異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

文字の大きさ
上 下
58 / 60
ミッドガルド国からの出立

三十七分の五話・だいきらい

しおりを挟む
 嫌いだ。

 何もかもが。

 嫌いだ。

 自分自身が。

 嫌いだ。

 一体何が?





 闇の女神、ラウナリエル、人にはサムバ・リアと呼ばれている存在。
 短めの黒髪、金色の瞳、神話に描かれる通りとまではいかないが、同じレベルかそれ以上に美しい、10代半ばほどの少女の姿をしている。
 この世界に存在しないはずの和装をする、この世界に存在しないはずの花結びの飾りをつけた、この世界に存在しないはずの少女を見守る神である。
 ラウナリエルは、そっと中央大陸に降り立つと、きょろきょろ、あたりを見渡した。
 匂いたつような美少女である。そんな少女が、貧民街に降り立てば__

 が、音がした。

 全身を黒く染め上げた青年が、ラウナリエルを___おそらく、人買いにでも売るつもりであろう、黒い布で頭を覆い隠した。
 音もなく近づいてきたせいで、ラウナリエルも気づく事ができなかった。
 人攫いは、歓喜した。明日のパンどころか、ヘマしてつくった多額の借金も返せるかもしれない。それに、どうやらかなり上等な服を着ているようだし、貴族だとしたら服を上級中古着店にでも流して、身代金をぶんどるだけぶんどってから奴隷商会に流してもいい。口の端に、にやりと笑みを浮かべた。
 その瞬間、人攫いの顔が強い光で照らされた。
 え、裏返った声が人攫いの口から外へ。
 次の瞬間、人攫いは4mほどふっとんだ。物理的に。建物の壁に全身を打ち付ける。一瞬息が止まった。直後、すさまじい痛みが襲ってくる。しかし、人攫いの、痛みに慣れ切ったからだは、意識を手放すことを許さなかった。人攫いは、ごは、というような音を立てて、喉を傷つけでもしたのか、血を吐き出した。
、オニーサン。あいつだったらたぶん、死ぬこともできなかったんじゃないかな」
 いつの間にか、人攫いの腕の中にいたはずの少女は、丁度さっきまで人攫いがいた場所に立っていた。
 人攫いの頭に、しょぼすぎる走馬燈がよぎった。
 家族を早くに無くし、早々にスラム児となった人攫い。伴侶も娘も当然おらず、生き抜くのに必死であるスラム児たちとは水と油、相反していた。友人といえる友人もおらず、読んで字のごとく「天涯孤独」であった。そんな彼にも、大事にしている事はあった。やり残したギャンブル、まだ持っていない夢のマイホーム。
 必死に立ち上がる人攫い。
 静かに見据えるラウナリエル。
 そこには、あまりに混沌とした空間ができあがっていた。
「……神に歯向かう、その意気やよし。勇気だけは称えてやろう」
 ナイフすら持っていない人攫いは、震える拳を握りしめ、ラウナリエルをにらんだ。口から、荒々しく息がこぼれる。
「であれば君が、もし僕の一撃を受け切ったら、僕はおとなしくさらわれてあげよう」
 ラウナリエルは、ゆっくりとてのひらを前に突き出した。
 ひゅうひゅう。風切り音。人攫いの耳に無数の切り傷ができる。手のひらにあつまる、人攫いの血や風。
「      」
 発せられた言語は、人攫いには理解できないものであった。
 気付いた。
 彼女は、手を出してはいけない存在であった、と、遅まきながら。
 痛みも苦しみも何もかもなくなり、無感覚になった瞬間、人攫いは、自分が死んだのだ、と理解した。









「ごめんね、僕だって、あんまり人は殺したくないのだけれど。『アス』が『害悪滅すべし慈悲はない』とかいうから……言い訳だって、わかってるけど、僕はその通りに動くことしか、できないんだ」
 ぼろぼろで、原型すらなくなった姿を見て、ほんの少しだけ悲しそうな顔をした。
 一瞥すると、何事もなかったかのような顔をして、その場をあとにした。

「……ところで」

 ふとラウナリエルは、天上を見上げた。
 青い青い空だった。真っ白な雲が、ふわふわ浮かんでいた。
 燦々と照り付ける太陽が、丁度、ラウナリエルの瞳と同じ色をした太陽が、白々しいまでの光量でラウナリエルを照らし出した。
 濃くなった影。手をあげると、呼応するように、ひときわ強く照り輝いた。
「きみも趣味悪いよねえ。まぁ、僕は__『』のために、頑張らないといけないんでしょ?」
 無垢。
 けがれのない、純真なこころとからだ。
 まさに、その言葉がぴたりとおさまるような、一点の曇りもない、まっすぐな瞳。
「………がんばれよ、【エルノア】【スターライト】」
 金色の瞳が、光の加減と言い表せないほど、色彩が__黒く、変わった。
「僕のために。君のために」
 純粋ゆえに、赤ん坊のように何も知らないからこそ__残酷。
「僕はせめて、祈っているから」
 とっくに壊れてしまった心で、そういった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

処理中です...