虹色浪漫譚

オウマ

文字の大きさ
上 下
39 / 54

39

しおりを挟む
 病院に向かい面会を願うと案内された先は隔離病棟。これを身に付けろと医者に専用の帽子やらマスクやらを手渡される。まだ肺結核と決まったわけではないが此処まで厳重だと、ちょっと思う所があるな……。
 病室を覗くとこちらに向かって背を向ける形でベッドの上に丸まっている椿谷の姿が窓から差し込む月明かりに照らされていた。
 何と申したら良いものか……。壁をコンコンとノックしてから病室に足を踏み入れる。
「椿谷、具合はどうだ? 奥様から必要なものを預かってきたぞ」
「……ああ、雪村か。下駄はうるさいから靴を履け!」
 おお、俺の顔を見て声を張り上げる元気があるならまずは一安心か。
「俺は欧米のものは身に付けん!! そんなことより椿谷、奥様から大事な言付けを預かった。聞いてくれ」
 病室の棚の上に荷物を置き、ベッド脇の椅子に腰を下ろす。
「大事な? なんだよ一体」
「ああ。……良かったな椿谷。お前は父親になるぞ」
 途端、椿谷は時が止まったかのようにカチンと固まった。そして暫く間を開けたのち無言無表情で多量の涙を流し始めた。なんという反応だ。思わず吹き出しそうになってしまった。
「意地でも身体を治さねばならない理由が出来たな」
「っ雪村ぁああああ!! 俺死にたくない!! 俺はまだ死にたくな~~~~い!!」
 つ、掴みかかってきた!?
「落ち着け!! まだ大病と決まったわけではない!! だから落ち着け騒ぐな大声出すな此処は病院だぞ!!」
「お、俺の親父は結核だったんだ……!! 伝染るといけないって、一度も会えずに……!! 雪村、俺は子供に会えるのか!?」
 胸が締め付けられる思いだ。椿谷はまだ若い。代われるものならば代わってやりたい……。
「それは、お前の頑張り次第だな。大丈夫、会えるさ。お前は勢いと元気だけが取り柄だろう? 奥様はお前を信じて気丈に構えていらっしゃった。お前ももう父親なら泣いてばかりいないでしっかりしろ」
「おう! 俺は父親だ、お前より先輩だ! つーか今更だが凄い姿だな! ひゃははははっ!!」
 ……コイツめー!!
「誰のせいでこんな奇ッ怪な格好をしなきゃならなかったと思ってる!! ああ腹が立つ!! 何が先輩だ、全く!!」
「ははははっ!! 次はお前んとこの美人妻に見舞いに来てもらうかな!!」
「なんだと!? 誰が来てもこれだけ顔が隠れてしまえば一緒だぞ!!」
「それもそうか! はははっ! …………俺は、負けない」
 急に椿谷が声色を変えた。
「ああ、その意気だ。負けるなよ。お前が議会にいないと俺も張り合いがないしな。奥様に何か伝言あれば伝えるぞ、何かあるか?」
「愛してるって伝えてくれ」
「分かった。…………いや、待て待て待て!! 俺の口からそれを伝えろと!? 言えるわけがないだろう!! 馬鹿かお前は!!」
 お前というヤツは真顔で、真顔でなんという……!!
「わははははっ!! …………意地でも治す。待っていろと伝えてくれ」
「分かった、伝えよう。では俺はそろそろ失礼しよう。しっかり治せよ。俺も待っている。またな、椿谷」
「ああ。またな」
 椿谷に手のひらを振られて病室を後にする。
 俺が出た後に「死にたくない……」と椿谷が静かに呟いたのがうっかり耳に聞こえてしまった。
 やはり散々強がって見せてはいたが、本当のところは不安なのだろう……。
 静かな夜の病棟、カランカランと俺の下駄の音が反響する。これは、椿谷でなくともうるさく感じるかも分からんな。かと言って欧米のものは身に付ける気になれん……。もし次があるならばその時は藁で編んだわらじで来ようか。
 議会では俺と全く正反対の意見を持つ男。あの勢いばかりの言動は目障りで仕方がなかった。しかしこんな形でヤツが弱ることなど本意ではない。こんな形で、次の時代を担う若い思想が潰えてはいけない。
 帰りにどこぞの寺でも寄って一応の願掛けでもしておくか。そんなに信心深いたちではないが、縁起は担ぐに越したことはないだろう。
 水姫はしっかり奥様を見てくれているだろうか。慌てていたとはいえ外で遊んで楽しく帰ってきたであろうところを怒鳴りつけてしまった。可哀想なことをした……。
 やけに疲れた様子だった。それだけ街を楽しく練り歩いたのだろう。奥様を放ってうたた寝などしていなければいいが、あれでも言ったことはしっかりやってくれる妻だ。後日、今日のお礼に団子でも買って帰ってやろう。確か水姫は甘いものが好きだったはず。
 若い椿谷でも病にかかるんだ、俺もいつ何があるか分からない。……そういえば、この頃は仕事に追われるあまり水姫をちっとも見てやれてなかったな。
 街に出掛けたというのに殆ど買い物をした形跡が見当たらなかった。変なところ遠慮がちな女だ、ひょっとするとあまり俺に黙って金を使えないのだろうか……。
 少し照れ臭いが、もう少し状況が落ち着いて時間が出来たら一緒に街へ出掛けてみようか。若者がどんな風に遊んでいるのか知る良い機会かも分からないしな。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

体育教師に目を付けられ、理不尽な体罰を受ける女の子

恩知らずなわんこ
現代文学
入学したばかりの女の子が体育の先生から理不尽な体罰をされてしまうお話です。

獣人の里の仕置き小屋

真木
恋愛
ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。 獣人は愛情深く、その執着ゆえに伴侶が逃げ出すとき、獣人の夫が伴侶に仕置きをするところだ。 今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。 仕置き小屋にあるものを見て、彼女は……。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お見合い相手はお医者さん!ゆっくり触れる指先は私を狂わせる。

すずなり。
恋愛
母に仕組まれた『お見合い』。非の打ち所がない相手には言えない秘密が私にはあった。「俺なら・・・守れる。」終わらせてくれる気のない相手に・・私は折れるしかない!? 「こんな溢れさせて・・・期待した・・?」 (こんなの・・・初めてっ・・!) ぐずぐずに溶かされる夜。 焦らされ・・焦らされ・・・早く欲しくてたまらない気持ちにさせられる。 「うぁ・・・気持ちイイっ・・!」 「いぁぁっ!・・あぁっ・・!」 何度登りつめても終わらない。 終わるのは・・・私が気を失う時だった。 ーーーーーーーーーー 「・・・赤ちゃん・・?」 「堕ろすよな?」 「私は産みたい。」 「医者として許可はできない・・!」 食い違う想い。    「でも・・・」 ※お話はすべて想像の世界です。出てくる病名、治療法、薬など、現実世界とはなんら関係ありません。 ※ただただ楽しんでいただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 それでは、お楽しみください。 【初回完結日2020.05.25】 【修正開始2023.05.08】

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

処理中です...