虹色浪漫譚

オウマ

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 多くを望みはしなかった。ただ、銀次様にお酒をお酌することさえ出来たら、それだけでいいと思ってた。だって、銀次様には香姉様が付いていたから……。
 でも、いつからだろう。たとえどんな報復をされてもいい、負けじと銀次様に振り向いて欲しいと思い始めたのは……。
 突然、水揚げの日取りが決まってしまったあの日。相手が銀次様だと知って私、どれだけ喜んだか分かりません。
 あの日、俺は日本一だと自信に満ち満ちた貴方様は本当に頼り甲斐があって、眩しくて、格好良くて、嗚呼、日本一と豪語されるだけあると思いました。確かにこんなに素敵な殿方は他にいないって、そう思ったから。
 事の後、痛くないか、大丈夫かと優しく声をかけて大きな身体でずっと私を抱き締めてくださった銀次様。私、喜びの涙を堪えるのに必死でした。でも、お客様の前で泣くわけにはいかないから、銀次様が帰られた後に、嬉しくていっぱい泣きました。
 嗚呼、そうよ。やっと、これから、これからだったのに……。これからもっと、銀次様に近づけると思ったのに、先日の騒動で、遊郭の閉鎖が、決まってしまった。
 次の身請け先は何処になるのだろう。もしも此処から遠いところだったら、私は、もう二度と銀次様に会えなくなる……?
 どうしたらいいんだろう。私、銀次様に会えない命なら、要らない……。銀次様に会えなくなったら私、死んじゃう……!
「茶都ちゃん!」
 不意に襖が開いて、名を呼ばれた。振り向くとそこには香姉様の姿。
「香、姉様……?」
「何をメソメソ泣いているの! 泣いてる場合じゃないわよ茶都。これから急ぎ行くところがあるの。早く出掛ける支度をなさい」
 遊郭の閉鎖もなんのその。香姉様は今日もハキハキしていらっしゃる……。
「え? 行くって、何処へですか?」
「いいから! とにかく支度をなさい! 荷物をまとめて、うんとめかし込むのよ! 分かったわね!? もたもたしてると置いてくわよ!」
「は、はい……」
 何がなんだか分からないけれど、言われるままに支度を始める。
 ひょっとすると次の身請け先を探す為のお出掛けかしら。
 嗚呼、銀次様……。
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