異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

文字の大きさ
上 下
52 / 60
ミッドガルド国からの出立

三十三分の五話・新たな攻撃

しおりを挟む
「えー、今からお前らゴミクズに、俺の魔法っぽい何かを伝授してやります。ありがたく思い感謝して地べたにデコつけて泣きさけべ愚民ども」

 と少々過激な事を言うのは、無造作な長い黒髪を結んだ青年。年にして15歳ほど。
 ここは魔物たちの集落。魑魅魍魎が跋扈する世界。
 青年の名をドクという。魔人の一人だ。

「その名も『メカトリック・マジック』。基本的にメカマジって略すから小さい脳ミソに叩き込めよグズ」

 黒板のようなものに「メカマジ」と殴り書き、そのまま解説する。

「メカマジは、『F』『S』『T』の三種類に主に分かれてる。『F』は『ファースト』。主に相手に物理的な攻撃を与える。『S』は『セカンド』。主に自分に強化を施す。そして『T』は『サード』。それ以外全般はここに入るんだ。だが例外と呼ばれるのが」

 大きくXを書くと、それを赤いマルで囲んだ。

「メカマジクロスだ。これは、FでありSでありTでもある、よくわからんメカマジだ」

 教え子たちの視線が、Xにくぎ付けになる。
 殴り書かれた字は汚く、とうてい読めたものでもない。しかし、食い入るようにそれを見つめた。

「簡単に言えば変身だな。クッソ疲れるが」

 そして、ドクは、空中に幾何学模様を描くと、「じゃあ実践してやるから目かっぴらいて見てろよ」と言った。
 幾何学模様が光り、魔法陣のような図を描く。
「メカトリック・マジック T 『アクアリウムイリュージョン』」
 朗々と詠唱すると、あたり一帯が、まるで水槽の中のように青く染まる。
 泡がこぽこぽと地面から吐き出され、ドクのまわりを赤っぽい魚がぐるぐる回遊する。
 メカトニック・マジックを使うのに、魔法のように特別な才能は必要ない。魔力もいらない。
 鮮烈なイメージを、そのまま現実に投影する。パラノイア・ワールドの、より綿密なイメージがいるものであると考えてくれればわかりやすいと思う。
 ドクの肌に冷たい水があたる。
「こうやって使えば基本はおけ。で、Xはイメージ以外にもう一つ必要な要素がある。
 ドクは、遠い方角を向いた。
 もうとうの昔に、忘れ去ってしまったもの。

「夢や希望。強い意志。それがなければ、精神攻撃と肉体的負荷をマッハで仕掛けてくるXに耐える事は不可能なんだ」

 俺でも耐えられなかったんだから、と自嘲気味に言った。
 そこまで言うと、ドクはパンと手をたたく。
 そして、また元の無気力な瞳をした。それは、空洞にはめ込んだ不透明なガラス玉と同じようなものだ。
「んじゃさっそくやってみろゴミクズども。今日中に出来たら『産業廃棄物』から『ぎりぎり生物』に格上げしてやる。わかったらモタモタしてねえでさっさとやれクソ以下の存在」
 と言うと、机につっぷして眠ってしまった。






「で、ちゃんとやったのか? 『DOC』」
「あーはいはい。ちゃんとやりましたよー」
 黒いロングストレートヘアーには艶がなく、瞳もまた、光の介在する余地もない黒。それなのに肌は、はっとした瞬間に血管が透けて見えるような白色だ。まるで、高名な職人が王族に捧げるために、何十年もの歳月をかけて作り上げた人形みたいに、人間離れした魅力がある。
 服装は、髪の色と同じ黒色のローブを羽織っている。全身をすっぽり覆い隠す大きさなので、中性的な容姿も相まって初見で性別がわかる人は少ないだろう。
「そうか。じゃあ別の方でも注文しようか。どれ、最近話題の『YUDA』型など」
「あ、やりましたやりましたちゃんとやりました! なんならなんでもやります! だから廃棄だけはやめてください! 溶けるのはさすがにやだよ!」
「ふむ、じゃあマッパで村内100周」
「え、マジで言ってるそれ!?」
 感情の読めない黒い瞳を、ドクからそらす。
 ドクはまだ何か喚いていたが、正直興味はなかった。
 ローブを羽織ったドクの主は、そのまますたすたと去ってしまった。
「え、マジでマッパで走んの? ちょっといっちゃん~?」
 ドクもその後を追う。






 おおよそ魔物の村であるとは思えないこの光景こそ、まぎれもない魔物の村の光景。


 緑のくせっ毛な少女が、静かに言った。




「メカトリック・マジック TSサード・エス 『チェンジアーム 改型』」







「へっくし」

 どこか遠くの人間の国で、ドクの主と同じ色彩を持った少女が、盛大にくしゃみをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

夫達の裏切りに復讐心で一杯だった私は、死の間際に本当の願いを見つけ幸せになれました。

Nao*
恋愛
家庭を顧みず、外泊も増えた夫ダリス。 それを寂しく思う私だったが、庭師のサムとその息子のシャルに癒される日々を送って居た。 そして私達は、三人であるバラの苗を庭に植える。 しかしその後…夫と親友のエリザによって、私は酷い裏切りを受ける事に─。 命の危機が迫る中、私の心は二人への復讐心で一杯になるが…駆けつけたシャルとサムを前に、本当の願いを見つけて─? (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります)

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

処理中です...