になる。なってみたい。もう、どうでもいい。なにもかも。自分をとことん汚したい。そうしたら、きっと、つり合いが取れる。
わたしがこんなふうだから、ひどい目にあったんだと、わたし自身を納得させられる……。
最初のお客さん……誰かと、もし、セックスすることになったら、バージンじゃ、なくなったら。
死のうと思う。もう疲れた。すごく、疲れた……。
がんばることに、つかれた。』
『今日、デリヘル嬢になってきた。
お客さんが、すごくかっこいい人で、びっくりしてしまった。今までに、一度も見たことがないような……。住所を間違えて、タレントさんの家に行ってしまったかと思った。
二人でシャワーを浴びて、寝室に行った。
はじめて、あれを……口でするのを、した。
キスもした。した、じゃない。してくれた。
やさしいキスだった。泣きそうになった。
社長からされたキスなんか、キスじゃなかった。わたしの中の、だいじななにかを、奪おうとしてきただけだった。
手で、されてしまった。きもちよかった。
このまま、セックスがしたいと思ってしまった。
もちろん、そんなことにはならなかった。
あの人が、わたしの上に乗って、足の間に、あの人の、あれがあって……。
ほとんど、セックスみたいな感じがした。
入れられてもいないのに、声をあげそうになってしまった。がまんできて、よかった。
お客さんから、「おれの専属にならない?」と言われた。びっくりした。それって愛人ってこと? それとも、ただの、デリヘル要員?
でも、お客さん……西東さんは、とっても、すてきな人で、この人だったらいいかと思ってしまった。
いいか、どころじゃない……。
わたし、あの人のことが気になってるの。すごく……。
どうしよう。困る。
どうしよう……。
それに、そうだ!
西東さんがうどんをゆでてくれて、二人で食べた。
うどんだよ? うどん。デリヘルの仕事と、うどん……。
おいしかったけど、泣きそうになった。
あったかくて……。
まるで、命を食べてるような感じがした。
わたしは、もう、死にかけてるはずなのに。
命。光。美しいもの。明るいもの。きれいなもの。
顔だけじゃなくて、心がきれいな人……。』
『デートした! たのしかった!
はじめて、男の人とデートした。
仕事をしてた時みたいに、お化粧もした。
ずっと、どきどきしていた。夢みたいだった。
西東さんが、わたしを見て笑う。その度に、泣きそうになる。
わたしのお兄さんみたいだとも思う。でも……。
お金をくれた。二万円も。それなのに、なにもされなかった。
どうして?
同情されてる? もう、わたしの体には、興味がなくなった?
はじめての時に、うまくできなかったから?
車からわたしを下ろして、帰っていってしまった。
すごく、かなしくなった。
帰ってから、わんわん泣いた。
今も、泣いてる……。
涙で、日記のここのページがいっぱいぬれて、ティッシュで拭いたけど、波打ってしまった。それも、なんだかかなしかった。』
『先週は海を見て、今日は、百貨店で展示会を見た。
クイーン・エリザベスの時代の企画展示だった。バージンだったとも言われているけど、きっと、彼女はちがうと思う。肖像画の中のエリザベスは、気高くて、神々しかった。自信に満ちあふれてる。わたしとは、ちがう。』
『今日のデートは、西東さんのお仕事が終わってからだった。
新宿駅で待ち合わせをした。
夜景がきれいに見えるレストランで、夕ごはんをごちそうになった。すごく、おいしかった。
幸せ……だった。
駅から近い駐車場まで歩いた。わざわざ、一度、家に帰って、車を出してくれていた。
帰りの車の中で、鼻歌を歌う西東さんを見た。かっこよかった。
なんなの? イケメンは、なにをしてもイケメンなの?
よくわからない怒りがわいた。
わたしの部屋につれて帰って、ずっと見ていたい。そんなこと、絶対にできないって、わかってるけど。
部屋に来ませんかって、言おうと思ってた。でも、言えなかった。
銀座でデートした日は、言いかけた。わたしが車から下りる前に。
「わたしの部屋に」までは言った。だから、きっと、伝わっていたと思う。わたしが、なにを言おうとしていたか。
西東さんは、ぜんぜん、うれしくなさそうだった。一瞬だけ、わたしから目をそらして、また、わたしを見た。こわい顔をしていた。
怒らせてしまった?
あの日は、もらったお金のお礼も、ちゃんと言えなかったような気がする……。
なんて、ばかなんだろう。わたしって。
なべしきも、パズルも、西東さんが買ってくれたのに。
買ってもらって当然だなんて、思ってなかった。うれしかった。
でも、あの二万円は、ちっとも、うれしくなかった……。
キスも、ハグもなかった。わたしからしても、いいのかな。だめかな。
さびしい……。』
『西東さんの部屋に行った。ものすごく、どきどきした。
はじめて会った時の気持ちとは、ぜんぜんちがっていた。
こわかったけど、覚悟はしてた。西東さんと、セックスをするつもりだった。
銀行に預けることもできなくて、手元にある八万円を、わたしの体で、精算しないといけない……。
そう、思ってたのに。
バージンだって、ばれた。
ばれたっていうか、自分から、言ってしまった。
西東さんに、うそをついてるような気がして……。
だまっていれば、してもらえたのかもしれない。パニックになってしまった自分に、がっかりしてる。
ばれちゃう前に、したかった。
本当は、知られたくなかった……。
この年になるまで、誰とも、つき合えなかった、なんて。
西東さんは、服も脱がなかった。わたしのことだけしてくれて、やめてしまった。わけがわからない。あのお金は、なんのためのお金だったの?
わたしがお金に困ってるように見えたから、恵んでくれただけ?
たしかに、そのとおりだけど、しゃくにさわった。ごめんなさい。こんなこと書いて、ごめんなさい……。
孤児にだって、プライドはある。今まで、誰にも頼らずに、ちゃんと生きてきた。
ばかにしないで!
でも、好きなの……。どんなに、ばかにされても。西東さんのことが……。
ばかみたい。ほんとに、ばかみたい。わたし。
セックスできなかった。まるで、じらされてるみたい……。
とどめをさされるのを、じっと待ってるような気分。
はやく。はやく。』
『同居が始まった。同居というか、わたしが、一方的にお世話になってるだけ。
アパートは解約した。
もし、ここにいられなくなったら、それで終わりにするのもいい。
バージンで死ぬのも、経験してから死ぬのも、たぶん、そんなに変わらない……。』
『西東さんのスーツ姿がやばい……。かっこよすぎ。』
『うっかり、ガラスのピッチャーを倒してしまって、ワンピースがずぶぬれになった。さいあく……。
もっとさいあくだったのは、ワンピースを脱いですぐに、西東さんが帰ってきちゃったこと。
死にたい。はずかしかった……。
床を拭いてくれて、気にしなくていいと言ってくれた。泣きそうになった。』
『なにもすることがない時は、インターネットで見られる地図で、飛び下りられそうなビルを探してる。
屋上は、立ち入り禁止のところが多いから、ちょうどいいビルは、実は、あんまりない。
飛び下り自殺の記事から、このあたりかなと探してみたりする。
ちゃんとできたら、すぐに、ここから出ていって、見つけたビルを回ってみようと思う。
うまくできるかな。心配……。』
『地球儀のパズルをした。完成する頃には、西東さんの方が夢中になっていた。
こどもみたいだった。ちいさな男の子みたい……。
かわいかった。』
『バージンじゃなくなったら、死のうと思ってたのに。
この頃、生きるのが楽しいと思うようになってしまった。
わざと遅い時間にスーパーに行って、割引きのお肉を買う時に、西東さんの顔を思いだしたりする。なにを食べさせてあげようかなって、考える。
心があたたかくなって、ふわふわする。うれしい。
バイトがない日は、家中を掃除する。朝からお布団を干すのって、こんなに気持ちがいいことなんだって思う。お昼すぎに取りこんだ、ふかふかのお布団で、お昼寝をしたりもする。
起きたら、テレビをつけっぱなしにして、夕ごはんを作る。作りおきのおかずも、いーっぱい作る。たのしい。しあわせ……。
西東さんは、今日は遅いみたい。なんだか、すごく、……したくなってしまって、お風呂場で、自分でした。わたしがしたことがないと言ってしまってから、ぜんぜん、誘われなくなってしまった。少し……ううん、だいぶ、後悔してる。あんなこと、言わなきゃよかったって……。
自分でしながら、泣いてしまった。みじめだった。
自分の手でしても、うまくいかない。いちばんよさそうなところに、届かない……。西東さんの、大きな手なら、あの指なら、きっと、届くのに。
西東さんに、してもらいたい……。
手で、いかせてほしい。
キスも。だっこも。
西東さんと、したい。すっごく、したい……。
したい。したいの。
もう、おかしくなりそう。』
『博物館でデートをした。
宇宙のコーナーで、二人で、ずっと、あーでもない、こーでもないとしゃべっていた。
宇宙人は、本当にいるのかどうかについて。
西東さんは、絶対いるはずだって。わたしは、半分くらい疑っている。
こういうことを、一緒に楽しめる人を好きになって、よかった。
すごく楽しかった。
お母さんに話したい。お父さんにも。
今、わたし、最高に楽しいって。
生まれてきてから、いちばん、楽しいって。』
『あの人といると、わたしの世界に、色が戻ってくる。
きらきらと光る世界の中で、ずっと暮らしていたい。
神さまがくれた、最後のごほうびなんだと思う。
いないはずのお兄さんみたいだと思う。
それから、それから……。わたしの、わたしの……大切な人。
きっと、わたしが、ずっとほしかったのは……。』
『西東さんと……礼慈さんと、寝た。セックスを、した!
しちゃった!
どうしよう。すっごく痛かったけど、すっごくよかった。このまま、死ぬんじゃないかと思った。
夢中になってしまった。今でも、思いかえすだけで、自分で、したくなっちゃうくらいに……。
血が出た。シーツを汚してしまった。
本当に出るんだと思って、びっくりした。
汚れたシーツは、礼慈さんが脱衣所に持っていってくれた。申しわけなかった。
礼慈さんの右の腰のところに、傷あとがあった。手術のあと? 事故?
それとも……。まさか! 誰かに、そんなことをされるような人じゃない。
わたしが知ってる礼慈さんは、いつも、やさしかった。わたしの名前も、過去も、なにひとつ知らない頃から。
どうしよう。好きになっちゃった。もしかしたら、愛して……しまったかもしれない。
もっと、礼慈さんとしたい。愛したい。愛されたい。
こんなの、まちがってる。
まちがえてしまった!
きっと、さいしょから、ぜんぶ、まちがいだった。
うまれてきたところから、まちがいだった。
わたしは、死ななきゃいけないのに。死のうと思っていたはずなのに。もう、死ねない……気がする。
どうしよう。どうしよう……。
わたしは、死ななきゃいけないのに。』
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「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
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