異世界行っても喘息は治らなかった。

万雪 マリア

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勝手に勇者にされました。まる。

十四話・襲撃イベキタコレ

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 気が付いたら、目の前の皿は真っ白。カス一つ残っていない。
 口の中に残る、さっぱりとした香りが名残惜しい。もっと味わって食べればよかった。
 その時、体の中で一つ、きしむような音がした。……気のせいかな? そうだと思いたい。
 かちこち、部屋の中の時計の針が、やけに大きく響いた。
 外には、よく手入れされた庭が。
 ……ちょっと散歩してみようかな?
 喘息対策は十分にしてある。というか、魔力で飽和してるだけだけど。
 ちょっと、試してみたい魔法があるんだよね。
「【フラ……げほっ!」
 大きくせき込んだ。
 せきは止まらず、タンまで出てくる。
 口の中に苦いものがたまる。
 しかし、詠唱をやめようと思うと、すぐにせきは止まった。
 あきらめて普通に外に出ることにした。




 奇跡的に誰にも見つからず外に出ることができた。
 真昼なのに、色濃い花の香りが立ち込める。薄緑の庭木は目にも優しい。
 青い薔薇、黄色い百合、赤い牡丹……どれも、領色をテーマにしているのだろう。黒い金属製の、緻密な模様のアーチには、弦薔薇が絡みついている。
 ……ん?
 遠くに、何かが見える?
 この体は視力がいい。両目視力は、どちらも1,5を超えている自信がある。
 柔らかいミルクチョコレート色の髪の毛に、褐色と白色の中間の肌。神経質が出ている顔。瞳は冴え冴えするようなアイスブルーだ。服装は、小奇麗だとはいえ、貴族が着るような華美な洋服じゃない。どちにかというと、商人が普段店で着る制服……みたいな?
 ……んー?
 よく覚えてないが……なーんか会ったことがあるような……………?
 正門の前に、男性がいる。
 しかも、なんか門叩いてる。
 いやダメでしょ。身なりからして貴族ではないだろうけど、貴賤関係なく人の家の門叩くのはだめでしょ。
 これは、一応、形だけだけど、というかあんな身内いらないけど、この家の養女として追っ払うべきでしょ。
 門の方に向かうと、やっぱりどこかで見たことあるような気がする。
 んー……。

 ……………あ!

 あれだ。ほぼ一回しか会ってないようなモンだけど、一応肉親関係にある、お兄ちゃん__もとい、ジン・スターライトだ。
 いやあ、アンチェ姉さんの抹茶髪と緑目が頭に残ってたから、とっさに出なかったよ。
 でも、肉親だからって容赦はしないよ。
 だって、まともにあったのって一回だけだもん。
 ジン兄さんは、私を見つけると、門越しに声をかけてきた。
「あ、キミ家の人? ちょっとノア呼んでくれない? ジンお兄ちゃんが来ましたよーって言ったら絶対来るから」
 どうやら私がその「ノア」だとわかっていないようだ。
 ……ところでその「ノア」ってなんなんだろ? 「ノア」って男性名のはずだよね? あだ名なら「ノア」よりも「エル」とか「エルー」じゃないの?
「ええ。家の人です。__お久しぶりですね」
 敬語は性に合わない。
 ジン兄さんは、頭に二個ぐらいはてなマークを浮かべている。
 ああ、そうか。成長したからわからないんだ。
「ジン、お兄様?」
 ジン兄さんは一瞬硬直したあと、私を指さして、
「ノア、なのか……?」
 と聞いた。
「うん。エルノアだよ。久しぶりね」
 このさい、人を指すなと言うのは無粋なものだろう。
 だってこれは、感動(?)の再開(?)なのだ。



 私がエルノアだとわかると、もともとでかかった態度がよりでかくなった。
「久しぶりだね、妹よ。挨拶もそこそこに、本題に入らせてもらうね」
 柔和な笑みを浮かべた。
 私は、とりあえず中に入れてあげよう、門の前に立たすのも忍びないし、また叩かれても困るし……と思いながら。
「君の」
「私の?」
 そこで、とたんに声を切って無表情となる。
「僕は、薬売りの商人になるんだ。それになるための努力もしてるし、才能もある」
 あー……。
 これアレだわ。勝手に才能があると勘違いしてる、中二病に多いパターン。
「だけど、大店おおなたの旦那は僕の才能を理解してないんだ! この僕を、クビにしやがった!」
 と、声をほどほどに抑えて叫んだ。
 うん確定。こいつ、能力があると勘違いしてる系中二病だ。一番典型的な例は、「くっ俺のレフトハンドが……!」と言いながら押さえるヤツ。まだそういうヤツじゃかっただけよいとしよう。
「でねエルノア。お兄ちゃんは調べたんだよ。魔法使いの血には薬の作用があるって。魔力が強いほど強い薬になるって」
 んあれ? なんか嫌な予感が……。
 てか、ということは、私の体って薬ってコト? 喘息もちで体が薬ってなんか矛盾してる。
 ジン兄さんはこちらを見て、少し笑った。
「エルノアは平民だから大した魔力にはならないだろうけど、お兄ちゃんのために、その体、役立ててやるよ!」
 その瞬間、腕に強い痛みを感じた。
 はじかれたように見ると、ジン兄さん……いやジンの手には血の付いたナイフ。私の腕には、そりゃあ見事な赤い筋ができてる。
 とっさに、「【ヒール】!」と叫んだ。
 傷口はふさがり、大した痛みもなくなる。
「駄目じゃないか、エルノア。お兄ちゃんの役に立ちたいだろ?」
 いやな笑みを浮かべてこちらを見る。
 超警戒。即座に魔法を使って対処セヨ。
 頭の中でそんなアナウンスが流れる。
 お兄ちゃんは、地面に落ちた私の血を、嬉しそうに瓶に詰める。
 でも。
 私の血が、ジンの指に触れた瞬間だった。


 血から、まばゆい蜜柑色の光が放たれて、そのまぶしさに目を閉じた。
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