人形姫の住む館

万雪 マリア

文字の大きさ
上 下
3 / 5
第一章

第二話【ミア】

しおりを挟む
 長いまつ毛。
 金色の髪。
 青い瞳。
 小柄な体躯。
 誰もが「人形みたいだ」と太鼓判を押す少女。それが小さいころからのわたくしでした。


 頭の天辺から足に向かって、すっと熱が冷めていく。
 全身の体温が、人肌のぬくもりから、陶器や硝子の冷たさになる。
 そうすると、決まって、わたくしの瞳は、青から紫を介して赤へと変わる。
 この感覚が、わたくしは__いいえ、わたしは割と好きだ。
 人ひとり軽く殺せそうなぐらいに、力がたぎってくる。
 鏡を見ると、そこには、がいた。
 目の前の「人形姫」は、わたしミアとは別人だ。
 球体関節は、油など差さなくても、元の肉体と同じように動く。

 これが、人形姫。
 完全体になった、わたし。




 わたしが「人形姫」と言われ始めたのはいつだったか。
 物心付いて間もないころ、お父様もお母様も忙しくって、わたしには見向きもしてくれなかった。

 いつか、嫁に出して政略結婚させるための手駒。

 整った容姿で、社交界に適当に出しておける娘という女。

 わたしが二人目の子供で、上に跡継ぎの長男がいて、わたしが女だったからでしょう。

 わたしに良くしてくれる者など、権力目的で世話をする専属侍女だけ。

 お父様は世間体を考えているのか、四歳の誕生日に異国の人形を買ってくれたのです。

 思えば、それが始まりだったのかもしれません。



 わたしは、その人形に「ルミナス」と名付け、ある日こう話しかけました。
 ___「ねえ、なんでルミナスもわたくしとお喋りしてくれないの?」
 腕に抱いた、金髪の人形に、涙ぐみながら話しかけた。
 であれば、それだけで終わったのでしょう。
 しかし、ルミナスは、
 ___「おしゃべり、できる」
 と答えてくれたのです。

 これが、「人形使い」や「人形姫」と呼ばれる、わたしの能力が、発覚した瞬間でした。


 翌日から、周りのわたしへの態度は一変しました。

 最低限、最小限、いっそないものとして扱われていたにも等しかったわたしには、厳しい教育と甘ったるいまでの愛が注がれた。
 まるで、素っ裸のまま寒い外に放置されていたのが、生ぬるく甘い砂糖に漬けられているみたい。
 例えだけど、このままここにいたら、ジャムになって食べられるだけだ、と思ったのだ。
 しかし現実は無常かな、わたしは、公爵家のお嬢様の婚約者を奪う形で、第一王子様の婚約者になった。
 正直わたしはどうでもよかった。婚約者になって花嫁修業するぐらいなら、部屋に引きこもって人形を作って、人形姫の力を磨く方が楽しかった。
 ___「ねえルミナス、なんでわたくしは面倒な使命を持って生まれたのでしょう?」
 ___「それは、あるじさんが、ルミたちとおはなしできるからだよ」
 決まってそう答えられた。


 学校に入り二年、元々王太子の婚約者だったという、公爵家のお嬢様と会う機会があった。
 初めてあった人だったが、奇麗だと思った。
 さらさらとした茶色のおさげに、愛嬌のある緑色の瞳。小動物めいた、庇護欲をそそる容姿をしていた。
 ……こういう人に、王太子も惹かれちゃえばいいのに。それで、わたしとの婚約を解消しちぇば万々歳じゃない。
 こんな無機物みたいな女じゃなくて、こういう、可愛らしい人に。
「おはようございます、リュミエール様」
「おはよう、サマ」
 言われた時、目を見開いた。
 ほとんど会った事がないような人にまで、呼び名が浸透していたとは。
 しかし、鍛え抜かれた王妃教育により、顔を完璧に微笑みに保つ。
 軽く会釈だけして、逃げるようにその場を去った。


 …………それが、巡り巡って、ねじ曲がって第一王子のところに伝わっているとは、誰が想像したのでしょうか。


 ___「ミアさんとすれ違った時、にらまれました」。

 ___「ミアさんに話しかけましたが、無視されました」。

 大筋的には、間違ってないのかもしれない。



 ___「おい」。

 ___「いくら次期国母だからとはいえ、今は伯爵令嬢だ」。

 ___「だから、公爵令嬢に楯突くな、ですか?」。

 ___「物分かりがいいじゃないか」。



 思えば、この時危機感もなく聞き流したのも悪かったのかもしれません。
 でも、日常会話の延長で、考えておけ、というのも無理があります。婚約者とならば、なおさら。
 だからって、さすがに、身に覚えのない罪で、伯爵家から追い出され、こんな森の中で過ごしているのも馬鹿らしいのですが。



 ___人形姫の体は、いい。
 まるで、こうして人形姫として過ごしている方がであるように__。
 「ミア」として生きている事自体がであったかのように__。
 今まで生きてきた「ミア」としての人生を、ずたずたに切り捨てられるような感覚が、

 わたしは、大好きだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

処理中です...