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勇者になるための準備
二十二話・【むかしばなし】
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客が来た、と言われた。
なんでも、明らかに平民階級の女で、身売り目的ではなさそうだが、一応通していいかどうか聞きに来たらしい。
平民階級の女、と言われると考えられる可能性は二つ。
一つは、ジン兄さんに布教されたお母さんかアンチェ姉さんがやってきたか。
もう一つは、ライが来たか。
どっちかっていうと、前者の方が可能性としては濃い気がする。でも、後者も無視できないのも事実だ。というか、私が無視したいだけかもしれないが。
うーん、どっちにしても面倒な事になる事は目に見えている。
でも、入れなくても余計面倒な事になるだろう。特に前者は布教対象が増える的な意味で、後者は勇者一行内での人間関係的な意味で。
よし、入れよう。
うじうじ迷っても仕方ない。
その時だった。
心臓に直接爪を立てられたような、強い痛みが胸を襲った。
「か、は……!?」
普通悲鳴を上げるところなのだろうが、苦しさと圧迫感で息をする事すらままならない。その状態では、まともに声をあげる事すらもできなかった。それこそ、爪が食い込んで、大きな手で心臓を握られているみたいだ。痛い、苦しい、もあるが、それ以前に気持ち悪い。
ざわり、と全身に鳥肌が立つ。
背筋を寒気が走る。
もし、全身をめぐる血液がフグ毒並みの猛毒になった状態であれば、これぐらい苦しむのだろうか、と思うぐらい。いや、それだと即死だろうから、違うかもしれないけど。
とにかく、「私何か悪い事した?」と条件反射で思ってしまうようぐらい強いな痛みだ。
なんていうか、こう、痛すぎて語彙が下がるというか、「痛い」としか表せないというか、なんというか。
足に力が入らなくて、がくん、と崩れ落ちた、その時。
__【おぼえて る?】
ちりりん、と鈴の音がした。
__【おぼえて ないの?】
どこかで聞いた事があるような、なめらかなボーイソプラノ。
__【わたし は ずっと おぼえて た のに?】
聞いた事がないはずなのに、どこか懐かしい声だ。
__【かなしい よ】
きいいん、と耳鳴りがうるさい。
まるで、耳元でささやかれているような。
もしくは、直接鼓膜に音を打ち付けられているような………?
ゆっくりと視界が黒く染まっていく。
薄れゆく意識の中で、思い出したのは昔の事だった。
父は医者で、母は教授。
そんな一見これ以上ないほど恵まれた家に生まれた私、関口幸恵。
幸せに、恵まれる。そんな名前とは正反対に、家の中は崩壊寸前だった。
多忙な父と母は、基本的に顔を合わせない。そのため、私が小学五年生のころに離婚。それ以前にも家族内で喧嘩が頻発したが、それは今はおいておこう。
んで、元々日本人にしては色白で小柄な私は、そこそこ勉強はできるけど、喘息のせいで運動神経は終わってるからか、当然の流れのようにイジメの対象にロックオン。ついたあだ名は「疫病神」。確かにそれぐらい不運だったから、ね。
で、道を歩けばガムを踏み、自転車に乗ればピンポイントで鳥にフンを落とされる、ありえないレベルの不運を持って生まれた。
____ん?
何か、違和感があるような。
私って、一人っ子だよね?
なのに、何?
頭によぎるのは、黒髪の女の子。
色白で、どこか私に似ている、小さな子。
それなのに顔の掘りは深く、今の私に似ている。
手には、人形を、持っていて……?
あれ?
あの人形、どこかで見た事があるような……?
それに、あの女の子の声も、聴いた事があるような……?
___「…………藍奈ッ!」
血まみれで倒れた黒い髪の女の子に寄り添って涙を流すのは、間違うはずもない、幼い頃の私だ。
___「ユキ、ねえさん………」
せきぐちゆきえ。だから、その「ユキ姉さん」は私の事を指しているのだろう。
でも、私は一人っ子のはずなのに、
じゃあ、どうして、そんな事になっているの?
誰かの作為的なものさえ感じる。こんな、あるはずのない記憶を見せられるなんて。
___「ごめん」
ごーん。
ごーん。
ごーん。
ごーん。
屋敷の中の鐘楼塔から時間を告げる重音が鳴り響く。
その音が一つなるたび、私の体がきしむ。
まるで、死を告げる鐘のように。
人形は笑う。
無邪気に笑う。
なんでも、明らかに平民階級の女で、身売り目的ではなさそうだが、一応通していいかどうか聞きに来たらしい。
平民階級の女、と言われると考えられる可能性は二つ。
一つは、ジン兄さんに布教されたお母さんかアンチェ姉さんがやってきたか。
もう一つは、ライが来たか。
どっちかっていうと、前者の方が可能性としては濃い気がする。でも、後者も無視できないのも事実だ。というか、私が無視したいだけかもしれないが。
うーん、どっちにしても面倒な事になる事は目に見えている。
でも、入れなくても余計面倒な事になるだろう。特に前者は布教対象が増える的な意味で、後者は勇者一行内での人間関係的な意味で。
よし、入れよう。
うじうじ迷っても仕方ない。
その時だった。
心臓に直接爪を立てられたような、強い痛みが胸を襲った。
「か、は……!?」
普通悲鳴を上げるところなのだろうが、苦しさと圧迫感で息をする事すらままならない。その状態では、まともに声をあげる事すらもできなかった。それこそ、爪が食い込んで、大きな手で心臓を握られているみたいだ。痛い、苦しい、もあるが、それ以前に気持ち悪い。
ざわり、と全身に鳥肌が立つ。
背筋を寒気が走る。
もし、全身をめぐる血液がフグ毒並みの猛毒になった状態であれば、これぐらい苦しむのだろうか、と思うぐらい。いや、それだと即死だろうから、違うかもしれないけど。
とにかく、「私何か悪い事した?」と条件反射で思ってしまうようぐらい強いな痛みだ。
なんていうか、こう、痛すぎて語彙が下がるというか、「痛い」としか表せないというか、なんというか。
足に力が入らなくて、がくん、と崩れ落ちた、その時。
__【おぼえて る?】
ちりりん、と鈴の音がした。
__【おぼえて ないの?】
どこかで聞いた事があるような、なめらかなボーイソプラノ。
__【わたし は ずっと おぼえて た のに?】
聞いた事がないはずなのに、どこか懐かしい声だ。
__【かなしい よ】
きいいん、と耳鳴りがうるさい。
まるで、耳元でささやかれているような。
もしくは、直接鼓膜に音を打ち付けられているような………?
ゆっくりと視界が黒く染まっていく。
薄れゆく意識の中で、思い出したのは昔の事だった。
父は医者で、母は教授。
そんな一見これ以上ないほど恵まれた家に生まれた私、関口幸恵。
幸せに、恵まれる。そんな名前とは正反対に、家の中は崩壊寸前だった。
多忙な父と母は、基本的に顔を合わせない。そのため、私が小学五年生のころに離婚。それ以前にも家族内で喧嘩が頻発したが、それは今はおいておこう。
んで、元々日本人にしては色白で小柄な私は、そこそこ勉強はできるけど、喘息のせいで運動神経は終わってるからか、当然の流れのようにイジメの対象にロックオン。ついたあだ名は「疫病神」。確かにそれぐらい不運だったから、ね。
で、道を歩けばガムを踏み、自転車に乗ればピンポイントで鳥にフンを落とされる、ありえないレベルの不運を持って生まれた。
____ん?
何か、違和感があるような。
私って、一人っ子だよね?
なのに、何?
頭によぎるのは、黒髪の女の子。
色白で、どこか私に似ている、小さな子。
それなのに顔の掘りは深く、今の私に似ている。
手には、人形を、持っていて……?
あれ?
あの人形、どこかで見た事があるような……?
それに、あの女の子の声も、聴いた事があるような……?
___「…………藍奈ッ!」
血まみれで倒れた黒い髪の女の子に寄り添って涙を流すのは、間違うはずもない、幼い頃の私だ。
___「ユキ、ねえさん………」
せきぐちゆきえ。だから、その「ユキ姉さん」は私の事を指しているのだろう。
でも、私は一人っ子のはずなのに、
じゃあ、どうして、そんな事になっているの?
誰かの作為的なものさえ感じる。こんな、あるはずのない記憶を見せられるなんて。
___「ごめん」
ごーん。
ごーん。
ごーん。
ごーん。
屋敷の中の鐘楼塔から時間を告げる重音が鳴り響く。
その音が一つなるたび、私の体がきしむ。
まるで、死を告げる鐘のように。
人形は笑う。
無邪気に笑う。
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